Blue Sky Love Sky

空を愛する者として各地を歩いた際の航空機の写真災害時の活用法などを掲載しています。現場の意見などコメントをください。

Snow Out

2012-02-09 09:47:02 | 趣味・航空機
昨日の新聞で、大湊航空基地でのSH-60Jの横転事故の報道があった。原因は調査中であり、軽々に述べることはできないが、雪国での運用では多くの人が「Snow Out」に陥りそうになった経験をしていると思う。写真はすでに紹介した昭和38年豪雪災害でのH-19による救助の模様である。写真が白く濁って見えるのは、雪が舞っているからである。ヘリコプターが発生させるダウンウォッシュによって巻き上げる雪で周辺が見えなくなって、空間識失調の状態になるとアンコントロール状態になってしまうから怖い。
かつて道北で勤務していた頃、冬に備えて秋から特別の訓練をしていた。雪が降った条件での離発着訓練を全員が定められた手順に従って行い、確認するものであった。その重要なものが「Snow Out対処訓練」であった。滑走路上に新雪が積もった時に起きやすいので、朝早くから雪上車で圧雪を兼ねて軌跡を作るのである。人間の目は、素晴らし能力を持っているもので、雪上車で付けた軌跡があると一面白い雪に見えても、詳細を見ると影ができており、浮上している機体から見てもわかる。その光の影がスノーアウトを防止するのであった。また、まったく人の入れない郊外などの着陸場への着陸をする場合は、赤い色の布で砂袋を包み、着陸しようとする地域にあらかじめ上空から投下する。雪面に赤い布が揺れて見えることで、基準の表面の状況がわかり、安全に着陸したものだ。着陸は、降着エリアの広さがあれば、できるだけホバリング停止を避けて、前進しながら接地すると雪の舞いあがりを直接受けなくて安全であることも教えられた。『自然には勝てず、ただ克つのみ』という言葉は当時戒めとしていたものであった。克服するための厳しい訓練をすることのみが安全に任務をするための条件であり、引き続き過去の教訓などを活用して厳しい訓練を行い、安全に雪国での飛行を継続し、国民の生命財産を守ってほしいものである。飛行訓練を中止することは誰にでもできるが、そのような判断をした人は、厳しい条件下での任務遂行を命じてはならない。真のプロフェッショナルは、厳しさを乗り越える訓練を継続して任務に備えるのと思う。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

強靭なヘリコプター

2012-02-04 10:16:16 | 趣味・航空機
平成3年8月に陸上自衛隊は、北部方面隊を挙げて初めての緊急医療支援訓練を行いました。当時は陸上自衛隊としても初めて実施する大規模な訓練で、札幌病院長以下約1800名の緊急医療支援団が編成され、航空機約40機、車両約1000両が参加して行われた訓練でした。写真はその際多用途ヘリコプターがレスキュー活動で訓練する模様です。演習場にかなりの速度で強行着陸し、任務も行われました。強靭で信頼性があるヘリコプターだから可能でした。この演習の成果は、のちに発生する阪神淡路大震災など多くの大規模災害で活用されました。最近では、東日本大震災で活躍し、初動の4日間で、関係機関のヘリコプターで3000人以上を救助したといわれています。孤立化した地域からの救助は、都市型・中山間地型ともにその必要性が高いと認識されています。劣悪な環境でも安心して運用可能な純国産ヘリコプターができるようで期待しています。ただ、そのためには、厳しい各種の試験を長期間にわたって実施する必要があります。純国産の場合、航空機のコンポーネントごとの安全保障条件を満たすためには、実際の飛行時間を飛ばして証明しなければできないからです。最近は、シミュレーションで行われるようですが、あくまでもバーチャルの評価であり、現実に飛行させてみるとあちこちで問題が見つかるのが通常のようです。したがって、主力機とする航空機は徹底した試験を実際に行い、評価していくのが通常です。米国が作ったUH-60も開発開始から部隊運用までに約10年を要しました。そしてその間に試験中の痛ましい事故も起こしていますが、それを乗り越えてきました。ユーロで開発したNH90も長期の実証期間を経ています。わが国は、今言われている5年程度で本当に部隊配備するのでしょうか?東日本大震災の教訓で最近特に強調されるようになった言葉があります。「虚から実へ」・・研究室レベルで論理的にはできても、現場で非常時にも安心して運用できなければ意味がない。「実」を重視する考え方です。またコストも外国から導入するよりトータル的には相当安いようですので、今後継続して価格の推移などを期待しながら見ていきたいと思います。実際に使用する現場の隊員の皆さんに、運用機数数を確保し、信頼性と強靭性を併せ持つヘリコプターになることを願っています。現在のUH-1しいリーズは、非常に高い稼働率と強靭性を持っていますが、少なくともこれを超えるとの判断で選定されていると聞きますので、注目しています。このプランは堂々と全面的に公表されると思いますが、いつ公表されるのかも気になります。少なくとも現場で実際に運用することを要求される皆さんは正確な情報を承知して試験期間・項目などを判断すべきでしょう。「実」を重視する現場の意見が最大限採用されることを願っています。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

