痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

土台とその上に立つ人

2017-09-16 20:51:41 | 日記
土台とその上に立つ人というものをい

ちばん分かりやすい見える形で言うな

らば組体操かもしれませんね。


土台となる人々がいかに頑丈もしくは

強い結束や力強さがなければ簡単に崩

れ落ちてしまうでしょう。


これは組体操のことだけを言っている

のではなく、どんな場合においても土

台とはすべての基礎になる大切な部分

ではないかなと思いますね。


基礎工事かきちんとされていません

と、上に立つ建物に支障をきたすこと

にもなるでしょう。


土台は個人の成長やなかにもあります

し、色んな体験も土台の部分の一つで

しょうし、何を食べ、何を飲み、何を

選び、何に養われてきたかなど、自分

を形造るものが何であるかを知ったり

注意を払うことは大切なことなのかも

しれませんね。😊


また、多くのひとは人々のなかで、あ

るゆる場所、たとえば職場や社会に家

族のなかでもだれかが土台として存在

しだれかがその上に立っていたりして

いるでしょう。


その場合、土台となる人も上に立つ人

も同じ価値があるということではない

かなと思いますね。


神さまの御目を通して見るならば、同

じく愛する対象であり、役割の分担が

行われているに過ぎないのでしょう。

だれも誇ることはない代わりに、ただ

あるのはお互いへの感謝の気持ち。


神さまの御心のままにわたしたちは自

分を生きるように召されましたね。


土台となる人は上に立つ人に敬意を払い、上に立つ人も同じく土台となる人に敬意を払う。それは忘れてはならないことのように思われますね。😄
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