蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

住まいには愛が詰まっている、はず

2017-06-20 | 
憧れの住まい。
一生懸命、頑張ったご褒美。
自分なりの成功の証。

関西だと芦屋?
わたしは、西宮が良い、と感じる。
単に最近、西宮にレッスン通いしているからだけれど、まあなんと、梅田から近いこと。驚きの短時間。
阪急宝塚線も、とても便利。
我が街が、ものすごくはるか遠くに感じる。
まあ、それはそれ。
自分の住んでいる街には愛着を感じているから、別に良いのだ。

別荘も不要。
我が街には、目一杯、グリーンが配置されている。
ジョギングやウォーキングするには、最適。
しかも、都心には行きやすい。(梅田までは、西宮には負けるが、通勤圏内)
(ちなみに、前に訪れた、スタンダード・モスクワっ子の住まいは、ウィークデーは集合住宅で、週末は、都会から離れた家=別荘だった)

リタイアしたら、ますます都心から縁遠くなるので、別荘地に対するニーズも薄くなる。
べつにわたしは、別荘地に移住する人を否定する気持ちは、さらさらない。羨む気もない。
現状で満足しているからだろう。

ただ、うんと高齢になると、ずっしり溜まりに溜まった重い荷物(不用品)に見切りをつけ、駅近マンションに引っ越す人もいる。
自分も不用品の一部かも?(これは、わたしだけの自分のことに対するブラック感想です)

わたしは別荘地に住む気力がない。
気力(お金も)がある人は、どんどん挑戦してください。
山が好き、自然が好き、野鳥が好き、そういう趣味のある人は、第二の人生を謳歌する、理想郷としての住まいは素晴らしい。

わたしは、蚊や虫が苦手で、ものぐさなので、自然に恵まれた暮らしを謳歌できない。
座ったまま手を伸ばせば何でも届く、便利な暮らしに慣れている。
そして、家や土地の手入れ、維持、管理の大変さをよく知っている。
労働をケチる、わたしには、オーバーワークである。

なので、都心に行くには少し長く時間のかかる(電車の中は、マイ リビング)不便なマイタウンが、嫌いではない。
しかも、何故か、こんな不便な地に、娘一家も、我が家の近くに居を構える。

住めば都とは、よく言ったものだ。


だが、娘たちは、わたしが思い入れのあるわたしの実家には、なんの思いもない。
実に、あっさり。
悩みをシェアしようものなら、「売れば?」と、愛着の微塵もないようす。
ステイタスも、実のないプライドも、虚栄心も無いと見受けられる。
わたしには、親や祖父母の頑張りの表れだと慈しんでいる、愛のこもった実家なのに。
「家」とは、単なる箱ではない。
家族と暮らし、愛を育てるもののようだ。

住まい手がいなくなった家は、役目も終了しているのだろう。
淋しい、厳しい、哀しい現実である。

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