HU-1Bに感謝

2012-02-01 11:19:30 | 趣味・航空機
昭和38年に4機のHU-1Bが陸上自衛隊に初めて導入された。初めてのタービンエンジン搭載の多用途ヘリコプターであった。写真は、同年10月頃行われていた性能確認試験の中の一コマで、普通科部隊が装備していたジープを吊り上げての飛行の可能性などをチェックしている模様である。あれから50年陸上自衛隊はHU-1BからHU-1H、UH-1Jへとシリーズを導入し、普通科部隊などの空中機動力の中核として運用され、わが国の安全確保に大きな足跡を残した。また、各種の災害において、救助活動などを行ってきた。現有ヘリコプターでは最大の出動件数を誇るヘリコプターだと思う。沖縄にも配備されていた時期があり、第101飛行隊(現第15飛行隊)が初めて緊急患者空輸を行ったのもこのヘリコプターであった。長野県の北アルプスでの山岳遭難者の救助活動などにも使われている。筆者も槍ヶ岳での救助を副操縦士として務めたことがあった。3000mを超える高標高地で、2名の看護婦(現看護師)さんを救助したが、離陸重量限界であり、機長の冷静沈着な判断で見事に救助に成功したが、1名は、病院で亡くなられたと聞いた。阪神淡路大震災では、UH-1シリーズが陸上自衛隊のヘリコプターの最大期であり、約40機を連日運用した。孤立した地域からの救助や食料医薬品等の各避難所近傍ヘリポートへの搬送など多様な任務に存分に運用さえれた。東日本大震災においても、増強東北方面航空隊や各師団・旅団において存分の活動を行い、初動の4日間に救助した約10,000名の救助者の30%以上をヘリコプターが行ったといわれている。大型ヘリコプターでは着陸できない地域での救助活動は、中小型ヘリコプターに頼るところが大きい。中山間地が多い日本では、UH-1シリーズのよなサイズのヘリコプターは、とても重要である。このようにして国民の生命財産の保護に活躍してきたが、ついにその姿が消えることになった。平成24年1月31日、陸上自衛隊は、次期多用途ヘリコプターの開発機種を決定し、純国産で開発するという。5年後には立派なヘリコプターが完成すると思うが、それ以降急速にUH-1シリーズは消えてなくなることになるだろう。
改めて永い期間わが国の国民の生命財産の保護に活躍してくれたUH-1シリーズに感謝したい。次期多用途ヘリコプターが任務を開始するのは、5年後のようであるが、財政状況からすれば一度に編成全機を更新することは困難であるので、逐次減少するUH-1シリーズの欠数を当面どこまで容認するか、現在の装備数を一時延命して確保するかは重要な課題である。南西諸島では中国の影がうごめき、首都直下地震などの発生確率の見直しで、4年以内に高い確率で発生することが危惧されている。陸上自衛隊は、国の財政難に全面的かつ積極的に協力して編成定数を下げてまで対応していると聞いた。国民を守るために必要な数を努力して整備する気概は残っていると思いたいが・・。毎年防衛白書で自衛隊が装備する主要な航空機の数をチェックしているが、陸上自衛隊は中・小型ヘリコプターの減少により、加速度的に装備数が減るのではないかと懸念している。すでに50機を超える数が減少した。更に飛行時間を制限して延命しようとする愚作に出ないように願っている。
おそらくHU-1Bの装備開始から60年を過ぎてUH-1シリーズが完全に消えると思うが、国民の一人として心から「UH-1シリーズの多用途ヘリコプター」に対して、『有難う!』と感謝を述べたい。写真を提供していただいたY氏は、次期多用途ヘリコプターの決定を聞かずに先般旅立たれた。昭和38年10月頃に試験飛行を担任されていた頃の笑顔の写真が思い起こされる。天国からしっかり見守っていただけることを願っている。
また、本ブログに現場の多くの方から激励コメントを戴いたことにも深く感謝する。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

