
もう少しあの感動にひたっていたいという感じで、「大地の芸術祭」関連の記事です。ハイビジョンふるさと発「復興は大地から始まる〜芸術祭に挑んだ夏・新潟中越〜」が総合テレビで再放送されたのを見ました。
ぶっちゃけ、もう涙・涙・・・ でした。
同じNHK制作の「新・日曜美術館」は、あくまでも「芸術作品」に視座を据えた番組でした。それに対比すれば、この番組は「ひと」に視座を置いた番組なのですが、やはりそこには、感動のヒューマンドラマがあるわけであり、ある意味、物質としての作品以上にかけがえのない様々なものが見えてくるわけです。
この番組についてのわかりやすい紹介が、大地の芸術祭公式メルマガの中にありましたので、そこから引用させていただきます。
(以下引用)
6月から3ヶ月の長期にわたる取材をもとに、地元の人達の目線から見た「大地の芸術祭」が紹介されています。
テーマは中越地震からの「復興」。2006年新規作品が集中する願入地区は、一昨年の中越地震で大きな被害を受けた地域でもあります。この番組では大地に根ざしたアートをきっかけに、地震からの「復興」へと歩み出す願入の一夏を追っています。
「大地の芸術祭」のテーマのひとつである「協働」を感じてみてください。
(引用ここまで)
この芸術祭が、「地元の人にとってはどうだったのだろう?」というのは、ぼくがこの芸術祭を回りながら感じていたことでもあり、これまでの記事の中でもそれについて少しは触れてきました。この芸術祭が、単に芸術作品を展示するというだけではなくて、「地域そのものの表現」でもあり、地域振興のための企画でもあることも考えると、「地元の人の目線」を知るということが、とても大事なことに思えました。
そして、地元の人たちとアーティストとの「コラボレーション」としての作品が多かったことを思うと、そこでの交流はどういうものだったのだろうかということに興味をひかれます。この番組は、「地元の人の目線」から、その「コラボレーション」「協働」という部分に注目して取材したものでした。
ここで紹介されていたのは、十日町市北部にある願入地区でした。今年の芸術祭での象徴的企画、「空家再生プロジェクト」での代表作品である「うぶすなの家」についてと、同じ地区にある「胞衣 みしゃぐち」という作品の背景をまとめていました。
ここで見えてくるのは、2年前の「中越地震」被災です。というか、タイトルが「復興は大地からはじまる」ですので、「大震災」からどう立ち上がるかというテーマが見えるのは当然なんですが。
しかし、これは、芸術作品を見ているだけではおそらくわからないことであって、こうした番組によって説明されることによって、はじめてその作品の背景が理解されるわけです。そして、それが大震災とも深く結びついたものだということも。
地震によって、それまでの人生を送ってきた願入地区から離れざるをえなくなった「うぶすなの家」の持ち主の目線から、その再生の様子がとらえられていました。被災して住めなくなってしまった家が、こういってはなんですが、元の姿以上に美しく生まれ変わり、多くの人を惹きつける家になったわけです。
その賑わいは、たしかに復興を象徴する姿でもあるようなのですが、「うぶすなの家」元住人のご夫妻が、自分たちが暮らしていた家にたくさんの人が訪れている様子を見ているうしろ姿に、ぼくは何か「疎外感」のようなものを感じたのは事実です。ほんとうは、そうして美しくよみがえった歴史ある家で、もう一度暮らしたいのじゃないだろうかと思ったのです。実際の所有権とかがどうなっているのかはわかりませんが、地震がなければ、ここでの静かな時間が続いていたとも言えるわけで、「復興」による賑わい、つまり「観光地化」というものが含む問題点も、若干感じました。

