河口公男の絵画:元国立西洋美術館保存修復研究員の絵画への理解はどの様なものだったか?

油彩画の修復家として、専門は北方ルネッサンス絵画、特に初期フランドル絵画を学んできた経験の集大成を試みる

トルストイの《芸術とは何か》に学ぶ

2017-05-18 01:41:19 | 絵画

トルストイ(1828年ー1910年)は世紀末の動乱の時期を生きて、自身の作家としての評価を厳しく省みるために《芸術とは何か》(1897年ー98年)を書いた。彼の時代は帝政ロシアであり、ヨーロッパではナポレオンによる侵攻で、またプロイセンによるドイツ統一やオーストリアやフランスとの戦争が立て続けに起きていた時代である。近代と呼ばれる時代が始まり、多くの古い伝統が失われた時でもある。前の稿で述べたマルセル・デュシャンの青春はまさに世紀末であり、「末世思想」が人々の生活を暗くした時代だった。

彼はこの著作を書く前のすべての作品を厳しく批判し、この後に《復活》(1889-99)を書いた。ロシアを代表する作家、思想家として多くの支持者を得、業績が誰もが認める晩年の70歳を超えてからのことである。

この《芸術とは何か》は文庫本で手に入る。23歳の私は、ブリュッセルの下宿で、何を描くべきか悩んでいた時にこの本を読んだ。

トルストイは大地主でまったく不自由がない恵まれた家庭に生まれたが、学問が好きでなかったのか大学を中退し、兵隊になって戦争にまで出かけている。そこで経験したいろいろな苦痛は彼の作品に生かされているが、家に戻ると政府に縛られて貧困から抜け出せない農民に土地を分け与えようとしたり(うまく思い通りにいかなかったらしい)、自殺未遂をしたりして、結局アナキスト(無政府主義者)になった。人が人を支配するのを見ていられなかったのだ。彼は敬虔なキリスト教徒であったが、教条主義(ドグマティシズム)であった当時の教会の制度では納得がいかなかったのか、自分独自の神を信じるようになった。彼の名言や格言の類型から神の存在が見出せるだろう。

彼の既成芸術に対する批判は厳しかった。演劇は表に出ない裏方の労苦の上に成り立っているとし、戦争の次に匹敵するぐらい犠牲を払っていると述べている。そこまで芸術は求められるべきかと疑問を投げかける。

音楽は芸術表現に向いていないという・・・音は抽象的過ぎると。なるほど感覚的で聞くものによっては、音楽では一定のメッセージも受け取れない。しかし心を和ませる音楽があることまでは否定していなかったと思う。しかし絵画芸術に至っては手厳しい。毎年何百万の駄作が生まれている・・・と。正にその通りだから仕方がない。

しかし、彼は優れた絵画の一つとしてJ・フランソワ・ミレーの《晩鐘》を挙げている。当時のヨーロッパの田舎の風景で、あちらこちらで見られた光景であろう・・・・貧しい農夫が夕刻を告げる教会の鐘に合わせて、一日の感謝の祈りを捧げている場面だ。観る者の気持ちを落ち着かせる情緒あふれる傑作であろう。トルストイの目覚めた芸術の目的は「キリスト教的隣人愛」だった。

他にはロシアの画家0000の《放蕩息子の帰宅》がある。それこそ演劇の一場面を切り取ったように、ボロをまとった息子が帰宅したのを家族総出で迎えている。年老いた母が椅子から立ち上がり、驚きの表情で迎えているという場面だ。(申し訳ないが作者の名前が出てこない。なにせ、40年ばかり前に画集で見たきりだが・・・・どんな絵画だったかはいまだにはっきり覚えているのに)。同じテーマの作品が、あのレンブラントにもあるが、年老いた父の前で息子が膝真づいて抱き合っているが、親不孝の許しを請い、父は許しを与えている光景だ。ずいぶん雰囲気は異なり、題名なしには何をしているのか分からない。

トルストイが既成芸術の批判をした理由は紙への強い信仰的生活への帰依である。そして人類愛に基づかない作品の自己批判として自身の作品に及んでまで厳しく断罪している。そして慎ましい生活と・・・まるで聖フランチェスコ派修道士のように著作を追い詰める晩年を送る。

デュシャンが「観念的世界」に逃げ込んだのとはえらい違いだ。

若かった私はトルストイの《芸術とは何か》を読んで、息苦しかった。彼のように自分の考えを生涯貫き、まさに論理的整合性を持つことは人生を最も大事にしたと言えるだろうが、正直、無能な若者に出来ることではない。ただ制作に素直に、正直に向き合うことはとても難しかった。「芸術の目的」を具体的にすることが出来ずに、しばらく絵を描けなかった。

ブリュッセルの画学生であったある日の朝、目覚めた時の枕が濡れていた。気が付かないうちに強い自我の求めに悲しんでいた。しかし三流の者はそれなりにやるべきことがあると、自覚するようになる。私と同じ絶滅危惧種たちよ!!がんばろう!!

 

 

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