昭和38年豪雪災害のこと

2012-01-28 09:54:41 | 趣味・航空機
 昭和37年12月末頃〜昭和38年2月にかけて主に新潟県から京都府北部の日本海側を襲った記録的豪雪(新潟県長岡市では318cm)による災害であった。この年は、九州地方でも記録的な積雪を記録し、鹿児県でも30cmを超える積雪が記録された。当時国鉄上越線、北陸線の長距離列車は18日間も運休した。石川県の白峰村などは、約2ケ月間、陸の孤島となる地域もあった。この災害で、陸上自衛隊航空科部隊は、当時の主力機であったH-19での救助活動を行っている。悪天候の中を新潟・福井・金沢へH-19×各1機を推進し、救助活動を実施している。激しい雪の中での飛行は、命がけであり、2度の天候の急変で雪雲の中に入ってしまい、恐ろしい経験をした・・と当時のパイロットN[氏が語っている。中でも孤立した池田村から妊婦を緊急空輸し、無事に赤ちゃんが生まれた時は、我が事のように喜びを共にし、平成16年9月に機会があって当時生まれた通称「ヘリ子ちゃん」との再会を果たしている。この再会劇は、地元の新聞でも紹介された。写真は、38年1月福井城址を基地に救助活動を行うH-19(N氏提供)である。
 北陸・上越・東北地方の豪雪のニュースを聞くたびに思い出す記事である。今年は、陸上自衛隊航空部隊創設60周年を迎えるため、創設期のころから、実際に行動した人たちの回想を集めているが、その中にも記録されている。近年は装備も改善されてはいるが、大自然の脅威は人智を超えており、過去の先人の教訓を生かして安全に活動してほしいものである。北海道で飛行隊長をしていた頃、戒めとして大切にした言葉があった。『大自然の脅威には勝てず、ただ克つのみ』・・大自然の脅威(天候気象)には、十分な地域研究と気象情報の変化予測などを十分行って克服することの重要性を戒めたものであった。装備が改善されてなんでも出来ると過信すると、大自然からのお叱りを受けるかもしれない。大自然の中で空を飛び任務をする者は、やはりそれだけの謙虚さと神にもすがる従順な気持ちが大切だと思う。今年も厳冬で雪害が心配されている。高層気象や地形特性などを十分に勉強して、大自然の猛威に克てる術を磨いておきたいものである。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

都心上空に軽飛行機で発煙描画

2012-01-13 10:01:06 | 趣味・航空機
1月12日昼過ぎに軽飛行機3機が爆音を響かせながら東京上空で数度にわたって空中に「333」の数字を描画していました。写真はたまたま四谷駅付近で見つけてシャッターを切ったものです。かつて東京上空に5機の軽飛行機で「POCARI・・・」という清涼飲料の宣伝のために描かれたものを見たことがありますが、都心上空で見たのはあれ以来のことでした。昨日のニュースを探してみると、人気映画シリーズ「ALWAYS 3丁目の夕日’64」のPRイベントの一つであったようです。「333」の数字の意味は、よく分かりませんが、なんでも東京タワーの高さ333mを表現したものだとか・・。今年の初夏にンスカイツリーが公開されますが、その時には、「634」を描くのでしょうか?
空中に数字を描く方法は、いろいろありますが、今回のようなアナログ文字を飛行機の運動によって描くもの。そして飛行機は編隊を組んだまままっすぐに飛行して、デジタル文字を自動発煙噴射する方法(以前行われた清涼飲料のPRはこの方法)に大別されます。
前者は発煙のための機材のコストは減りますが、操縦するパイロットの技量が問われるものです。東京オリンピックで航空自衛隊のジェット機で五輪のマークを描いたものが代表例でしょう。ヘリコプターで描画したものもあります。陸上自衛隊航空学校の教官選抜チームが創立50周年記念で描いた「50」の文字描画も有名です。コストや安全などばかり気にしてロマンを忘れた日本人も多いですが、日本人特有の匠の技術を磨き、厳しい訓練を積み重ねる風土も持ち続けたいものです。厳しい訓練ができている人は安全確保のすべを知っています。匠の技術を持ちえない人は、簡単に匠の世界を揶揄して「オタク」と表現する風土があるのは、間違いだと思っています。
もともと空中に浮かんで任務を行う航空機の操縦などには、安全確保や任務遂行上必要な技量は保持しなければ何もできません。オートパイロットの能力に頼って自らを磨かない人は、とっさの機転が効かないし、苦難からの脱出などクライシスコントロールが必要な場合に差が出てくることを理解してほしいものです。日頃の継続した厳しい訓練の重要性はそこにあります。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