(多くの人が集う我が家を見つめるウシマツさん夫婦。聞こえてくるにぎやかな声。被災してから初めて、復興を実感した。)
この番組が、より深く探っていたのは、古郡弘氏の作品「胞衣 みしゃぐち」の制作過程でした。願入地区で、アーティストと地域住民との橋渡し役をかってでたマキジさん(70歳)の目を通して、地域にとってこの芸術祭がどういうものだったのかを描いていました。
古郡さんが、願入地区を選んで作品を作る際に、「地元の人の多くの手が加わることが、アートの原型」という思いをもっていたわけで、マキジさんを通して地区の人たちへの協力を依頼するわけですが、これがなかなか期待したような反応にならなかったのです。
震災を乗り越えて、ボランティア精神はあるけれども、芸術作品へのボランティアは異質なものであるととらえられたようです。震災からの復旧で、それぞれの生活そのものがまだ大変な状況なのに、暮らしそのものには関係ないと思える、つまり「遊び」のようなアート作成にボランティアで加わるということは、最初から良い印象を持たれるものではないと思います。
その間に立ったマキジさんは、とても複雑な気持ちだったと思うし、投げ出したい気分にもなったと思うのですが、震災で集落全部で避難した時の経験とそこでの勇気を胸にして、思いを伝えていくわけでした。
開会時期が間近に迫っても、作品完成の目途はたっていませんでした。古郡さんにも地元の人にも、ある種のあせりと苛立ちが生まれ始めていたようです。
古郡さんが、地区からのボランティア参加をマキジさんに再度要請している場面で、マキジさんが、「・・・気持ちを見せてもらえないと、無理が利かない」と言ったことから、古郡さんは「作品への思いが、地域の人々に届いていない」ということに気づくわけです。
そこで古郡さんは、地元の子供たちがこの芸術祭への参加作品として制作する似顔絵づくりへの協力を申し出るのでした。そこでの交流が、それまでアーティストと地区住民との間にあった溝を埋めることにもなったようです。ちなみに、その似顔絵、願入の冬季分校の中に展示されていたのを思い出しました。なるほど、そういう背景があったんだ。
結果的に、芸術祭が始まっても完成していなかった作品が、マキジさんの熱意に動かされ、葛藤を乗り越えて多くの地区住民の手を借りることで、芸術祭の開幕から12日目にようやく完成したわけなのです。
そこで観光客に解説するマキジさんの姿は、本当にうれしそうだし、誇りを感じているようでした。「喜びも苦しみも半分」という言葉は、正直な気持ちだと思います。でも、この番組見てからあの願入に行ってあの作品見ていたら、また別の感動があったんだろうなあと思う。作品みているだけでは、こういう人間模様までは、絶対に見えてこないと思う。ここの作品の中にいて、その一つ一つの痕跡から、そこまで感じられる人がいるとしたら、スゴイと思うけど。


(作品の屋根は、被災した住宅の廃材を使っている。これらも、地区の人たちがクギを打って固定していたようだ。)

(大地の芸術祭の会期中に開かれた地区伝統の盆踊り。いつも以上のにぎやかさ。マキジさんが、芸術祭の成功と復興への手ごたえを感じていた。)

