随想

あれこれ思うこと・元気が出る話・歴史の話・不思議発見etc.

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プラズマを見たことありますか

2010年06月08日 | 随想
 身近なプラズマの実例としては、晴天の日に空を見上げると空中に小さな透明な勾玉(まがたま)の形をした一つ目のプラズマが無数に飛び回っています。イキイキと楽しそうにキラキラ光って見えます。見ているとこちらまで元気に飛び回りたくなりますよ。

 物理学的にいえば、プラズマは一般に電離した気体のことを指しますが、気体ではありません。

 通常の気体を構成する中性分子が電離し、正の電荷を持つイオンと、負の電荷を持つ電子とに分かれて飛び回るのです。普通、物質は固体・液体・気体ですが、プラズマは気体には属さず、半物質と呼ばれています。古代ギリシャでは世界を形成する四つの根源を地・水・風・火を四大と呼びました。地は固体、水は液体、空気は気体、そして火はプラズマです。
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ルイ16世の遺書が発見された

2010年06月07日 | 随想
 去年のことですが、雑誌「正論」2009年9月号に筑波大学名誉教授竹本忠雄氏の「博愛は幻想」-ルイ16世の遺書を読み解く-という小論が載せられました。  これによると、ルイ16世の遺書の直筆原本がアメリカのあるオークションにかけられたことで発見されました。わたしは竹本教授の抄訳を読み、ルイ16世を再評価する気持が一層強められました。   ルイ16世は、有名なシュテファン・ツヴァイクの伝記小説「マリー・アントワネット」に中で「狩猟や錠前作りに夢中になって政治を顧みない無能な暗君」として描かれたせいで、そのイメージが世界中に広まりました。だから、フランスの現大統領ニコラ・サルコジ大統領が「私は宮殿で錠前作りに明け暮れる暗君のようにはならない」と発言しています。しかし、一方2008年にジャン・クリスチャン・プティフィス著「ルイ16世」が出版されて、ルイ16世の政策が膨大な史料をもとに紹介されたので、ビルパン元外相などは名君として高く評価するようになりました。  さて、1774年5月10日にルイ16世が即位したとき、フランスはルイ14世、ルイ15世の失政と放漫財政によって財政難に陥っていました。そこで彼は財政再建、民衆の地位向上、農奴制の廃止、拷問の廃止、プロテスタントやユダヤ人の同化政策等を実現するために積極的に尽しましたが貴族たちの反対にあって挫折しました。また、革命家たちが主権在民を唱えて、王そのものの存在を罪悪として否定するという思想には決して同調できませんでした。それは、彼が聖書に基く王権神授説に立ち、国王と国民との親密な信頼関係をフランス王国の良き伝統と信じていたからです。   ルイ16世は遺書の中で、革命政府の王に対する迫害と王国の腐敗堕落ぶりを批判し、国民議会の独裁主義を告発しています。そしてこれをフランス国民のみならず、全世界の眼前に訴えて黒白を問うとしているのです。  
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公義立国

2009年08月30日 | 日記
          2009/8/30礼拝説教                                                皆川尚一牧師
箴言29:4
ローマ13:1~7
マタイ22:15~22

公義とは何か
王は公義をもって国を堅くする、
しかし、重税を取り立てる者はこれを滅ぼす
(箴言29:4)。

今日の聖句はヘブライ語の直訳ではこうなります。
「王は公義(ミシュパート)により国を立てる。
しかし貢物の人(イッシュ・テルモット)はそれを滅ぼす」
この「貢物の人」とは、だれでしょうか? 「王その人」とも取れるし、また、「貢物を取り立てる役人」とも取れます。
 例えば、ソロモン王は公義をもって国を立てました。公義(ミシュパート)とは、神を畏れる心に基いた公正な裁きを意味します。ここから、経済的な公義、すなわち公平な富の分配、働きに応じた賃金の支払い、収入に応じた税金の徴収等の意味が出てくるでしょう。個人の正当な働きによる収入や、個人財産を不当に権力で奪い取ることは公義に反します。ソロモンは公正な裁判をおこなったことが聖書に書いてありますが、晩年には重税を課して民を苦しめたことも書いてあります(列王紀上12:4)。
 そして、その子レハベアム王は税を軽くしてほしいと求める国民に対し重税を課して、もっと国民を苦しめました。その結果、国は分裂し、やがて滅びたのです。これらは、王は公義をもって国を立てる者であるのに、公義に反するときは国を滅ぼすことになるという実例です。

取税人の不正
 次に、王が公義の人であっても、それに仕える役人たちが不正の人であれば、これも国を滅ぼすことになるでしょう。
 イエス様がこの世に降って来られたときのパレスチナは、ローマ帝国の領土となっていてローマ皇帝の支配下に置かれ、ローマ皇帝の任命したローマ人のユダヤ総督によって治められていました。ローマ皇帝は地中海を囲むヨーロッパ・アジア・アフリカ諸国を征服してローマ帝国を建てました。そして帝国内諸民族の和合のために各民族の宗教を認め、公序良俗を乱すものは取り締まり、そうでないものには信仰の自由を認めました。それゆえユダヤでも、ユダヤ教の宗教組織と祭儀と風習を認めました。ですからユダヤ人は律法に記されている通り、神殿に十分の一献金を納める義務があり、それと同時にローマ帝国の法律に従って所定の税金を納める義務を負わせられました。そして、ローマへの税金は取り立て請負業者に委ねられました。新約聖書の取税人というのはこうした請負業者でした。ザアカイが不正の取立てを悔い改めた話は有名ですが、イエス様はザアカイを祝福し、取税人を辞めることは求めませんでした。