明けましておめでとうございます

2012-01-03 09:25:04 | 趣味・航空機
明けましておめでとうございます。昨年は、南西諸島周辺の不安定化や東日本大震災、台風による大規模水害などが連続して発生し、関係機関の皆様には、ご苦労も多い年でした。国民の一人として、心より感謝申し上げます。

今年は、北東アジア一帯がさらに不安定化し、世界金融不安の中でのわが国の再生を図るために改善方向に向かって始動する年かもしれません。ここ10年、財政再建のために制限してきた人材育成や装備の充実強化について、東日本大震災という国難を経験して、改めてその重要性が理解され、多くの教訓を残しました。特に巨大災害の場合の、自衛隊を始めとする関係機関の初動のヘリコプター救助活動の重要性は多くの国民が改めて認識したものです。首都直下地震、東海・東南海・南海地震などの被害想定は、改めて見直されつつあります。被害想定の見直しと並行してヘリコプター初動救助活動などに必要な人材確保と装備の確保は喫緊の課題です。財政が苦しいから・・とこの10年制限してきたため、装備が減少し、予備人員なども大幅に減少しており、対処能力は阪神淡路大震災の頃以下になっていると考えています。特に長期間の活動を維持するための予備人員の確保とヘリコプターの数が激減していることに衝撃を受けています。

各種白書を見ると、最も減少が大きいのは、陸上自衛隊の小型ヘリコプターと中型ヘリコプターで、減少総数は、50機を超えており、装備定数も相当数減少しています。そのため、養成する人員も減少し、危機管理に運用できる航空部隊の連続運用能力が大きく低下しているのではないかと危惧しています。
昨年あたりから、従来行われてきた市場原理の原則をあらゆる社会活動に当てはめて考えることが誤りであった・・とする人が増えています。特に危機管理を所掌する関係機関においては、当面の効率性や瞬間的なコストの低さに目を奪われることへの危険性に対して、警鐘が鳴らされたのが、東日本大震災であったと感じています。

東日本大震災であれだけの救助活動を行った(初動4日間くらいで総数約10000人が救助されているが、そのうち3000人以上は、初動のヘリコプターによる救助だとされる)にも関わらず、年末の24年度予算政府案を見ると、東日本大震災の活動を教訓にし、関係機関の人員装備の回復を目指す方向性は全くないと言わざるを得ない。政治主導でこれを行っていると豪語する政府は、国民に対してそのリスクをすべて背負う覚悟はあるのでしょうか。対応の正面にいる自衛隊や海上保安庁など第一線部隊に押し付けることはもう許されません。多くの国民は、しっかり政治を監視するようになりました。

南西諸島周辺の防衛警備、北東アジアの不安定化への対応などは迅速かつ効果的に沿岸到着までに対応すべきことも多いと推測していますが、財務を所掌する政治家の強い政治力?で実現していないとの噂も聞く。単なる噂さであり、早期に政治家の客観的な判断で危機に対する備えを早期に準備されんことを強く願っています。第一線で勤務される方々ももう少し大きな声を上げて、対応能力を充実させるように努めてほしいものです。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

