蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

雑感、まとまりません

2017-08-25 | 華のスロー人
昨日の記事に、少し加筆したりして、当時の鬱憤を仕分け作業している。
そして、思った。
わたしは、ひょっとして、認知症の入り口に来ているのではないかと。
認知症の症状としては、どんなにボケボケでも、相手から受けた嫌な感情は強く残るそうだ。
良い想いより、悪い想いに支配される傾向にあるとか。
なので、失敗をして、家族にガミガミ怒られると、恨みばかりが残るので、指導する役回りは、敬遠される。
家族も感情的になるし。

姑の、気をきかした采配に感謝する捉え方もできるのに、逆に恨みを抱くのは、わたしもヤキがまわったか?
だが、そのせいで、わたしを含む、まわりの人材が育たなかった。
人を育てるには、自立させなければならない。
先回りして、何でもかんでもやってあげるのは、自立する妨げになる。
これは、子育てでも言える。
ある程度、困らせ、自分で考える、失敗から学ばせる方法がある。
が、すべて前もって失敗材料は取り去り、成功材料だけ取り揃え準備し、おいしいところだけを本人にやらせる。
これは、まっすぐで能率が良いが、プロセスを学んでいない。
自分の考えに基づいて、やっているのではなく、やらされている。
イルカショーのイルカ、芸当がうまくできたらご褒美のイワシをもらえる。
しかも、本人はその事態に気づいていない。
しかし、こうなれば、死ぬまで、気づかないまま、なんていうのも、ひとつの幸せ極めコースだろう。
それも、アリかと。
分業して、各自のコースを歩む。
みなさん、パラレルで、絶妙なバランスで関わり、協力する。
その一番小さな単体コミュニティは、家族である。

しかし、一生、失敗コースを走る場合もある。
何が良くて、何が良くないのか、よくわからない。

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