蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

人と同じように出来ないのは、病気なのか?

2017-11-01 | 華のスロー人
わたしは、典型的発達障害と思われる。
なぜなら、「こんな人、こんな行動、こんな傾向は、発達障害です」というチェック項目に、どんぴしゃりと当てはまる。

発達障害の人の求人サイトというものもある。
発達障害のために、仕事を辞めざるを得なかった人の求人、、、、
喜ばしいことだとは思うが、ぬか喜びでなければよいが。
ちょっと首を傾げる。

わたしの今の年齢であると、発達障害もそう深刻ではない。
活躍されている人々もおられるが、わたしは、活躍していない。
なので、わたしの場合、活躍の場が限られようが、無かろうが、あまり影響はないのだ。

もし、わたしが若い年齢なら、えらいことだろう。
学業、成績、仕事に直結して悲惨な結果と向き合うことになる。
しかしながら、問題は、わたしは、実は今に始まったことではなく、昔から、若い時から、こんなのなのだ。
若い時から発達障害なのだろうが、当時は、さして、取り沙汰されていなかった。
先生のチェックや、監視の目をたまたま逃れていて、発覚、発見されなかったのだろう。

しかし、普通に仕事をし(事務職ではないものの)、普通に結婚し、子供を育てた。
子供たちも普通に育ち、普通に結婚し、普通に子育てしている。
孫たちも今のところ、普通のようだ。
発達障害の疑いが濃いわたしではあるが、とりあえず、普通にきている(と、自分では思っている)。

では、発達障害とは、いったい、何なのだろう?
アインシュタインや織田信長やリンカーン?なども発達障害らしい。
特殊な能力だけが飛び抜けていても、その他の細々とした全般的なこと、全てを網羅して出来ないと、発達障害なのだろうか。

だとすると、スーパーマン以外は、発達障害ということになる。
そうなら、世の中の多くを占めるかも知れない発達障害の人の求人があっても、おかしくない。

真正発達障害と、擬似発達障害があるのだろうか。
発達障害もどきの人は、どこに属すと、正しい場所なのだろう。

などと、スマホの画面にチラチラ出てくる広告の「発達障害」をちょっと読んだだけで、たいして深く研究もせず、発達障害のことを述べるのは、軽率、軽薄である。
なので、よくわからない、ってことにして、お茶を濁そう。

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