蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

悔しさは、エネルギーになった

2017-08-12 | 華のスロー人
長い長い、非公開記事に、またまた手を加え、さらに長くなった。
そうすると、中身の流れが少し変わってきた。

非公開のまま、感情のままに、過去の恨み節を綴っていたら、あれこれ整理できてきた。

だから何なの?
で、それからどうした?
で、どうしたかった?
で、そうしたの?しなかったの?

いくつもの出来事で、自分の感情が湧き出て、その都度、それまで気づかなかった自分の思いを知った。

知っただけ?

例えば、悔しかった、だとか、情けなかった、だとか、腹が立った、だとか。
その場限りの感情であっても、積み重なると、点と点はつながり、動きが現れるはず。
感情と思考と行動が、体系づけられる。


人によっては、復讐だの仕返しだの、恨みを晴らすだろう。
わたしは、復讐はしない。
そういうのは、しょうに合わない。
コースを変更するのだ。
もし、復讐するとしたら、自分のコース変更後、それまでのコースを走る人々を冷静に見る。長い期間にわたり。
汗を拭き拭き、必死で走りたどり着く最終地も、自分の新しいコースから見ると、魅力のない成果にしがみついている光景。
かつての自分がいた場所の人々を、別の場所からクールに眺める。

や〜めた!

早めに切り上げる。
いついつまでも、執着しない。
アクセルを踏んでも前進せず止まったままなら、一旦、アクセルを足から離す。
エネルギーを貯めるまでの間、停滞し、チャージ後は、新しい別のコースを歩く。

恨みや悔しさは、新しいエネルギーに転換されている。
べつのルートで自分の思いを成就し、見返してやるという復讐心が、新たなエネルギー源になっていることもあるだろう。

悔しい思いをさせられた人々など、とっくに追い抜いている場合も多い。
あるいは、別の価値観を形成する。
でも、負け惜しみ的な、負け犬の価値観ではなく、ダメだから諦めるのではなく、臨機応変に自在に変化する、柔軟な対応。
最終は何がベストなのか、誰もわからない。
自分が良いと思えたら、良いのではなかろうか。
コースを変えたことが、結果的に良かった場合もある。
力を抜くことも大事だ。

悔しい思いは、しないに越したことはない。
でも、悔しい思いを乗り越えて、あるいは乗り越えなくても、なんらかの力になっているような気がする。

正解など、あるような、無いような。

しかし、だからと言って、こころ穏やかな毎日とは限らない。
悔しい思いや、嫌な思いは、決して卒業にはならず、相変わらず、生きている限り、不快感にザワつくこともある。

人に依存してもダメ。
自分のことは、自分でどうにかしないと。

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長々と、ゴメンなさい、の気持ちです。
お盆行事をしに行く田舎までの、電車タイム、長くて長くて、記事もこんなに長くなってしまいました。
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