経営コンサルタント・経営者として多くの企業の成長や経営改革等を実践・サポートしてきた 皆木和義ブログ

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「創業家に生まれて   定食・大戸屋をつくった男とその家族」(三森 智仁 著、日経BP社)を読んで

2017-06-18 17:27:03 | 日記
とても思いのこもった内容の濃い、父上の三森久実氏のことを見事に表された本だと思いました。
大戸屋グループ創業者の三森久実大戸屋HD前会長もご子息にこんなに素晴らしい本を書いてもらって、きっと心から喜んでいるのでは
ないかと思いました。
三森久実さんとは四半世紀以上にわたって仲の良い兄弟のように肝胆相照らすようなお付き合いをさせて頂き、心から感謝しております。

亡くなられて早や今年は3回忌。
「去る者は日日に疎し」のたとえのごとく、三森さんの創業精神や志、大戸屋を世界に飛躍する外食企業に発展させられた功績や日本の
外食業界に残された偉大な功績が少しづつ風化されてしまうのを残念に思っていました。
そんな節目の年に、ご子息がこのような素晴らしい本を出されました。
ご子息が書かれただけに三森さんの創業精神や志の深い理解、亡き父への尊敬と愛情が溢れんばかりに伝わってくる内容です。

三森久実さんは、和食、定食を通じて日本文化の素晴らしさを世界に伝えていかれました。
チャレンジ精神と開拓者精神で世界への先鞭をつけられ、ある意味、社会を変革されたと言っていいかもしれません。
当時、三森さんと私は日本の素晴らしい和食文化を世界に広めていこう、等々と語り合い、二人の夢と志は膨らみました。
「定食屋が世界へなんて…」と揶揄されたこともあったかもしれませんでしたが、彼はまったくぶれませんでした。
その彼の高く大きい志がひしひしと、また、心の琴線に訴えかけてくるように本書から伝わってきます。
まさに「志伝・三森久実」というに相応しい内容の本です。

三森さんは多くの俊秀を輩出した松下村塾を開き、明治維新の理論的指導者、原動力となった吉田松陰の言葉が好きでした。
松下幸之助翁がつくられた松下政経塾が吉田松陰の松下村塾を範をしていたことも吉田松陰への強い思いのきっかけだったようです。
松陰の言葉の中では特に「志を立てて以って万事の源となす」という言葉に心をひかれ、自分の信条にされていました。
吉田松陰の愛弟子の高杉晋作の「志高氣自高働」(志高ければ氣自ずから働く)という言葉も松陰の言葉と合わせて大切にされて
いました。
その意味でも、三森さんは、いわば志に生き志に殉じた、志を全うした、志の人そのものでした。



出版社の日経BP社のHPは、こちらです。 



次の写真はパナソニック創業者の松下幸之助翁のご自宅だった「光雲荘」に三森久実さんと一緒に訪問した際に門の前で撮った写真です。
(向かって左が三森さん)


三森さんとは共に日夜経営を研鑽し、松下幸之助翁の経営を学び、侃々諤々、切磋琢磨しました。
幸之助翁が影響を受けられた東洋の哲人といわれた中村天風さんの「絶対積極」「積極一貫」の考え方もともに学び研鑽しました。
この写真は長年親しくして頂いていた松下幸之助翁の側近で、松下家の執事を20数年務められた高橋誠之助さんに私のカメラで撮って
もらった写真です。
三森さんも小生も高橋さんには本当にお世話になりました。

三森さんとは光雲荘や松下幸之助翁の生家やお墓、思索を深められ松下真々庵(現在はパナソニックの迎賓館となっていて一日二客しか
お客様を迎えられない南禅寺そばの静寂で凛とした和の粋を集められたところです)、高野山の菩提寺の西禅院、奈良にあった当時の
松下資料館、霊山歴史館、等々ゆかりの地にもお伺いさせて頂き、松下幸之助翁の心や志に触れさせて頂きました。

