痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

二人の目は開かれ、分かった

2017-04-29 20:08:16 | 日記
明日の福音朗読は、エマオの途上で起

こった出来事の箇所ですね。


何度も何度も読んでいましても、毎回

違った気付きが与えられますのも、大

きなお恵みですね。😊


弟子たちにとっては、救い主だと思っ

ていたイエスが十字架で死んだと言う

事実を受け入れることができなかった

のでしょう。

そして、 墓にはもうおられない復活と

言う事実も理解できなかったので、家

に帰ろうとしていたのですね。


イエスご自身が近づいて来て、一緒に

歩き始められましたのに、二人の目は

さえぎられていて、イエスだとは分か

らなかった。😅


わたしたちも同じような経験があるか

もしれませんね。


イエスはいつもわたしのかたわらに立

ち、共に歩いてくださる神なのです

が、時々見失うことがあるのです。


一体それはどんなときに?


やはり、苦しみの時にだと思います。


祈っても祈っても全く聞かれていない

ような現実や次々起こる不幸や悲しみ

を前に、神はどこにおられますか?と

絶望してしまいますね。😓


イエスは、いつも尋ねておいでになり

ますね。

「あなたは何をしてほしいのか?」

わたしはいつも正直に申し上げます

が、何をどうすれば良いのか分からな

くなることもあります。


わたしの目をさえぎるものに、主への

信頼の欠如であったり、疑いや失望、

悲しみで心がふさがっている、という

ものがあります。


そういったときには、何をすれば良い

のか分からなくなりますね。


けれど、信仰深い仲間にどれだけ助け

られたでしょう。ごミサの中でどれだ

け救われたでしょう。


家に帰るのをやめて、仲間たちのとこ

ろへ引き返した二人のように、目が開

かれると、物事が明らかになり自分の

すべきことが分かるようになります

ね。


「わたしたちの心は燃えていたではないか」❤🔥

いつもこのようでありたいなと思っています。 (^_^)✋
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