山田地区の空中消火活動

2011-12-22 21:07:10 | 趣味・航空機
3月11日に発生した東日本大震災では、津波被害が甚大であり、地震に伴う市街地火災や山火事の消火活動が紹介されることは少ない。筆者は、4月初旬に岩手県へ出向き、調査活動をした。数年前に消防防災航空隊と自衛隊の航空機が連携する空中消火活動について答申したことがあり、その後この件はどうなっているかを調べるためであった。この際、岩手県防災航空隊等から大変貴重な話を伺った。県の消防航空隊始め、自衛隊の大型ヘリ(CH-47)や小型観測ヘリコプター(OH-6/OH-1)が連携して自衛隊の的確な統制のもとにヘリコプターによる迅速な空中消火活動が行われていたのである。写真(第9飛行隊提供)は、3月14日に山田町付近で発生した山火事の消火活動の模様であり、この際、第9飛行隊のOH-6(後に第2対戦車ヘリコプター隊OH-1と交代)による統制のもとヘリコプター団のCH-47や消防航空隊のヘリコプターが連携して消火活動をした。ほかの地域でも同様のことが行われており、空自の大型ヘリコプターも参加した場合もあった。大規模災害における初期の消火活動を迅速に行うことが極めて重要であることは、阪神淡路大震災の大きな教訓の一つであった。
消防庁は、一部の空地の消防能力を機動性ある部隊に編成できるように計画しておくことが重要であると考えている。首都直下地震や東海・東南海・南海連動の巨大地震での太平洋ベルト地帯での火災による被害は甚大であろう。初動において迅速に対処する一定の能力を持つようにするには、ヘリコプターだけではなく、大型の消防飛行艇なども装備する「緊急機動消防航空隊(仮称)」のような組織を消防庁長官が直轄して保持し、防衛省などと協力して迅速に対応できるように日頃からの計画や訓練を充実させておく必要がある。消防飛行艇については、我が国は、すでに海上自衛隊で運航するUS-1において実験が行われており、その有用性は実証されているが、経費をどこが負担するかなどで議論されていると聞いている。大規模災害特に巨大規模の災害では、我が国で保有するすべての資源・能力を総動員して対処すべきであり、前述「緊急機動消防航空隊(仮称)」を早期に検討して対応を準備すべきである。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

Formation

2011-12-11 20:52:04 | 趣味・航空機
熊本空港に隣接する高遊原で西部方面航空隊創設50周年記念観閲飛行が行われました。西部方面航空隊は、2011年は新燃岳の火山観測や情報収集に始まり、3月11日に発生した東日本大震災にも熊本から仙台まで速やかに機動展開して救助活動などを行いました。そして秋には、わが国の南西諸島などを防衛警備するための統合演習にも参加し、機動展開能力の高さを高く評価されたと聞きました。日ごろの厳しい訓練を行っている部隊だからこそできる多様な任務への柔軟且つ迅速な対応を見事に実施していることに敬意を表したいと思います。昭和37年1月18日に設立された西部方面航空隊は、幾多の先達のご尽力で着実に能力を向上させて来たことを展示資料で拝見しました。歴史を学び、「温故知新」の気風がある組織は、将来への備えも創造性を持って着実に進んでいるものです。
観閲飛行は、22機で行われました。熊本空港の滑走路と直交する北側から低高度で進入してくる姿には圧倒されます。指揮官機のUH-60JAの後方に第1編隊のOH-1×3機とOH-6×2機の5機、第2編隊は、戦闘ヘリコプター編隊で、AH-1S×4機とAH-64D×1機の5機、第3編隊はUH-60JA×1機、UH-1J×4機の多用途ヘリ編隊、第4編隊は大型ヘリCH-47×5機のそれぞれ傘型編隊でした。最後に固定翼機LR-2が1機存在感を示すように飛行しました。4個編隊5機の傘型隊形を保持して長時間飛行することは難しいですが、さすがに一糸乱れぬ編隊飛行で、隊員一人ひとりの気概が溢れ、ピリッとした緊張感を感じました。撮影位置がやや正面からずれていたため、写真では編隊が乱れているように写っていますが、正面から見ると、写真を撮影するのも忘れて見とれるほどの緊張感がありました。観閲飛行は、指揮官の日ごろの訓練の厳しさがそのまま緊張感として表現されることが多いと思っています。今回は50周年記念観閲飛行にふさわしい緊張感を感じました。これからも国民の期待に応えて厳しい訓練を重ね、いかなる事態にも即応して行動し能力を発揮する精強な機動戦力として発展されることを期待しています。
コメント (5) |  トラックバック (0) | 

