痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

日本の宣教は難しいですか?枢機卿来阪

2017-09-21 21:40:28 | 日記
本日、夕方より大阪カテドラル聖マリ

ア大聖堂へローマ教皇庁 福音宣教省長

官 フェルナンド・フィロ―ニ枢機卿が

ローマバチカンより来阪されました。


そのお話の一つひとつがよく理解でき

るものでした。


日本の宣教は難しいでしょうか。


たとえ、わたしたちカトリック信者

が、0、4%~0、7%の信者数であった

としても宣教は神の働き、神のわざ。


神は決して何もできないわけではあり

ません。

神の力の大きさを考えてみてくださ

い。

そして、その宣教をまず家庭のなかか

ら一番近いところにいる人から救い

を。


わたしの夫、妻、子のために毎日祈り

を捧げていますか?

神の愛に出会うように祈っています

か?


これが本当の宣教者です。

キリストの福音を伝えること。


ユスト高山右近は、司教でも司祭でも

ありませんでした。

一般信徒であった。

その一般信徒、ユスト高山右近は信仰

によって多くの人を助けた。


数が問題ではなく、小さなパン種が小

麦粉に混ぜるとき、大きなパンになる

ように。


小さなパン種が大きな現実を生む。

それが日本の教会。


被爆国である日本の役割は?


日本の国は、長崎、広島に原爆という

洗礼を受けた。

そして、洗礼名は「平和」。


日本の国は島々ではなく、「船」。

大陸に出ていく船。

その船がかがけている旗には、「平

和」と書いている。


イエスは言われました。

自分の十字架を背負ってわたしについ

てきなさいと。

神の呼びかけはすべてのキリスト者

へ。

神の方から、イエスの方から近づいて

声がかけられた。


キリスト者としての生き方は、神から

の賜物。

その呼びかけは何かをするということ

ではなく、みことばを聞いて従って生

きること。


日本の福音宣教の難しさ。

忙しさのなかで、霊的生活、宣教のた

めの時間を持つことができないでい

る。こういう状況でも、福音は告げら

れていくべき。何か霊的糧が必要。


洗礼によってどれだけのすごい恵みが

与えられているか。洗礼から召命が生

まれてくる。この召命のなかで神の愛

が注がれる。


神からの呼びかけを大事に。

自分の十字架を背負ってわたしについて来なさい。イエスの言葉。


集いでのお話の内容の所々を書かせて

いただきました。m(__)m


非常に深いお話を簡単に書いてしまったかもしれませんが、わたしは一人の信者として呼びかけに従っていけれればと思っております。
神に感謝!(*´∇`*)・*。・.*.


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