私が生きた証~顔晴って夢を追っていこうよ☆

表現する 生きる それができる日本に生まれた私のブログ。
ドラマ「ブザービート」から夢に進む勇気をもらいました♪

裏切られたと感じた時

2017-07-10 11:08:33 | 一歩踏み出す勇気

裏切られたと感じた時、

最初は、なんで?って疑問が湧き、

ひどいって、相手をおかしいと思い、

あんな奴って、相手を嫌い、

でも、片隅には、仲良くしないとと多少思って謝ろうかとも、謝罪を考え、

その時、謝ろうか、嫌だ絶対謝らないと、どちらかで迷い、

でやっぱり、裏切られた私が謝るのはおかしいと、

相手を悪者にし、

あんなに仲良くしてたのに、どうして裏切る?と

悲しくもなり、でも、謝ろうとせず、自分は被害者の立場になり、

あんな奴にどうして私が謝らないと下手にでないといけない?と、

決裂する。

 

 

 

なんで?なんで?なんで?

ひどいよ、ひどいよ、ひどいよ。

 

それは例えば、夫・妻の浮気や、今までおりこうだった子どもの急な悪事や、反抗期、

信じていたスタッフや従業員、部下、上司の不正など・・・。

 

裏切られたと感じた時、私は、

「なんで私が謝らないといけない?」と、思った。

私は何も悪くないのにって。

 

 

でも、どうしてその時、

「なんか私、今ままで嫌なことしてたの?なんでそんなことしたの?なんでこんなことするの?なんでわたしに歩みよってくれないの?なんでごめんね、ごめんなさいってそっちから言ってきてくれないの?」

 

って、相手を信じて、相手に歩み寄れなかったんだろう。

歩みよれたことがあった時も、

「なんでまた同じことするの?あの時のことまだ私は忘れてないんだから、なんであんなことしたの?」って、

相手に冷たい態度をとった。

心から、反省をしていなから、許してないから、私が相手を。

 

でも、でも、でも、

もしかしたら、27年前の出来事の答えが、今になって、やっと解けた溶けた説けた融けた 気がする。

気づいた気がする。

 

 

本当はね、

歩み寄って、問いただして、相手の言い分も聞いてあげればよかった。

 

相手にも気持ちがあって、そうしたの。

 

相手がそういう態度をとって、相手が謝ってこないのは、

私がしらないウチに、相手を嫌な思いにさせていたのかもしれないのだと。

我慢していて、相手が言えなかったのかもと。

 

自分はいつも正しい、間違ったことなんかしてない。

かもしれない。

 

でも、

私も悪いところあったのかもって・・・・やっと・・・・わかった気がする。

 

 

 

神様は、私たちは、

私たちが、もっと謙虚に、なれるように、修行をしにこの世に生まれてくるの。

 

だから、謙虚になる、わたしの人生の問題集の、問①の、問題がそれだったのだと思う。

 

あなたはどうやって解きますか?

どう、答えを導きますか?

丸がもらえたら、もうそのような問題はおきません。

おきたとしても、もう、解けますね。って。

 

 

 

そして、

こんなことがあったの、って、どうして周りの意見を求めたり、相談したり、第3者に聞かなかったのだろう。

 

 

それは、自分が正しいと思っているから、自分には非がないと思っているから、どこかで、

じぶんの非を認めたくないイコール、自信がなくて、自分が悪いところもあるかもねって、

人に言われたくなかったから。

人に、あなたも悪いところがあったかもって言われたら、

完璧主義なのか、自分の非を認めるのがすごく怖かった、のだと思う、10代の未熟な私は。

良いか悪いかの白か黒かの極端で、

中間がなかったから、

良いところも悪いところもあるのに、

グレーがなかったから、10代の私は。

 

人は、間違う生き物なのに。

間違って、ごめんなさいって、謝って、許して、支えあっていくものなのに。

 

 

でもね、もしかしたら、トラブルが起こるときは、お互い様なのかも。

 

いや、お互い様じゃないときもこの世にはある。

 

「そうなるあんたにも落ち度があった」って

言われて悲しくなる案件だったこの世にはある。

 

生きてるのに、死んでるようなあの2年半。

出口の見えない2年半。

しんどかった。

 

こんな私は私じゃない

こんな私を好いてくれる人も、だめ、

こんな私はホントの私じゃないから、

ホントの私はもっとすごいんだから・・・

 

いつも、みんなに好かれ、いつもみんなに慕われ、いつもみんなのリーダー、

目立たない人は、意味がない。

 

そう思っていた10代の頃があったかもしれない。

 

 

 

被害者って、この世に、存在しますか?

しますよね、

でも、

被害者だと思っていたら、じぶんもしらない内に加害者で、

それに気付かなかったってことも、存在すると思う。

 

 

 

10代からひっかかっていた、何かが、

40代に溶けて解けて説けていけそうな気がします。

 

 

 

私も、悪かったかも、

私も、ごめんね、

私も、いけなかったとこ、あったかなって。

 

 

そう、言い合える関係を作っていかなくれはいけないね。

みんな、平和に、なれるから。

 

被害者ヅラって

女の人は好きだよね、きっと。

でも、神様は、

そこじゃないもっと崇高な人になることを求めているし、

私も求めてこの世にやってきてる。

 

 

神様は、完璧だからね、

辛いことも、み~~んな学び。

でも、人生楽しむことも学び。

 

さて、私は、何かが解けて気がするから、

人生をエンジョイする学びに突入しようかな☆2017/07/10☆

満月の翌日の日記でした。

 

10代のころのしこりが、満月と共に小さくなることを祈って。

 

 

 

 

 

 

 

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