イエス様と税金
イエス様は税金を納める義務を認めておられました。先ほど朗読した《マタイ22:15~22》をご覧下さい。
バリサイ派やヘロデ党の連中がイエス様を言葉のわなにかけようとしてイエスさまに近づいて来て質問しました。「『先生、わたしたちはあなたが真実なかたであって、真理に基いて神の道を教え、また、人に分け隔てをしないで、だれをもはばかられないことを知っています。それで、あなたはどう思われますか、答えてください。カイザルに税金を納めてよいでしょうか、いけないでしょうか』。イエスは彼らの悪意を知って言われた、『偽善者たちよ、なぜわたしをためそうとするのか。税に納める貨幣を見せなさい』。彼らはデナリ一つを持ってきた。そこでイエスは言われた、『これは、だれの肖像、だれの記号か』。彼らは『カイザルのです』と答えた。するとイエスは言われた、『カイザルのものはカイザルに、神のものは神に返しなさい』。彼らはこれを聞いて驚嘆し、イエスを残して立ち去った」。
これはキリスト教神学の中では、しばしば教会と国家の分離を教えたものだと解釈されて来ましたが。それは拡大解釈だと思います。イエス様が言われたのは「ローマ帝国に対する義務と、神殿に対する義務とはそれぞれ大切なものであるから、カイザル(ローマ皇帝)の肖像のついたデナリ貨幣はカイザルに納め、ユダヤのシケル貨幣は神殿に納めなさい」と言われただけです。反対派の言葉のわなにはかかりませんでした。

次に(マタイ17:24~27》をご覧下さい。
「彼らがカペナウムにきたとき、宮の納入金を集める人たちがペテロのところにきて言った、『あなたがたの先生は宮の納入金を納めないのか』。ペテロは『納めておられます』言った。そして彼が家にはいると、イエスから先に話しかけて言われた、『シモン、あなたはどう思うか。この世の王たちは税や貢をだれから取るのか。自分の子からか、それとも、他の人たちからか』。ペテロが『ほかの人たちからです』と答えると、イエスは言われた、『それでは、子は納めなくてもよいわけである。しかし、彼らをつまずかせないために、海に行って、釣り針をたれなさい。そして最初につれた魚をとって、その口をあけると、銀貨一枚が見つかるであろう。それをとり出して、わたしとあなたのために納めなさい』」。
 これは、本来イエス様は神の子であられるので十分の一献金を納める
義務はないが、人間となってこの世に来ているので、それが分からない人たちをつまずかせないために皆と同じように献金をするのだと言われたのです。しかし、そのとき所持金がなかったので、奇跡的手段で魚の口から銀貨を得て納めさせました。これは、イエス様が神の国の王であっても、人間としてこの世に在る間は、この世の国やこの世の神殿に税金を納める公の義務を果たすべきことを教えられたのです。

国家に対する義務
 この教えは使徒たちにも引き継がれています。
《ローマ13:1~7》で、使徒パウロは教えます。「全ての人は、上に立つ権威に従うべきである。なぜなら、神によらない権威はなく、おおよそ存在している権威は、すべて神によってたてられたものだからである。したがって、権威に逆らう者は、神の定めに背く者である。~中略~あなたがたが貢を納めるのも、同じ理由からである。彼らは神に仕える者として、もっぱらこの務めに携わっているのである。あなたがたは、彼ら全てに対して、義務を果たしなさい。すなわち、貢を納むべき者には貢を納め、税を納むべき者には税を納め、恐るべき者は恐れ、敬うべき者は敬いなさい」。

また、《Ⅰペテロ2:13~17》で使徒ペテロは教えます。「あなたがたは、すべて人の立てた制度に、主のゆえに従いなさい。主権者としての王であろうと、あるいは、悪を行う者を罰し善を行う者を賞するために、王からつかわされた長官であろうと、これに従いなさい。善を行うことによって、愚かな人々の無知な発言を封じるのは、神の御旨なのである。自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず、神の僕にふさわしく行動しなさい。すべての人をうやまい、兄弟たちを愛し、神をおそれ、王を尊びなさい」。
ここで、「主のゆえに」というのは、「主イエス様が従われたように」という意味です。また、ここで「敬いなさい」と言われている王は、ヘロデ王やネロ皇帝のようなキリスト迫害者たちもふくめて言われているのです。驚くべき教えではないでしょうか。

公義立国
ですからわたしたちは、「この世の国には公義などはない」と考えてはいけないのです。神様は不完全な人間たちが、不完全な国を立てることを許しておられます。神様は天地創造の初めから、全ての人の良心に神に従う正義と公平を尊重する知恵を与えておられるからです。神様はすべての人を愛してそれぞれの生活の平和と幸福とを守るために、王や長官たちを立て、国家社会を秩序付けられます。だから、この世の上に立つ権威者を敬って、秩序ある社会生活・家庭生活を営むのが公の義務であります。教会やクリスチャンたちもこの世にある限り、この秩序に従うことが神様に対する義務であります。これが公義です。

ただし、そこには条件があります。この世の権威が神様に従うことを認めないときには、国家に従わないで神様に従う自由をわたしたちは持つのです。そのための刑罰や迫害は甘んじて受けるのです。なぜなら、「神の国」は「神のご支配」であって、そのご支配はこの世のすべての領域に及びます。それゆえ、国家は人々に信仰の自由を保障し、公義によって立てられるべきです。その意味で、今日の選挙で、神様の御心に叶う良い政治家が選ばれるように祈って、義務を果たそうではありませんか。
アーメン

次回予告  09.9.6  誠実とへつらい(箴言29:5)
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