
忘れないうちにアップしておきます。
全体を読み通しているわけでもなく、所々の拾い読みですので、そういう状態で目に付いたところしか紹介できませんということを、まず最初に書いておきます。
「手を動かせば宝になる」
特集の最初に掲載されている対談のタイトルです。
多少でも「手仕事」といったものがわかる方であれば、この言葉の意味するところはすぐに実感していただけるかと思います。この対談に登場する女性は、昭和村の「織姫」として移住されている方です。なんと、イギリスの大学院で美術史を学んだような方なわけです。そういった経歴は、昭和村にやってくる移住者の中では、もはや珍しいものではなくなっているのかもしれませんが、少なくとも20年前あたりよりも、職業というものにたいする価値観が変わっている若い人が増えているような気がします。
この中に、「聞き書き」の手法についての大事な話があったように思います。
「私たち『会津学』でやっていることは、語り言葉で伝えてきたことを引き受けるということをまず第一にやるんですが、たとえば蓑の話しを聞きにいったとします。はじめの十分くらいはその話なんですが、後は自分の語りたいことを語るんです。それを大切に受け止めます。今、その人の気持ちの中心にあるものが出てくるまで。そのほうがその話者の主張なんです。調査する、ことと聞き書きは大きな違いがあると感じます。」
つまり、質問に対する答えだけを求めるのではなくて、あるテーマを中心としながら、それにまつわる話し手の様々な思いを広く受け止めることによって、つまり「聞き手」として話し手の気持ちを尊重することによって、やっと見えてくる記憶があるということかと思います。
「ツバメ祝い」
順不同ですみませんが、次が「茶飲み談義 ツバメ祝い」という聞き書きについてです。これは、金山町出身で他所に嫁いだ女性が里帰りしたときの出来事をまとめたものですが、「たまたま出くわした一コマ」を、こんな風にまとめるのか、ということで、参考になる点が多いかなと思いました。
「ここに載せたお話は、この方々にとっては本当に日々の話題の一つにすぎない。でもこうした世界はこれからも存在するのだろうか? こうした話題に一喜一憂して過ごすシーンはこれからもあり得るのだろうか? そう思うと、何だかこのお話を伺いながら、この空間にいる時間がとてもいとおしく、まるでカメラのシャッターをきるようにささやかな断片だけでも写し取りたい衝動に駆られてしまった。これは本当に一瞬、でもまぎれもなく飾ることのない日常の一瞬である。」
「百姓の味方」としてのツバメがそれぞれのお宅に巣作りして育つ様子を、お茶飲み話の中で展開している様子をまとめたのがこの「聞き書き」なのですが、なるほど、この話は記録としての価値があると、ぼくも思いました。何気ない日常の中で、こういった話の持つ地域的な意味というか、人と自然のつながりを感じさせる意味というものに、どれだけ気づけるかというところが、こうして記録として残せるかどうかの境目になるのでしょうか。
「ツバメ祝い」というのは、ツバメが来たときに「祝い」として干し餅(ツバメ餅ともいう)などを焼いて食べることのようです。これが、どのくらいの地域で行われているのか知りませんが、広く行われている風習というよりも、まさに「お茶のみ友達」レベルの話の中で、季節の変化を喜ぶ気持ちの表現として続いてきたものかもしれません。
ところが、これにまつわる談義を拝見すると、「ツバメと人」の関係が、思いも寄らぬ深さであることに気づかされるわけです。 詳細は本誌をごらんください。
聞き書きとしては、他にも「福一満虚空蔵尊、大草鞋奉納」を記録したもの。「助産婦」についてまとめたもの。「お不動さま直売所」についての記録などがあります。わりと、どこにでもありそうな対称を掘り起こしているという感じですが、「聞き書き」の手法が身についているからこそ、こうして活字としてまとめあげることができるのだと思います。単に、何かを録音して写真撮ったくらいでは、なかなかこのようなまとめ方はできないのではないかと思います。
特集以外でも、いろいろと注目すべき記事があります。
三島町に移り住んだヨソモノとしての若者の対談をまとめた「いまここトークライブ・・三島で何ができる!?」
「新しいものと古いもののあいだに立ち、それをつなげていきたい」
「地元もヨソモノも一緒になって新しいエネルギーを生み出して、「いまここってすごいゾ」と、パワー全開で「限界集落」なんていう言葉を死語と化すすごいエネルギーで、他所から人を引き寄せることを第三段階としたい。」
