P の本棚

この「P の本棚」では、本を読んで感じたこと、映画を見て考えさせられたこと…などをマイペースに綴っていきます。

隠し剣 鬼の爪

2005年07月30日 | スクリーン
山田洋二監督、「たそがれ清兵衛」に続く幕末に生きるある田舎武士の物語。
しかし、実は「たそがれ〜」とは、似て非なる物語だ。
永瀬ふんする片桐は、清兵衛ほどの堅物ではない。むしろ、自らの価値観で、きえを奪い返してしまうあたりは、むしろ変わり者だろう。しかし、その片桐が、共に剣を学んだ友を、藩命によって切らなければならなくなる。清兵衛のように、泥沼に足をとられた者のような悩み方はしない。むしろ、迷いながらも、常に答えは出ている、そんな生き方をしている。だから、刀を手に取るときは、常に自分の意思でとる。
きえを助けに行くとき、追手を引き受けたとき、家老を暗殺するとき。常に彼は自分の判断で、決断を下している。
この映画、「隠し剣 鬼の爪」の意味するところは、どこにあるのだろう。あれは、剣法と呼べるものではない。暗殺のテクニックだ。それが、この映画のタイトルである意味とは…。
本来、「片桐」という男の生き方と「鬼の爪」の存在は、同化しないものであるように思われる。それは鬼の爪を持つ自分を片桐は本来の「自分」だとは思っていないから。だから家老を始末した後、心が晴れないのだ。片桐にとって、「鬼の爪」は決して鷹の爪ではない。本当に「鬼」の爪なのだろう。自分の中にも巣くう「鬼の爪」なのだ。
「きえとの暮らしを望む自分」「鬼の爪を持つ自分」その二つの自分を使い分けられる強さ、それがこの作品のテーマであるように思う。
キーワード
たそがれ清兵衛
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隠し剣 鬼の爪 (ミカミカノハナ)
洋画もいいけど邦画もね♪ってことで、こちら名匠・山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』に続く時代劇でございます。 永瀬正敏と松たか子が出演というのも気になるところ。 題名にもある“隠し剣 鬼の爪”というのはいったいどんなすごい秘技なのかしら?と、殺陣シーンにドキ

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