蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

過保護ママと、負のレガシー

2017-08-24 | 華のスロー人
昨日、長女の引っ越し手伝いをしていて、胸に熱い想いが、沸々と次から次へと湧き上がってきた。
良い想いなら、問題ない。が、、、。

引っ越し、と言えば、、、、自分の無念な納得できない悔しい想いが蘇る。

まず、結婚当初。
新婚新居へ引っ越しする際の御手伝いを夫の叔母にしてもらった。
姑が我々に何も言わずに、叔母に御手伝いをお願いしたようだ。
(夫はなんの協力もせず、代わりにしてくれる人が自動的に配備され助かり)、私は人手があり助かるが、もちろん、姑は叔母に、お礼(謝礼金)をしているだろう。


これは、今考えるとそれからの長い道のりの伏線になっている。
楽々コースに乗ってしまい、甘んじて受けてしまった。
その後は、夫は家庭のことには一切、汗をかかず、仕事と遊びのみに没頭してきた。
私は、姑の采配による、夫の代わりの人員の協力で、家庭の労力不足分をまかなってきた。
イクメンを育てない、イクメンとは真逆の方針である。

ある、別の時期の引っ越しの恨み節は、まだ根強く残っている。
方角、時期、全て姑の方針に従った。
科学的根拠のないことには、半信半疑を通り越し、アレルギー的拒絶反応を現すわたしにとって、占い的な考えや方針に従わされるのは苦痛であり、屈辱であった。
が、仮に従わなかった場合の逆風を考えて秤にかけると、吐き気がするほど、嫌で納得できなかったが、従った。
全身の毛が逆立つほど不快だったが、従った。
自分さえ我慢すれば、事がすんなり進むのであれば、という自己犠牲的な見上げた崇高な想いからではなく、計算、策略からだった。
自分を美化する傾向は、昔も今もない。
これを呑めば、その他では、どんなヘマをしてもわたしは許されると思える「免罪符」を得るため、従った。
しかしながら、今頃、その時の逆噴射的心境が、鮮やかに蘇る。

問題は、夫はそのことを全く知らないことである。
身を切るようなわたしの苦しみがあったこと、その苦しみや出来事の存在さえ、夫が知らないことである。
夫に苦情を呈さなかったわたしが、悪いと言えるが、(なぜ反対意見を言わなかったのか?
おそらく却下されて、根性なく諦めたのだろうと想像するが、結果だけ覚えていて、詳しい経緯はおぼろげである)
そう結論づけると、今後の残されたわたしの人生が鬱になる。

なので、やめる。
長い屈辱の時代を経て、その間に徐々に力を蓄え、じっと時を待っている。
夫に仕返し、反逆、復讐をすることで帳尻を合わせようと考える。

こういう妻は、多いらしい。
つい最近、NHKテレビで、「男脳と女脳の違い〜キレる妻」が特集、解説されていた。
わたしのケースにどんぴしゃり当てはまる。
過去の過ぎた出来事をいつまでも根に持って、ちょっとしたきっかけで、すぐ夫にキレる妻。
近代以前の長い歴史で培われ、埋め込まれたホモ・サピエンスの男女別DNAの違いに遠因があるそうだ。
が、原始時代から積み重ねられた、男女の脳の形成プロセスによる、DNAギャップは、ライフスタイルや価値観が異なる今を生きる現代のわたしには通じない。
時代が変わった。背景が違う。
(男女脳には、新しいDNAが組み込まれている最中なのかも知れない)

男性を擁護する気にはなれない。
人の擁護で自分が潰れては、元も子もない。
自分の人生を取り戻さなければ。

常にこころの中、奥深くに爆弾を抱え、なにかの折にその記憶の蓋が開き、爆発する。
夫は、気の毒かというと、そうではない。
人生の前半で苦労すべきチャンスを過保護ママに奪われた。
気の毒なのは、そういうママをたまたま持ったことだ。
親は選べない。
ママの仕出かしたことは、良くも悪くも、自分に跳ね返ってくる。
なので、後半の人生では、しっかり苦労していただく。

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とかいって、なかなか煮ても焼いても、どうにもならない。
負のレガシーを遺してくれたようだ。

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