三森さんとは二度真々庵にお伺いしました。
一度行ってからしばらくしてからどうしてももう一度連れて行ってほしいと三森さんが言うので、パナソニックさんにご依頼して二度の
訪問になったのですが、三森さんは地下の人間国宝の方々の作品を食い入るように見つめられていて、何かを深く感得されたようでした。
さらに後日談ついて、私はその後三度目の訪問することになり、それは現在の大戸屋の窪田社長とこの本の著者のご子息の智仁さんに
真々庵を見てほしいので、連れていってほしいということであった。
真々庵、特に地下にある人間国宝の方々のものづくりの心や日本の文化をしっかりと理解し、大戸屋の経営に反映していってほしいという
願いでした。


余談になるかもしれませんが、高橋誠之助さんはのちに「神様の女房」(ダイヤモンド社)を書かれてベストセラーとなり、NHKスペシャル
ドラマ「神様の女房」の原作者にもなられました。
高橋さんとは長いご縁を頂き、私が日経ベンチャー(現在の日経トップリーダー)に「楽土の商人 伝記・松下幸之助」を連載したときにも、
様々な資料をご提供いただき、また、数々のアドバイスを頂きました。
今も感謝するばかりです。
高橋さんは大変な温厚な人格者で、松下幸之助翁や奥様(むめの夫人)が信頼されるわけだと存じました。

ベストセラーになった「神様の女房」ですが、実は出版されるまでには少し紆余曲折がありました。
高橋さんがある雑誌に「もう一人の創業者 松下むめの」というタイトルで連載されていたのですが、連載が終了し、単行本にしたいと
いうことで、いくつもの出版社をあたられたのですが、「松下幸之助翁本人の話ならいいが、奥さんの話では売れない…」というような
ことを言われて、みんな断られてしまったとのことでした。

高橋さんが一念発起されて書かれていたのですが、受けてくれる出版社がなく、何とか単行本にできないかということで、私にご連絡を
頂き、「奥さんの本をどうしても残しておきたい」という熱い思いを語られ、原稿のコピーを送ってもらいました。
原稿が到着するやすぐに拝読すると、高橋さんの誠実なお人柄がにじみ出るようなノンフィクションでした。
高橋さんに一任され、お世話になった高橋さんへのご恩返しでもあるので、何とか良い形で出版をしたいと思いました。

高橋さんが喜んでくださるような出版社はどこがいいだろうかと考えました。
色々考えた結果、経済や経営関係の単行本に強いダイヤモンド社のT編集長に相談することにしました。
そう結論が出て、すぐさま友人のT編集長に電話し、その日の午後に出版社を訪れて相談しました。
T編集長は原稿を一読するや「うちで受けさせて頂きます。小説化して出版したいと思います」との即決の返事であった。
さすがT編集長だった。見る目があるとあらためて感心しました。
ただし、小説化するにはインタビューなど少し取材をさせていただきたい、とのことであったが、私も即座にお願いしますとご依頼した。
T編集長は当時「もしドラ」を大ヒットさせたりして、ヒットメカーとして業界では著名な人物だったが、その人となりはいつ会っても、
気配りと配慮のある思慮深い人柄だった。
高橋さんの携帯にその旨を電話すると、大変喜んでいただき、本が出版された時にはさらに喜んでいただき、はずんだ声でお電話を頂いた
のが昨日のように思い出されます。
余談が少し長くなりましたが、三森さんも私も高橋さんには本当に感謝しているのでここで書かさせて頂きました。

さて、大戸屋グループ、「ごはん処 大戸屋」の創業者、三森久実さんのことです。
三森さんの父上(養父)が個人店の大戸屋食堂を創設され、そして、養父の急逝を受けて事業承継されて㈱大戸屋(大戸屋ホールディン
グス)を三森さんが創業、企業化され、「ごはん処 大戸屋」、現在の大戸屋のビジネスモデルを構築して、世界に飛躍する外食企業へと
成長させられました。
大戸屋食堂というのは、私も学生時代などに何度も行きましたが、安くてボリュームがあって、おなか一杯になって、食欲旺盛な男子学生
には味や質や雰囲気よりも量と安さで有り難いお店でした。 

