蝶になりたい

いくつになっても、モラトリアム人生。
迷っているうちに、花咲く時期を過ぎてもまだ夢を見る・・・。

ふたつの人生見本

2016-12-09 | 無題
実母は、人の為に尽くしたり、耐えたり、そんなことはしない。
あるのは、自我のみ。劣等感もない。
勢いにまかせ、がむしゃらに倒れるまで頑張る。

それに比べると、一歳しか違わない、同じ時代を生きた姑は、正反対だ。
耐える、辛抱する、目標に向かい計画を立て頑張る。
計画は、作戦だったり、策略だったりする。理知的、策士。
あるのは、プライドと、優越感。高く承認されること。
自分の思い描く水準をキープできないことへの恐怖感。

社会的な人物像として見ると、姑の方が秀でていると、わたしは感じる。
二人とも、ずっぽり戦中派で、学生時代、青春は戦争一色。
学業よりも、国への奉仕。
戦後まもなく結婚しているので、職業として自立するための高等専門教育を受けることなく(教養や生活実践にとどまる程度の学業と思われるが)自立した職を持たず、配偶者や家長の収入で生活していた。

だが、夫の職業が違う分、妻の社会的な立場が微妙に違っている。
雇用されている人を夫に持つか、雇用している人を夫に持つか、で、社会での関わり方が違ってくる。
そこらあたりは、大きい。

夫たちが現役の時と、未亡人になり超高齢者になった今でも、過去の経歴は影響がある。

個性、性格、考え方、経済、など、それぞれ別個である。
長い目で見たり、距離を置いて見たり、見方によって、評価、感想は違ってくる。

どちらが良い悪いではなく、わたしより28年先行く、わたしの、わかりやすい人生見本になっている。

ただし、あくまでも見本。手本ではない。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« オナカスイタ | トップ | ちりぬるをわか »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。