臨時特別救難隊

2011-11-30 22:52:20 | 趣味・航空機
昭和38年3月23日に準備隊を設置し、同年7月5日から自衛隊のヘリコプターや艦艇でなければ適切な処置が困難な「緊急で小規模の救難活動」を任務として、防衛庁に組織された。特別救難本部は市谷に置き、館山、横須賀、入間、霞ヶ浦にそれぞれ支隊を置いて24時間待機していた、当時のパンフレットによれば、「Rescue」と書かれた表紙に続いて、部隊の任務や活動範囲などが記された資料が残されている。活動範囲は、それぞれの基地から半径約100kmの範囲を通常の救難範囲として示されている。この部隊は、航空自衛隊及び海上自衛隊に救難任務を付与したことで昭和44年7月31日を持って廃止されている。この部隊を運用していた市谷の特別救難隊本部の要員を持って、廃止の翌日から東部方面管制気象隊市谷派遣班が誕生する。陸上自衛隊の航空部隊の60年の歴史資料を収集している中で教えられたことは多い。写真は、昭和40年代初頭に市谷で待機する陸上自衛隊のH-19である。
読者の方から誤りをご指摘いただきました。航空自衛隊の救難隊は昭和33年から、海上自衛隊の救難隊は昭和35年から活動しているので、この特別救難隊が航空自衛隊の救難団の基礎にはなっていないとのことでした。お詫びして訂正します。ただ、当時のパンフレットは、間違いなく当時の任務などを記述されている貴重な史料であることには違いがありません。
コメント (4) |  トラックバック (0) | 

明野レインボウ

2011-11-01 11:53:51 | 趣味・航空機
陸上自衛隊航空学校で展示飛行された「明野レインボウ」チームの演技開始のための進入です。今年はOH-6×4、OH-1×2、AH-1S×1、AH-64D×1機の合計8機のチームでした。このチームは操縦教官が臨時にチームを組んで短期間に猛練習をして実施しています。毎年多くのファンが撮影し航空雑誌などに掲載さえれています。演技はそれぞれの航空機の特性を最大限に発揮して任務を遂行するのに必要な操縦技術を学生に教育するために不可欠な要素を集めて構成されています。井上3佐をチーム長として相互の信頼と固い絆を感じられた大変にチームワークの良い演技で、各機ごとメンバーの紹介がある度に万雷の拍手が響いておりました。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

TH-480B

2011-11-01 11:19:23 | 趣味・航空機
明野の記念行事で地上展示されていました。陸上自衛隊が回転翼操縦基本教育で使用する機体であると説明されていました。色はスカイブルーで自衛隊の迷彩色とは異なる配色です。かつて陸上自衛隊は、TH-55と言う回転翼操縦の基本教育を行う機体で教育したことがありました。経費節減という名の下に進められた当時では画期的な事業でした。ところが・・基本操縦教育だけでは部隊での機種転換教育などに使用する教育時間が多く効率的ではないこと、部隊での事故の多発の要因にもなるとの懸念から、逐次部隊で保有している作戦機OH-6とUH-1での直接の教育に修正されたのでした。今回も経費節減と教育の効率化などが狙いのようですが、ベーシックでこの機種で教育し、アドバンスコースで、部隊で使用する機種を持って再教育すると聞きます。この方式では機種が異なる部隊間の人事交流が難しくなります。部隊操縦士の年齢別構成等の能力バランスを考慮して必然的に人事交流が必要なわけですが、それを行う際には補職前教育などが欠かせません。部隊の充足が100%あり、教育をするのに必要な配置の余裕があることが前提となります。部隊での任務遂行と教官の確保の調節が難しいからです。そのような全体の教育の効率性を考えた結果の一つが過去のTH-55による基本教育の中止であったことを思い起こします。また、TH-55での教育は、昭和37年度から平成元年度まで行われた陸上自衛隊航空学校での民間操縦士の教育受託において最初に使用されています。運航会社は航空学校で基本操縦の教育を受けた要員を各社ごと運用する機種への機種転換(再教育)を行い、事業運航をしていました。民間操縦士の教育を陸上自衛隊で行わなくなってからすでに22年が過ぎます。当時教育を受けた人たちは、永年にわたって我が国のヘリコプター運航事業の中核として、あるいは防災関係事業の要員として活躍してまいりましたが、その要員が枯渇しており、防災関係の事業への影響が大きいと危惧されています。
過去の教訓を学び、新たな効率性のある教育体系の構築に向けて一丸となって努力されることを願っています。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