三森さんは、養父が創設された従来型の安くて量のある男性中心の定食屋から女性が一人でも安心して入りやすい健康的で衛生的な新しい
定食屋へと大変革、従来の定食屋のイメージを一新されました。
現在展開している「ごはん処 大戸屋」です。
その心はやさしいお母さんの愛情いっぱいの心のこもった手作りの家庭食でした。
それゆえ、お母さんが家族の健康を守るようにお客様の健康を守る、お客様の健康にご奉仕するということが何より大切な大戸屋の価値観
、経営理念に自ずからなってゆきました。
三森さんとこの新しい定食屋のビジネスモデル構築やあるべき経営理念等々について熱い議論を数限りなく繰り返したのが今も懐かしく
思い出されます。
お客様の健康を守る定食とは?、健体康心、時代の流れ・時代の要求とは?、新しいビジネスモデルとは?、日本の文化を前提とする日本の
家庭食の代行業(としての大戸屋の追求)、安心・安全な美味しい和食をリーズナブルな価格でご提供する、定食(外食)における真善美とは?、
経営理念に始まり経営理念に終わる(経営理念に徹底的にこだわる)、大戸屋のおもてなしの心とは?(ホスピタリティ)、凡事徹底(誰でもが
できることを誰もできないぐらいのハイレベルで徹底する)、細部に神様は宿る(細部をつめる、そして細部の改善を絶え間なく実行し続ける、
磨き続ける)、大戸屋らしさ、差別化(競争優位性)は?、株式上場、直営店とFC展開のあり方と世界展開、「一即全 全即一」等々のキーワード
や方針・方向性、経営理念や戦略・戦術の深掘りが、当時、三森さんとの議論の中で毎回のように行なわれ、それらが一体となって段々と結実
してゆきました。
また、あらゆるところから学び、新しい大戸屋に活かすべく考え議論しました。詩人の相田みつをさんからも二人は深く学びました。
相田みつをさんと出会い、お話をお伺いし、そのお言葉や字の醸し出す力・魅力等に二人は深い感銘を受け、その感動は大戸屋の心を表す
いわゆる「健康額」となって結実し、今もお店に掲げられています。
ちなみに、「健体康心」というのは、健康の語源といわれ、出典は易経といわれていますが、中村天風さんからも学びました。

新しい定食屋は画期的なビジネスモデルだったので、二人でまさに無から有を生む、無から有をつくる熱き思いと議論の日々でした。
そしてそれは吉祥寺店の改装からスタートしましたが、1992年当時とすると、画期的な、圧倒的に差別化された新しい定食店でした。
時代の変化とニーズをとらえた今までにない新しいタイプの飲食店であり、従来の定食屋の概念を超越していました。
三森さんはこの新しい大戸屋に求道者のごとく渾身の思いを込め続けられました。
お料理や安心安全な素材、味、お店作りや接客は勿論、お皿、盛り付け方、見た目、ネーミング等々、細部の隅々に至るまで一つ一つに
こだわり、お客様への自分の思い、お客様を心から大切にする思い、真心を込め続けられました。

三森さんとともに目指し続けた新しい大戸屋の完成と創業理念・志の実現。そして、日本の大戸屋から世界の大戸屋へ。
三森さんは身を削るようにして亡くなるまで大戸屋の完成と志の実現を目指して全身全霊をもって努力し続けられました。
そういうなかで、本書を読んで頂ければおわかりになっていただけるかと存じますが、三森さんの奥様は陰の創業者、高橋誠之助さん流
にいえば、もう一人の創業者と言っても過言ではないでしょう。
三森さんの志の実現を陰で支え、内助の功を尽くされました。
そのような方を会社としての大戸屋は現在どれだけ大事にされているのでしょうか?
奥様は会社の役員でも何でもありませんが、どれだけ創業者や創業家、会社発展の恩人やお世話になった方々を大切にするかどうかは
会社の品格やイメージ、ブランドにかかわってくる部分が多々あるのではないでしょうか。

