蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

しかし、、、アタマでっかちは良くない

2017-05-16 | ブログ
文字は、自分の思いや考えを表す、伝える。

手段として、一番、手っ取り早い。
書き手も読み手も、共通の言語を読み書き話していると、相互理解しやすい。

これはあくまでも手段であって、なにを伝えるかが要である。

最近、わたしは、自然界の映像などを見ると、深いものを感じる。
ナレーションや解説など一言もない。

つい最近、行ったポルトガル。
ここに関して、前以て全く勉強、下調べしなかった。
知っているのは、学生時代に学校で、ざっくり習ったことだけ。
あとは、知人の「何もないとこやで。そんなとこ行って何を見るの?」の一言。

説明は要らない。
見たもの、感じたものが全て。
だが、観光立国にありがちな、見せる美しさであることを忘れてはならない。
美しい観光地は整備され、立ち寄るトイレ休憩の店は、最新の設備が整っている。
しかし、表に現れることがない、人々のナマの暮らしや喜怒哀楽などには触れることはない。
それがわかっていても、美しいものを修復し、維持し、整える継続力は素晴らしい。

それはそれとして、(至れり尽くせりの旅行が楽しいのは当たり前のことで、行ける人はいいよね、と、いろんな人々、角度がある)

「知識は不要だ」みたいな新書を本屋で見た。
2000円もする、西洋人らしき著者の本で、ざっと立ち読み。
全くの無知は論外だが、知識に頼る、絶対的自信を持つことを諌めた内容で、全て同感。
知ったかぶりすることなかれ、知らないことは素晴らしい、未来に発展して延びる因子だそうだ。
知識は毎日毎秒、更新されなければならないので、自分の知識にあぐらをかくな、というかんじの内容。(咀嚼、わたし風解釈)

知識だけでなく、感性も変化するはず。
文字だけに頼らない伝達、伝授、
浅知恵だったり無知だったりする、そこから深いもの、真理を読み取ることがある。

伝達能力のないものから、なにかを読み取るのは、受け手側の洞察力や感性に他ならないと思う。

なので、文字ばかりに頼らない、自由な時空、発想、感受性も大事だなあと思う今日この頃だ。

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