蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

思ひ出ちょろちょろちょろちょろ

2017-03-21 | 思い出
アカの他人の育った家なんぞ、どーでもいいだろうと、ちらと脳裏をかすめるものの、いや、大きく強く直訴してくるが、書く。

増改築、改修された家に長く住んでも、改築前の空間をよく覚えている。
すっかり建て替えてしまったとしても、毎日暮らしたイメージは強く残る。

幼い頃、暮らした間取りや、庭には、特別な思い入れがあるのだろうか。
思春期頃に暮らした家も、よく覚えている。
成人になってからや、結婚してからの家もである。
毎日の生活と密着に関わっているからだ。
暮らしには、人が関わり、衣食住全てが関わる。

昨日は、自分のアップした記事を読みながら、幼い頃、過ごした田舎の家の空間を詳細に思い出していた。

玄関を出て、真っ直ぐ行くと、厠がある。
昔の家は、トイレは一旦、屋外に出て、ちょっとしたところにある。
お風呂も少し離れていた。
水回りは、住宅が傷みやすいから切り離されたのだろう。

突き当たりにある厠の右手側に、2メートルぐらい低い、見下ろす位置に畑がある。
畑を右手に見ながら、緩かやなスロープを下ると、前に、また畑がある。右にも畑、前にも畑。
この前の畑では、小学校低学年の頃、夏休みの宿題である自由研究で、大根の種を植えて、苗を育てる観察日記を書いた。
なんのヒネリもない、ただ、だんだん苗が大きくなっただけの記録。
あれは、得点が低いだろう。
もし評価するとすると、毎日、毎日、(水やりをしたかどうかは忘れたが)見に行って記録しただけの皆勤に対して。
誰にでも出来る、決して高度なものではないが、物事の基本かも知れない。
今もわたしは、愚直なまんまである。

まあ、それはそれとして。

その愚直観察畑の前を右に曲がると、ユキヤナギや、腰ぐらいの高さに茂る植物群を左手側に見ながら、小さな家に着く。
この小さな家は、厠から見下ろしていた畑と同じ高さに位置する。
小さな家は、地元の小学校に新任教師が赴任する毎に、ここに住んでいた。
昔で、田舎なので、賃貸住宅がないからだが、祖父の地元での働きの一環として、離れを新任教師の住まいとして解放していた。
和室二間に、土間の台所とお風呂があった。(お風呂、あったかな?正確なところは忘れた)
玄関横から和室Aの前には、半間の廊下があり、格子の枠付きガラス窓からは、陽光が降り注いでいた。和室Aに続く和室Bには腰から上の高さの窓があり、その少し前には小川が流れていた。

やがて新任教師が住まなくなって、その家は、畳を上げ、木の板の上に、収穫したジャガイモをゴロゴロと平たく並べて保存していた。
いつ行っても、その家にはジャガイモがあった。
ジャガイモ専門倉庫になっていた。

そのジャガイモ倉庫と化した家の横には、大きな米倉庫があった。
米倉庫と同じ高さに、畑が繋がり、視界は全面、畑が広がる。
家屋寄りの場所に、イチジクの木があった。
畑の前には禽舎。
禽舎の横の小屋には、牛か馬を見たような記憶があるが、かなり私が幼い頃には、いなくなったと思われる。

この畑の横の細い小道を上ると、増築した子供部屋が突き出している。

子供部屋の前にはまだ小道が続き、ミニミニ人工池があり、、、、

もう、疲れた。
読んでいる人などないのに、頑張って書いても仕方ない。
また、元気な時に書こう。
もうじき電車、下車駅が近づいてきた。
今日の車中のお遊びは、そろそろ終了です。

〆もまとめも結論もない、ただただ、思い出す風景を描写したのみ。
大根の観察記録がビミョーということと、祖母の野良仕事が大変そう、という、本日の感想。

中途半端は、次回のマトモな記事につながることを期待して。
電車、降ります。


にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へにほんブログ村

ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 思ひ出ちょろちょろ 2 | トップ | 愚直 »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。