松下幸之助翁は自分が丁稚として入った自転車店の店主で恩人の五代さんご夫妻のお位牌をご自宅の光雲荘のご仏壇にまつり、常に感謝の
祈りを捧げられていたとお伺いしました。
そのことをお聞きし、私もご仏壇におまいりをさせて頂きながら、幸之助翁の深い心と思いを感じました。
さらに、恩人の五代家の方々を生涯大切にされ、その感謝心の深さが当時の松下電器(現パナソニック)を世界的に発展させ、「経営の神様」
とまでに称される源泉、原動力になったのではないかとも思いました。
その一つの証左ともいえるでしょう、幸之助翁はパナソニックの「七精神」でも特に感謝の心を大切にされています。

ところで、今の大戸屋はどうなのでしょうか?
創業者の三森久実さんの志や経営理念、創業精神は大戸屋の本社・お店の隅々まで行き届いて浸透しているのでしょうか?
どれだけ創業者の三森久実さんのことを大切に考え、感謝の心をもって顕彰されているのでしょうか?
大戸屋のお店に食事に行った際に、三森さんが愛し目指した大戸屋とどこか微妙に違う、劣化しているのを感じるのは私だけでしょうか。
極論すれば、いわば似て非なるもの、大戸屋であって大戸屋ではない。
看板や外観・うわべ等は大戸屋なのですが、中身や実質は本来のあるべき真の大戸屋ではなく、どこにでもあるごく普通の一般的な飲食店になって
しまったような感じがしてなりません。「形は真似できても心までは真似できない」という言葉がありますが、まさにそのようです。
それでも、たとえ名前や形だけであっても、三森さんが無から、ゼロから一つ一つ作り上げ構築した大戸屋の優れたビジネスモデルや全体の仕組み、
大戸屋ブランド等の競争優位性によって、また三森さんが作り上げたそれらのインフラの貯金の恩恵によって、ただうわべを取り繕うだけでも、会社
としての㈱大戸屋ホールディングスは、それほど努力をしなくても、経営的には4~5%前後の経常利益、経営数字は、今後20年ぐらいは出し続ける
でしょうが、しかし、それで真の大戸屋の仕事、大戸屋の存在意義といえるのでしょうか?

今、大戸屋はお客様にどれだけ満足し喜んでいただけているのでしょうか?
現在のようなこんなレベルの大戸屋で本当に良いのでしょうか? 
高みを目指し心を込め続けた三森さんはきっと悲しむことでしょう。

三森さんの創業精神や行なってきたすべての事績を大切に顕彰しながら、何をしようと志していたか等を学び考えることは、現在やこれからの時代
の流れ、競争環境の変化や時代の変化を的確にとらえて大戸屋が永続的に発展・成長し続ける大きなヒントを与えてくれることでしょう。
三森久実前会長の創業の志や経営理念を隅々まで体現する、お母さんの愛情とおもてなしの心に満ち溢れた真の大戸屋に戻ってほしい、そういう
大戸屋で常にあり続けてほしい、そのようにしてお客様に心から喜んで頂いて大戸屋が発展してほしいと願っているのは私だけでしょうか。


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「道」。
松下幸之助翁の書かれた「道」という文字とそのお言葉について三森さんとよく話をしました。
「道をひらく」や「実践経営哲学」などのご著書を二人は繰り返しむさぼるように読みました。
そして、それぞれの志の実現、それぞれの道を目指して、二人は歩みました。
松下幸之助翁の教えを胸に。




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