痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

尊敬できる人はどこかしらに

2017-09-15 09:21:31 | 日記
わたしのまわりには尊敬できる方がた

くさんおられます。


最初は正直、尊敬ということがよくわ

かりませんでした。


素晴らしさを持っていることはわかっ

ても、それが尊敬につながることがな

かったのかもしれませんね。


最近、自分の無力さを感じながらも、

主に愛されている喜びのゆえに、自分

を卑下することもなく、美化すること

もなく、ただここに存在させていただ

いている神のわざに神を賛美している

のです。


わたしたちは皆、チリからできたちり

あくたに過ぎませんが、そこに神の息

が(霊)吹き込まれてわたしたちは生き

るものとなりましたね。


わたしたちには皆、神の愛が吹き込ま

れていますね。

それによって生かされていますね。


だから、優劣はなくその点においては

平等。公平なのでしょう。


そして、そのうえに様々な賜物やカリ

スマ、でき不出来が与えられました

ね。


それは互いに欠けたところを補うよう

にと。

素晴らしい神さまの配慮と救いのご計

画。


そういう観点から、人を見れば、本当

に尊敬すべき方々があちらこちらに存

在しておられることに気づいていくの

でした。


単なる何か特技があって、できるでき

ないではなく、神さまに向かう姿勢に

おいての謙虚さに心うたれます。


それは、あるときには信者ではない

方々のなかにもその謙虚さに尊敬を覚

えますね。

思いやり、人を大事にしている方々は

神さまを大切にしていることでもあ

り、神さまを礼拝する心もきっと持ち

合わせていくことでしょう。


尊敬できる人を見つけていくことは、

自分の霊魂の益にもなりますね。


また、自分自身もその方々に倣いながら、少しでも主に喜ばれる歩みをしたいと心ひそやかに願っているのです。
(^_^)✋
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