(「胞衣」の真ん中には、地区の山林からマキジさんが選んできた「ミズキ」が植えられている。毎朝、マキジさんが水をくれにやってくる。大地に根付き育つ若木。この木に、復興を誓う。)
ここまで、叙情的に感想をまとめてきたのですけど、以下はひどく冷静に考えた感想。
「胞衣 みしゃぐち」は、基本的には土を掘って作っているわけで、コンクリートを混ぜながら固めたとはいえ、耐久性はどうなんだろうというのが、かなり心配。厳しい気象条件に対して、崩壊の危険と隣り合わせにあるというのが、あの作品を思い出して感じる正直な感想だ。植樹したミズキがある作品中央の中庭に対して、それを包むように勾配のゆるい屋根があるわけだが、これらは、豪雪の重さを支えきれるのだろうかというのは、建築に素人であっても考えることじゃないかと思う。そうしてみると、この中央にある若木に「復興を誓う」というのは、現実問題としてちょっと酷な話かなと思う。それが、マキジさん自身の言葉として語られているなら、その意気込みとして理解もできるけど、テレビ番組のまとめ方としての言葉だとすれば、もしかするとマキジさんの本意とはズレているかもしれないと思った。
あの場所を、これからも長く維持していくのは、おそらくかなり大変なことじゃないかと思う。でも、こうしてテレビで紹介されたからには、芸術祭の期間じゃなくても、かなりの人が見に行くのじゃないかと思う。
その状況に対して、マキジさんをはじめとする願入の地区の人たちは、どんな答えを出してくるのだろうか。この番組の中では全く触れられなかったが、ここに隠れていて重要な役目を果たしているのは、「行政」である。区長としてのマキジさんは、ある意味行政組織の末端であり地区の代表者なわけで、アーティストとのパイプとしては、行政の担当者が存在しているはずなのだ。実際、この番組の中ではその姿が見えているけれども。
「協働」は、アーティストと地区住民の間にだけあるものではなく、そこに「行政」が深く関わっているということも、この芸術祭の特徴だと思う。もちろん、行政はあくまで裏方としての役目を通すべきなのかもしれないが、「うぶすなの家」や「胞衣 みしゃぐち」といった作品を手にした願入地区の未来にとって、行政担当者の役目も、かなり重いものであるのは事実だと思う。
ぶっちゃけ、もう涙・涙・・・ でした。
同じNHK制作の「新・日曜美術館」は、あくまでも「芸術作品」に視座を据えた番組でした。それに対比すれば、この番組は「ひと」に視座を置いた番組なのですが、やはりそこには、感動のヒューマンドラマがあるわけであり、ある意味、物質としての作品以上にかけがえのない様々なものが見えてくるわけです。
この番組についてのわかりやすい紹介が、大地の芸術祭公式メルマガの中にありましたので、そこから引用させていただきます。
(以下引用)
6月から3ヶ月の長期にわたる取材をもとに、地元の人達の目線から見た「大地の芸術祭」が紹介されています。
テーマは中越地震からの「復興」。2006年新規作品が集中する願入地区は、一昨年の中越地震で大きな被害を受けた地域でもあります。この番組では大地に根ざしたアートをきっかけに、地震からの「復興」へと歩み出す願入の一夏を追っています。
「大地の芸術祭」のテーマのひとつである「協働」を感じてみてください。
(引用ここまで)
この芸術祭が、「地元の人にとってはどうだったのだろう?」というのは、ぼくがこの芸術祭を回りながら感じていたことでもあり、これまでの記事の中でもそれについて少しは触れてきました。この芸術祭が、単に芸術作品を展示するというだけではなくて、「地域そのものの表現」でもあり、地域振興のための企画でもあることも考えると、「地元の人の目線」を知るということが、とても大事なことに思えました。
そして、地元の人たちとアーティストとの「コラボレーション」としての作品が多かったことを思うと、そこでの交流はどういうものだったのだろうかということに興味をひかれます。この番組は、「地元の人の目線」から、その「コラボレーション」「協働」という部分に注目して取材したものでした。
ここで紹介されていたのは、十日町市北部にある願入地区でした。今年の芸術祭での象徴的企画、「空家再生プロジェクト」での代表作品である「うぶすなの家」についてと、同じ地区にある「胞衣 みしゃぐち」という作品の背景をまとめていました。
ここで見えてくるのは、2年前の「中越地震」被災です。というか、タイトルが「復興は大地からはじまる」ですので、「大震災」からどう立ち上がるかというテーマが見えるのは当然なんですが。
しかし、これは、芸術作品を見ているだけではおそらくわからないことであって、こうした番組によって説明されることによって、はじめてその作品の背景が理解されるわけです。そして、それが大震災とも深く結びついたものだということも。
地震によって、それまでの人生を送ってきた願入地区から離れざるをえなくなった「うぶすなの家」の持ち主の目線から、その再生の様子がとらえられていました。被災して住めなくなってしまった家が、こういってはなんですが、元の姿以上に美しく生まれ変わり、多くの人を惹きつける家になったわけです。
その賑わいは、たしかに復興を象徴する姿でもあるようなのですが、「うぶすなの家」元住人のご夫妻が、自分たちが暮らしていた家にたくさんの人が訪れている様子を見ているうしろ姿に、ぼくは何か「疎外感」のようなものを感じたのは事実です。ほんとうは、そうして美しくよみがえった歴史ある家で、もう一度暮らしたいのじゃないだろうかと思ったのです。実際の所有権とかがどうなっているのかはわかりませんが、地震がなければ、ここでの静かな時間が続いていたとも言えるわけで、「復興」による賑わい、つまり「観光地化」というものが含む問題点も、若干感じました。

(多くの人が集う我が家を見つめるウシマツさん夫婦。聞こえてくるにぎやかな声。被災してから初めて、復興を実感した。)
この番組が、より深く探っていたのは、古郡弘氏の作品「胞衣 みしゃぐち」の制作過程でした。願入地区で、アーティストと地域住民との橋渡し役をかってでたマキジさん(70歳)の目を通して、地域にとってこの芸術祭がどういうものだったのかを描いていました。
古郡さんが、願入地区を選んで作品を作る際に、「地元の人の多くの手が加わることが、アートの原型」という思いをもっていたわけで、マキジさんを通して地区の人たちへの協力を依頼するわけですが、これがなかなか期待したような反応にならなかったのです。
震災を乗り越えて、ボランティア精神はあるけれども、芸術作品へのボランティアは異質なものであるととらえられたようです。震災からの復旧で、それぞれの生活そのものがまだ大変な状況なのに、暮らしそのものには関係ないと思える、つまり「遊び」のようなアート作成にボランティアで加わるということは、最初から良い印象を持たれるものではないと思います。
その間に立ったマキジさんは、とても複雑な気持ちだったと思うし、投げ出したい気分にもなったと思うのですが、震災で集落全部で避難した時の経験とそこでの勇気を胸にして、思いを伝えていくわけでした。
開会時期が間近に迫っても、作品完成の目途はたっていませんでした。古郡さんにも地元の人にも、ある種のあせりと苛立ちが生まれ始めていたようです。
古郡さんが、地区からのボランティア参加をマキジさんに再度要請している場面で、マキジさんが、「・・・気持ちを見せてもらえないと、無理が利かない」と言ったことから、古郡さんは「作品への思いが、地域の人々に届いていない」ということに気づくわけです。
そこで古郡さんは、地元の子供たちがこの芸術祭への参加作品として制作する似顔絵づくりへの協力を申し出るのでした。そこでの交流が、それまでアーティストと地区住民との間にあった溝を埋めることにもなったようです。ちなみに、その似顔絵、願入の冬季分校の中に展示されていたのを思い出しました。なるほど、そういう背景があったんだ。
結果的に、芸術祭が始まっても完成していなかった作品が、マキジさんの熱意に動かされ、葛藤を乗り越えて多くの地区住民の手を借りることで、芸術祭の開幕から12日目にようやく完成したわけなのです。
そこで観光客に解説するマキジさんの姿は、本当にうれしそうだし、誇りを感じているようでした。「喜びも苦しみも半分」という言葉は、正直な気持ちだと思います。でも、この番組見てからあの願入に行ってあの作品見ていたら、また別の感動があったんだろうなあと思う。作品みているだけでは、こういう人間模様までは、絶対に見えてこないと思う。ここの作品の中にいて、その一つ一つの痕跡から、そこまで感じられる人がいるとしたら、スゴイと思うけど。