寄稿の中には「なだれ地形を棲処とするクマの伝統的マキ狩り猟について」という興味深い記録も。山形県の「金目マタギ」の春グマ猟に密着した貴重な資料です。
クマ好きとしては、非常に興味深い内容が多くて、ある意味「日本○森協会」が主張している「クマ絶滅論」とは正反対となる例証を提示しているものかと思います。山形県のツキノワグマ保護管理計画においては、「春熊猟」が「重要な文化的財産」であることから、「確実に継承」することの必要性を記しています。
このような詳細な記録を目にしますと、「クマを殺す」という一点だけをつまみ出して批判することにはやはり問題があると再認識する次第です。「殺す」までの過程において、いかにクマの生態を知り、どこにどれだけ棲んでいるかを知ることにかなりの労力と知恵を使うわけです。そういった「観察」や「知る」ということは、先人から受け継ぐクマとの共存のための重要な方法なのだということが、くっきりと浮かび上がりました。
このほかにも多数の論考・エッセイ・講演録がまとめられています。さすがにその全てをここでご紹介できるものではありません。これで1500円というのは、どうみても「儲からないでしょ」という価格ですので、少しでも関心のある方は購入されて興味を持った記事からでもお読みになることをオススメします。
それでさらに関心が沸いた方は、トップに上げた写真の中にある、これまでの4冊の中から読み続けるのが良いのではないでしょうか。
近くの書店で発見する確率は低いと思います。ネットで入手可能です。
奥会津書房
全体を読み通しているわけでもなく、所々の拾い読みですので、そういう状態で目に付いたところしか紹介できませんということを、まず最初に書いておきます。
「手を動かせば宝になる」
特集の最初に掲載されている対談のタイトルです。
多少でも「手仕事」といったものがわかる方であれば、この言葉の意味するところはすぐに実感していただけるかと思います。この対談に登場する女性は、昭和村の「織姫」として移住されている方です。なんと、イギリスの大学院で美術史を学んだような方なわけです。そういった経歴は、昭和村にやってくる移住者の中では、もはや珍しいものではなくなっているのかもしれませんが、少なくとも20年前あたりよりも、職業というものにたいする価値観が変わっている若い人が増えているような気がします。
この中に、「聞き書き」の手法についての大事な話があったように思います。
「私たち『会津学』でやっていることは、語り言葉で伝えてきたことを引き受けるということをまず第一にやるんですが、たとえば蓑の話しを聞きにいったとします。はじめの十分くらいはその話なんですが、後は自分の語りたいことを語るんです。それを大切に受け止めます。今、その人の気持ちの中心にあるものが出てくるまで。そのほうがその話者の主張なんです。調査する、ことと聞き書きは大きな違いがあると感じます。」
つまり、質問に対する答えだけを求めるのではなくて、あるテーマを中心としながら、それにまつわる話し手の様々な思いを広く受け止めることによって、つまり「聞き手」として話し手の気持ちを尊重することによって、やっと見えてくる記憶があるということかと思います。
「ツバメ祝い」
順不同ですみませんが、次が「茶飲み談義 ツバメ祝い」という聞き書きについてです。これは、金山町出身で他所に嫁いだ女性が里帰りしたときの出来事をまとめたものですが、「たまたま出くわした一コマ」を、こんな風にまとめるのか、ということで、参考になる点が多いかなと思いました。
「ここに載せたお話は、この方々にとっては本当に日々の話題の一つにすぎない。でもこうした世界はこれからも存在するのだろうか? こうした話題に一喜一憂して過ごすシーンはこれからもあり得るのだろうか? そう思うと、何だかこのお話を伺いながら、この空間にいる時間がとてもいとおしく、まるでカメラのシャッターをきるようにささやかな断片だけでも写し取りたい衝動に駆られてしまった。これは本当に一瞬、でもまぎれもなく飾ることのない日常の一瞬である。」
「百姓の味方」としてのツバメがそれぞれのお宅に巣作りして育つ様子を、お茶飲み話の中で展開している様子をまとめたのがこの「聞き書き」なのですが、なるほど、この話は記録としての価値があると、ぼくも思いました。何気ない日常の中で、こういった話の持つ地域的な意味というか、人と自然のつながりを感じさせる意味というものに、どれだけ気づけるかというところが、こうして記録として残せるかどうかの境目になるのでしょうか。
