痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

責任の取り方の色々

2016-07-08 23:18:03 | 日記
最近思うのは、責任の取り方が人に

よって全く違うということなんです。


よくある責任の取り方の中に、

わたしは責任を取り、辞職致しますと

かここから退くというものがありますね。


責任の重さや役職やどんな立場である

かで違ってくるのかもしれませんね。


なかには責任の取り方が分からず、

何のリアクションも起こさないという

人もいますので、時にはそのほうがよ

かったりもして不思議に流されて行く

ものなんですね。


周りから追いつめられて責任を取らさ

れるという悲惨なものから自分から早

い段階で責任をかぶり、いさぎよいと

思われる方もおられますね。


責任は皆にもありますと、全体責任を

言い渡されることもありますね。


一人だけ責任負わされるのも辛いです

が、明らかにわたしは部外者なんだけ

どなと思っても連帯責任というものも

あり辛いなと思うこともありますね。


いずれにせよ、責任の所在や取り方が

はっきり示されているならまだ良いか

も知れませんね。


それを忠実に果たせば良いからです。


けれど形のない抽象的な責任の負わせ

られかたは頭を抱えてしまいますね。


責任の取り方が不公平でも困ります

し、緩やか過ぎて同じ過ちを同じよう

に繰り返してしまうなら考え直さなけ

れば行けませんね。


最近リーダーシップのとれる人も少な

いと言われています。またリーダーに

なりたくない人も増えていると聞きま

す。

誰も責任は取りたくはありません。

では、どんな方法がいいのでしょうか?

本当のところ責任は誰がとれば良いの

でしょうか?

難しいところです。しもじもの方が責

任のある重要なことを任されている場

合が増えているからです。


上は指示と命令はしても、良い模範と

なり指導するというはあまりありませんね。


責任の取り方が誰にとっても有益に働

くことを願います。

そして、何らかの責任が取れればまた

一から何度でもやり直せる社会であれ

ばいいのになあと思う昨今であります。m(__)m😅
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