仙台市消防局ヘリコプターによる初動の救助

2011-09-23 12:18:38 | 趣味・航空機
東日本大震災が発生した3月11日夕方、地震と津波で多くの人が被災した荒浜地区の住民は荒浜小学校などに濡れた身体のままで避難していた。仙台市消防局・宮城県警察は、地震直後から直ちに救助活動を開始している。そして孤立住民の情報を承知した海上保安庁や陸上自衛隊も17時頃から救助活動を開始した。陸上自衛隊の救助活動が始まり、夜間の救助活動は安全確保の観点もあって、専ら陸上自衛隊が担当して終夜連続しての救助活動が行われた。11日夕から12日早朝にかけて15時間の救助活動で約200名の住民が救助されている。その内訳は、消防がBel412×1機で7名、宮城県警察がBel412で17名、海上保安庁がBel206×1機で6名を夕方までに救助している。陸上自衛隊は、17時頃から12日7時頃までの間、暗闇では夜間暗視装置を使い、燃料補給はエンジン停止しないまま補給する「Hot Refuel」を実施して、終夜連続しての救助活動で169名の救助を(UH-1×3機と未明から第1ヘリコプター団のUH-60JA×3機)行った。初動のヘリコプターによる救助活動は、停電でしかも小雪降る悪気象条件で、全域が暗闇の中での活動であり、明るいうちは各機関の連携で救助活動が出来たが、夜間に入るとルートの統制など安全確保が必要であり、陸上自衛隊が担当して夜間の救助活動を行っている。宮城県は従来から宮城県防災計画等に各機関のヘリコプター等の運航を調整する「航空班」を設置し、霞の目飛行場を使用しての自衛隊・海上保安庁・警察・消防防災のヘリコプターが連携する訓練を行ってきていたため、最初は消防防災や警察が担当し、事後陸上自衛隊や海上保安庁が加わって連携する手法での救助活動が整斉と行われていたようである。ただ、災害の規模が巨大であり、霞の目飛行場には全国からの応援部隊が飛来した。このため、11日は約300回、12日は約550回、13日・14日は各日約350〜400回の管制回数を数えるほどに混雑していた。巨大地震に備える為に葉、「地域航空センター(仮称)」などを巨大地震などの防災計画に合わせて拠点となる飛行場に設置して、自衛隊を中核とする初動のヘリコプター等の活動を有効にする為の情報を集中させ、各機関のヘリコプター救助活動を調整し統制する組織が必要であると考えている。写真は霞の目駐屯地提供である。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

小型ヘリコプターも大活躍

2011-09-15 21:56:46 | 趣味・航空機
東日本大震災では、中小型ヘリコプター(陸自第9飛行隊)が大きな仕事をしている。三陸地域等山間地では、十分に広い着陸場所は少なく、ほとんどが小型ヘリコプターや中型ヘリコプターが何とか着陸可能な狭隘な着陸点が多かった。山頂にある通信所(山田デジタル通信所)の商用電源も停電し機能が失われたたため、通信所に小型の電源装置(60kg)を中型ヘリコプターで吊下げて下ろし、燃料はOH-6に積ん(2回に分けて合計約220ℓ)で届けている。まさに小型ヘリコプターだからこそ実施可能であった任務である。近年ヘリコプターも逐次大型化し、大型ヘリコプターが効率が良い・・などとして小型・中型ヘリコプターが減少しているようであるが、東日本大震災では、中・小型ヘリコプターの量も必要であり、バランスの良い装備を保有することが重要であることを教えてくれた。防衛任務においても同様の事は言えるが、わが国は70%が中山間地であり、今回の三陸地域で行われたような任務は多いはずである。防衛白書のデータから見ると、陸上自衛隊の装備航空機は2003年頃510機程度だったものが、逐次に減少して21年3月末では460機になっており、約50機が減少した。その主なものは小型と中型ヘリコプターである。首都直下地震や、東海・東南海・南海の連動型巨大地震への備えをしなければならないとの指摘は多いが、このままでは年々減少して300機を維持できないとの見積もりもあるようだ。阪神淡路大震災の教訓から逐次増加したヘリコプターの数は、10年を経て逐次減少し始め、今や用途廃止機数が新規装備数を超えるため、毎年総数が減っている。防衛白書は正確な数字でそれを警告しているのだ。財政の制約はあるが、大規模災害や防衛警備上国民の生命財産を保護し、減災に役に立つヘリコプターをこれ以上減らすことは国民から見て納得が出来ない。政治家も防衛省など関係省庁の責任ある地位の人たちも真剣に数量の確保・運用のための行動を起こさなければなるまい。それには装備数と人員の確保が必要であり、一朝一夕にしてはできない中長期のしっかりした計画が不可欠であろう。「大は小を兼ねることが出来ない」・・狭隘地での任務を得意とするヘリコプターの場合はそれが明確に言える場面が多い事を如実に教えてくれた。教訓は生かされなければならない。装備の数と運用のための人員などの養成を急がなければならない。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