「ツバメ祝い」というのは、ツバメが来たときに「祝い」として干し餅(ツバメ餅ともいう)などを焼いて食べることのようです。これが、どのくらいの地域で行われているのか知りませんが、広く行われている風習というよりも、まさに「お茶のみ友達」レベルの話の中で、季節の変化を喜ぶ気持ちの表現として続いてきたものかもしれません。
ところが、これにまつわる談義を拝見すると、「ツバメと人」の関係が、思いも寄らぬ深さであることに気づかされるわけです。 詳細は本誌をごらんください。
聞き書きとしては、他にも「福一満虚空蔵尊、大草鞋奉納」を記録したもの。「助産婦」についてまとめたもの。「お不動さま直売所」についての記録などがあります。わりと、どこにでもありそうな対称を掘り起こしているという感じですが、「聞き書き」の手法が身についているからこそ、こうして活字としてまとめあげることができるのだと思います。単に、何かを録音して写真撮ったくらいでは、なかなかこのようなまとめ方はできないのではないかと思います。
特集以外でも、いろいろと注目すべき記事があります。
三島町に移り住んだヨソモノとしての若者の対談をまとめた「いまここトークライブ・・三島で何ができる!?」
「新しいものと古いもののあいだに立ち、それをつなげていきたい」
「地元もヨソモノも一緒になって新しいエネルギーを生み出して、「いまここってすごいゾ」と、パワー全開で「限界集落」なんていう言葉を死語と化すすごいエネルギーで、他所から人を引き寄せることを第三段階としたい。」
寄稿の中には「なだれ地形を棲処とするクマの伝統的マキ狩り猟について」という興味深い記録も。山形県の「金目マタギ」の春グマ猟に密着した貴重な資料です。
クマ好きとしては、非常に興味深い内容が多くて、ある意味「日本○森協会」が主張している「クマ絶滅論」とは正反対となる例証を提示しているものかと思います。山形県のツキノワグマ保護管理計画においては、「春熊猟」が「重要な文化的財産」であることから、「確実に継承」することの必要性を記しています。
このような詳細な記録を目にしますと、「クマを殺す」という一点だけをつまみ出して批判することにはやはり問題があると再認識する次第です。「殺す」までの過程において、いかにクマの生態を知り、どこにどれだけ棲んでいるかを知ることにかなりの労力と知恵を使うわけです。そういった「観察」や「知る」ということは、先人から受け継ぐクマとの共存のための重要な方法なのだということが、くっきりと浮かび上がりました。
このほかにも多数の論考・エッセイ・講演録がまとめられています。さすがにその全てをここでご紹介できるものではありません。これで1500円というのは、どうみても「儲からないでしょ」という価格ですので、少しでも関心のある方は購入されて興味を持った記事からでもお読みになることをオススメします。
それでさらに関心が沸いた方は、トップに上げた写真の中にある、これまでの4冊の中から読み続けるのが良いのではないでしょうか。
近くの書店で発見する確率は低いと思います。ネットで入手可能です。
奥会津書房













以下の記事のように、二本松でもよそ者を集めて懇親会を二本松市市民交流センターあたりで開催してみては如何でしょうか??
この力を二本松を変える力にできれば・・と
NPOまちづくり二本松あたりが主催できませんか???
”夢未来いなか塾”も含めた、二本松地域全体の地域活性化や”地元学”のあり方等について一度議論したいところです。・・・如何でしょうか??
三島町に移り住んだヨソモノとしての若者の対談をまとめた「いまここトークライブ・・三島で何ができる!?」
「新しいものと古いもののあいだに立ち、それをつなげていきたい」
「地元もヨソモノも一緒になって新しいエネルギーを生み出して、「いまここってすごいゾ」と、パワー全開で「限界集落」なんていう言葉を死語と化すすごいエネルギーで、他所から人を引き寄せることを第三段階としたい。」
NPO関連のあつまりは、何か一席もうけたいなとはずっと思っていました。
旧市内のいつもの顔あわせばっかりでは、新鮮味がないので、お互いにシゲキが強すぎるくらいの顔合わせで懇親会を行いたいところです。
理事長のSさんに一度相談してみましょうか??
いつものなかよし倶楽部では斬新なアイデアはでてこないのではないでしょうか??
誰を集めるかの検討は必要でしょうが・・・
いずれにしても、時々新しい風が吹くというのは、とても大事なことだと思います。