11月21日は、砺波市から
彫刻家の藤井治紀さんと高岡市立美美術館の橋本文良副館長、
そして、フランスから日本へ一時帰国している版画家の飯塚凱彦さんを加えた
3人が僕に逢いに来てくれました。

飯塚さんは東京生まれ。「ひ」を「し」と発音されます。
フランス語は「H」を発音しませんから、
フランスに永住したとかしないとか
みたいなことをさらっとおっしゃる庶民的な(芸術家然としていない)方でした。
飯塚さんのお姉さんがあわら市に嫁がれておられるので、
2年ぶりに北陸へやってきたそうです。
藤井さんとは、フランスで知り合ってもう長いお付き合いだそうで、
二人も久しぶりの出会いです。
3人とは、JR芦原温泉駅で待ち合わせ。
先ずは、金津創作の森のアート展を見てから三国へ行くことにしました。
金津創作の森では、
越前和紙をモチーフに現代アート作品を制作されている福井県美術界の重鎮
橿尾正次(かしこまさじ)先生と
鉄などを使って抽象彫刻を手がけている関西美術界の重鎮村岡三郎先生の
二人展が開かれています。

館内は撮影禁止なのでパチリはありませんが、
屋外の展示には制限がないようなので、
屋外から橿尾先生の作品の展示だけパチリしました。
したがって村岡先生の作品についてはコメントなしです。

橿尾先生は故小野忠弘画伯とも親しくされていたようで、
ONO MEMORIOALの企画展ででお会いしたことがあります。
優しい眼差しが印象的な、およそ外見からは芸術的体臭を感じない先生。
県展などで単品を見ることはあっても、
これだけまとめて作品を拝見したのは初めてです。
鉄線を汲んで和紙を張り、柿渋やベンガラ、藍といった
日本の伝統的な技法を生かして、立体造形を作り上げます。
このパチリは、上野穴からピンポンだまを落として右と左のどっちに分かれるのか
という触れて遊べるオブジェです。
こういう遊び心をお持ちなんですね。
ガラス越しなのでちょっと作品が見難いですね。スンマセン。


野外にも、巨大な作品がありました。
ふと思うのは。これだけの作品を橿尾先生はどこへ収納されているんでしょうか。
と、ふんわりした気分で金津創作の森を後にして
三国のONOMEMORIALへ向かいました。
ONOMEMORIALでは、
「子どもたちのピカソ、ミロ、モナリザ展」が開かれているのです。
3人の芸術家は、坂井市の3,4年生が発した無邪気な表現エネルギーを
たっぷり吸い込んで三国の街中へ。
旧森田銀行本店の穏やかながら主張のある空間にしばし佇んで
東尋坊の「風の扉」でTEABREAKです。
夕暮れてきたので、さて、帰りましょうかと席を立ったら
飯塚先生が、この辺に「アメリカン」という喫茶店はありますか?
と尋ねます。
“はい、僕のよう知っている方が経営されてますけど”
“そこの砂田一郎さんと親しいんで、できれば顔だけ出しておこうかと”
“はい、了解です”
というわけで「喫茶アメリカン」へ。
突然の知人の訪問に一郎さんもびっくり。
あわら市の木村病院経由で二人は知り合って、
日本へ帰国するたびに一郎さんのお料理を食べにあわら市へ立ち寄る関係だそうです。
人間の関係で不思議ですね。
僕と藤井さんは砺波で出会い、藤井さんはパリで飯塚さんと出会い
飯塚さんはあわらの木村病院で砂田一郎さんと出会い
砂田一郎さんと僕はハウス・アム・メーアで出会い。
世界は狭い!!不思議な奇縁で結ばれていることを改めて感じました。
彫刻家の藤井治紀さんと高岡市立美美術館の橋本文良副館長、
そして、フランスから日本へ一時帰国している版画家の飯塚凱彦さんを加えた
3人が僕に逢いに来てくれました。

飯塚さんは東京生まれ。「ひ」を「し」と発音されます。
フランス語は「H」を発音しませんから、
フランスに永住したとかしないとか
みたいなことをさらっとおっしゃる庶民的な(芸術家然としていない)方でした。
飯塚さんのお姉さんがあわら市に嫁がれておられるので、
2年ぶりに北陸へやってきたそうです。
藤井さんとは、フランスで知り合ってもう長いお付き合いだそうで、
二人も久しぶりの出会いです。
3人とは、JR芦原温泉駅で待ち合わせ。
先ずは、金津創作の森のアート展を見てから三国へ行くことにしました。
金津創作の森では、
越前和紙をモチーフに現代アート作品を制作されている福井県美術界の重鎮
橿尾正次(かしこまさじ)先生と
鉄などを使って抽象彫刻を手がけている関西美術界の重鎮村岡三郎先生の
二人展が開かれています。

館内は撮影禁止なのでパチリはありませんが、
屋外の展示には制限がないようなので、
屋外から橿尾先生の作品の展示だけパチリしました。
したがって村岡先生の作品についてはコメントなしです。

橿尾先生は故小野忠弘画伯とも親しくされていたようで、
ONO MEMORIOALの企画展ででお会いしたことがあります。
優しい眼差しが印象的な、およそ外見からは芸術的体臭を感じない先生。
県展などで単品を見ることはあっても、
これだけまとめて作品を拝見したのは初めてです。
鉄線を汲んで和紙を張り、柿渋やベンガラ、藍といった
日本の伝統的な技法を生かして、立体造形を作り上げます。
このパチリは、上野穴からピンポンだまを落として右と左のどっちに分かれるのか
という触れて遊べるオブジェです。
こういう遊び心をお持ちなんですね。
ガラス越しなのでちょっと作品が見難いですね。スンマセン。


野外にも、巨大な作品がありました。
ふと思うのは。これだけの作品を橿尾先生はどこへ収納されているんでしょうか。
と、ふんわりした気分で金津創作の森を後にして
三国のONOMEMORIALへ向かいました。
ONOMEMORIALでは、
「子どもたちのピカソ、ミロ、モナリザ展」が開かれているのです。
3人の芸術家は、坂井市の3,4年生が発した無邪気な表現エネルギーを
たっぷり吸い込んで三国の街中へ。
旧森田銀行本店の穏やかながら主張のある空間にしばし佇んで
東尋坊の「風の扉」でTEABREAKです。
夕暮れてきたので、さて、帰りましょうかと席を立ったら
飯塚先生が、この辺に「アメリカン」という喫茶店はありますか?
と尋ねます。
“はい、僕のよう知っている方が経営されてますけど”
“そこの砂田一郎さんと親しいんで、できれば顔だけ出しておこうかと”
“はい、了解です”
というわけで「喫茶アメリカン」へ。
突然の知人の訪問に一郎さんもびっくり。
あわら市の木村病院経由で二人は知り合って、
日本へ帰国するたびに一郎さんのお料理を食べにあわら市へ立ち寄る関係だそうです。
人間の関係で不思議ですね。
僕と藤井さんは砺波で出会い、藤井さんはパリで飯塚さんと出会い
飯塚さんはあわらの木村病院で砂田一郎さんと出会い
砂田一郎さんと僕はハウス・アム・メーアで出会い。
世界は狭い!!不思議な奇縁で結ばれていることを改めて感じました。