(作品の屋根は、被災した住宅の廃材を使っている。これらも、地区の人たちがクギを打って固定していたようだ。)

(大地の芸術祭の会期中に開かれた地区伝統の盆踊り。いつも以上のにぎやかさ。マキジさんが、芸術祭の成功と復興への手ごたえを感じていた。)

(「胞衣」の真ん中には、地区の山林からマキジさんが選んできた「ミズキ」が植えられている。毎朝、マキジさんが水をくれにやってくる。大地に根付き育つ若木。この木に、復興を誓う。)
ここまで、叙情的に感想をまとめてきたのですけど、以下はひどく冷静に考えた感想。
「胞衣 みしゃぐち」は、基本的には土を掘って作っているわけで、コンクリートを混ぜながら固めたとはいえ、耐久性はどうなんだろうというのが、かなり心配。厳しい気象条件に対して、崩壊の危険と隣り合わせにあるというのが、あの作品を思い出して感じる正直な感想だ。植樹したミズキがある作品中央の中庭に対して、それを包むように勾配のゆるい屋根があるわけだが、これらは、豪雪の重さを支えきれるのだろうかというのは、建築に素人であっても考えることじゃないかと思う。そうしてみると、この中央にある若木に「復興を誓う」というのは、現実問題としてちょっと酷な話かなと思う。それが、マキジさん自身の言葉として語られているなら、その意気込みとして理解もできるけど、テレビ番組のまとめ方としての言葉だとすれば、もしかするとマキジさんの本意とはズレているかもしれないと思った。
あの場所を、これからも長く維持していくのは、おそらくかなり大変なことじゃないかと思う。でも、こうしてテレビで紹介されたからには、芸術祭の期間じゃなくても、かなりの人が見に行くのじゃないかと思う。
その状況に対して、マキジさんをはじめとする願入の地区の人たちは、どんな答えを出してくるのだろうか。この番組の中では全く触れられなかったが、ここに隠れていて重要な役目を果たしているのは、「行政」である。区長としてのマキジさんは、ある意味行政組織の末端であり地区の代表者なわけで、アーティストとのパイプとしては、行政の担当者が存在しているはずなのだ。実際、この番組の中ではその姿が見えているけれども。
「協働」は、アーティストと地区住民の間にだけあるものではなく、そこに「行政」が深く関わっているということも、この芸術祭の特徴だと思う。もちろん、行政はあくまで裏方としての役目を通すべきなのかもしれないが、「うぶすなの家」や「胞衣 みしゃぐち」といった作品を手にした願入地区の未来にとって、行政担当者の役目も、かなり重いものであるのは事実だと思う。













できれば、元気で生きていたいけどね。
でも、共感するところもあるよ。家族連れでもおすすめ、とじんさん書いてたけど、3年後の家族の有りようは、今とはだいぶん違うはず。この変化は年々加速度がついていきそうです。
多分、あと50年くらい生きそうな気がする…まわりは、迷惑だろうなぁ〜(爆)
時間的余裕は、結構あるんだけど、金銭的余裕が全くと言っていいほど無い!!(なかなかセレブには、なれないねぇ)
しみじみ、、、^^;)
NHKのHPで探しても再放送予定を見つけられませんでした。再放送してほしいです。\"(>__
個人的には、再放送あるんじゃないかと思ってます。ただし、深夜帯になる可能性も大きいかな。