蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

思ひ出ちょろちょろ 2

2017-03-19 | 華のスロー人
「思ひ出ちょろちょろ」という、三年ぐらい?前の、自分のブログ記事を読んだ。
懐かしい。
オチは、時間切れのようで、大いにイマイチであったが。

育った田舎の光景が蘇る。
幼い頃は、自然そのままの田舎で暮らした。
田舎の野山を駆け巡り、川で遊び、祖母の(文字通り)手作り食材を食べて大きくなった。
味噌、梅干し、お餅、ハンドメイド。
食卓に出る野菜は全て自家栽培。
昔の人は働き者だ。
明治の女性は、芯が強かった。

無口な祖母とは、あまり話さなかった。
彼女は静かに生き、静かに生涯を閉じた。


半世紀以上前、田舎の家。
ブログにも書いた。
日本の春夏秋冬。
エアコンもない。
打ち水で涼を呼ぶ。
夏の設え、冬の設え。
季節によって、家の中を模様替えする。
襖や障子を夏用建具に入れ替え、夏の風が夏用のれんを揺らす。
井戸にスイカを冷やす、
冬には火鉢、炭をいこす、薪を焚べる、、、、


家畜や草花、田んぼ、池、小川、山、原っぱ、丘、
蚕を飼っている家があり、よく見に行った。
蚕が桑の葉っぱをむしゃむしゃ食べる様子が面白く、ずっと見ていた。

子供部屋には、ピアノと、真っ白い綿カバーがかけられたソファ。
ちなみに、洋館ではない。
大正時代に建てられた築100年ぐらいの日本家屋。
私が生まれてからでも、大規模増改築を2回している。
子供部屋の窓越しに見える小さな庭と、畑。その向こうには小川。
いつも窓から見ていた。

裏門を出た右手側に鶏小屋があった。
毎日、砕いた貝殻を餌としてあげていた。
コココ、と小さな嘴で餌を突く鶏たち。
卵も毎日、生んでいた。

敷地内には、整えられた日本庭園と、ミニミニサイズの人工池や、イチジクや木苺、野生の木々が生い茂る自然なガーデンがあった。
あとは、畑。
じゃがいも、ほうれん草、玉ねぎ、人参、茄子、トマト、スイカ、、、色々。
祖母が野菜を作っていた。今で言うところの家庭菜園である。
当時としては、食べるためにつくる野菜であって、趣味で作るものではない。

子供のわたしは、来る日も来る日も野菜ばかりで、うんざりしていた。
しかし、その食生活のおかげで、元気な身体に育ったようにも思う。
祖母には感謝である。


畑や自然の庭は、禽舎やその他の小屋と統廃合され、わたしが中学生の頃、ひとつの日本庭園になり、生まれ変わった。
時代は移り変わり、今はその庭の手入れや維持が、次世代の負担となっている。
良い意味でも、良くない意味でも、レガシー(遺産)である。


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