大槌臼沢での孤立者救助

2011-09-13 10:23:26 | 趣味・航空機
三陸海岸では、大津波による被害が甚大であったが、なかでも大槌町周辺は、悲惨であった。多くの住民が津波で流されてしまったのである。残った一部の住民の救助は、唯一ヘリコプターによる救助だけであった。UH-1ヘリコプターによって瓦礫の残る岸壁へ着陸し、高台に避難した住民を一人一人救助した。写真は、ヘリコプター(9師団飛行隊提供)に向かう住民で、肩を落として寂しそうである。このような救助活動は、報道されることもない三陸の山間地域で黙々と続けられていたのであった。まさに彼ら救助チームこそ「わが国の誇り」である。三陸正面を担当した陸上自衛隊第9師団を中心とする東北北部地域での初動から7月26日までの間のヘリコプター部隊による救助者数は、586名に及んでいる。東北地域北部及び三陸地域で活動した自衛隊のヘリコプター部隊で救助者数の内訳「()内数字」は、次の通りであった。第9師団飛行隊(207名)第7師団飛行隊(0)東北方面航空隊(70名)北部方面航空隊(146名)第1ヘリコプター団(0)第12ヘリコプター隊(3名)航空自衛隊(160名)その殆どは初動の数日間で狭隘な孤立地域から救助されており、中型ヘリコプター等の数量が命を守る上で重要であることが再認識されたと思う。また、ヘリコプターには降着装置が車輪式(ホイール)とスキッド式があるが、それぞれ特色がある。ホイール式は落着した際の生存性は抜群に良い。スキッド式は中山間地など狭い不整地での着陸に強みを発揮する。嘗て新潟県中越地震の際もホイール式では接地困難な場所での運用もスキッド式では可能であった。ヘリコプターはそれぞれの利点を活用できるようにバランスよく保有する必要がある。東日本大震災の教訓を活かして首都直下地震や東海・東南海・南海連動型巨大地震等への備えをしなければならない。自衛隊をはじめ防災関係機関は阪神淡路大震災の教訓で急増させたヘリコプターの数の維持や運用に必要な人員の養成に特段の努力をして初動のヘリコプター救助能力の低下を防止しなければならないだろう。その責任は、今それぞれの職で活躍されている方々の双肩にかかっている。人の養成も装備の充実も一朝一夕にしてはできない。陸上自衛隊も阪神淡路大震災の教訓で目指した500機体制を早期に回復して欲しいものである。また全国で70基を超えるヘリコプターを保有する消防防災ヘリコプター部隊は、要員の充実を早急に実施して、24時間運航を行う体制を確保べきである。政治家はその現実をしっかり把握して、国民の生命財産の保護に必要な政策・向かうべき方向を誤らないで欲しい。
コメント (0) |  トラックバック (0) | 

三陸地域の被災状況

2011-09-13 10:10:37 | 趣味・航空機
あの大災害をもたらした3月11日の大津波から半年が経った。当時陸上自衛隊第9師団飛行隊などは、冬型の気圧配置で気流が悪い三陸地域の情報収集を行い、発見した孤立住民を崩れかけた岸壁などから救助していた。当時の救助活動はあちこちで全力を挙げて行われており、報道に情報提供する余裕もなかったため、余り知られていないことも多い。半年経ってみて、現地部隊等を訪れると、淡々と当時の事を語る隊員がいた。「一人でも多く・・少しでも早く・・助けたい!」ただそれを祈りつつ日夜連続しての捜索・救助活動が行われていたのであった。写真は、大津波で甚大な被害を受けた越喜来周辺の模様であり、3月14日に撮影(9師団飛行隊)されている。海岸に近い街は殆ど流されてしまって被害の甚大さがわかる画像である。
コメント (0) |  トラックバック (0) |