痛い(州´゜◆゜)>イタタ ★☆★☆日記

私は思う。日々の疑問を共に考えてみよう。

人は死んで何を残しますか?

2017-10-21 20:39:12 | 日記
人は死んで名を残すということばがあ

りますが、名を残してもその人が一体

何をしたのか何を残したのか?名前に

ふずいして何らかの残すべきかたちが

あるのでしょう。


お名前だけでは分からないのです。


歴史上の有名な方々なら、きっと教科

書にのっていたなら知り得たでしょ

う。


けれど、ごく平凡なごく普通人にとっ

て、何を残せるというのでしょう

か(笑)😅


代々に残せるものは?


財産?持ち物?子どもという命?

いつまでだれを覚えることができるの

でしょうか?


死んでしまえば、何もありません。

あっても何代まで?そして本当に何を

残しているというのでしょうか?


功績なら、いい伝えながら、残るかも

しれませんね。

その反対なら汚名として残ってしまう

のでしょうか。


わたしは死んでも何も残せるものが何

一つありません。


けれど、もし神さまの憐れみによって

残していただけるなら、わたしが友人

たちに話した福音のことば。


わたしの口をお使いくださり、お語り

くださった神さまの教えは聖霊のお働

きによって人々の霊魂に生きて働いて

くださるでしょうか。


皆の心に神さまの愛が残り続けますよ

うに、お祈りしております。


わたしが死んで名を残せなくとも、イ

エスの名が永遠に語り告げられ、

人々の救いになるのなら、わたしは今

日も明日もあさってもイエスの名を告

げ知らせたいと思うのです。


神から与えられたものを神にお返しするために、わたしたちは日々キリストと共に歩んでいきたいと思うのです。(*´∇`*)・。*☆*・。*

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天に向かう苦しみの声

2017-10-20 22:11:47 | 日記
だれにも言えない苦しみの声

叫び

神さまにあたるわけでもなく、ただう

めいているのです。


イヤなことをされている。

やめてほしいと言っても聞いてはくれ

ない。

もしくは、やめてほしいと言えない情況


人には様々な苦しみがあり、それが不

条理ならば、どこへももっていけない。


聞いてくれる人はいない。

理解してくれる人もいない。

助けようがない出来事がありますね。


胸が苦しい。

悲しみで胸が押し潰されそうです。


心は叫んでいても声にはならない。


弱い立場、言えない立場、力のない身

のほど、彼らの苦しみは皆天に向かう

声となる。


天におられるわたしたちの父のもとに

届くわたしたちのしいたげられた苦し

みの声。


神はわたしたちの声を聞いてくださる。

速やかにわたしたちは救われる。

わたしたちは一人のこらず天国へと招

かれる。


信じていよう。


この世では何一つ報われなくとも、わ

たしたちには希望があることを。


忍耐もけっして無駄なことではなく、

希望につながることを。


わたしたちはすでに愛されています

し、この世の出来事はすべて過ぎ去る

ものでしかないから。


恐れないで生きていこう。聖霊の賜物はいつもわたしたちを天の御国へと向かわせてくださる。☆・**.☆*・.

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話せばわかってくださる人

2017-10-19 23:07:31 | 日記
最近、職場の上司がかわりました。

何でも話をよく聞いてくださる方です。

また、話をよく聞いてくださるだけで

はなく、本当にてっかくなアドバイス

をくださいます。


頭ごなしに怒る上司は、正直辛いもの

がありますね。


頭ごなしに怒るだけではなく、人の話

を聞くこともしませんし、一方的にだ

まって聞けという古いタイプの上司な

のかもしれませんね。


女性には、とくにあてにもしていない

という素振りで言うわけですが、させ

られることは非常にあれやこれやと雑

事を覆い被せてきたりしますね(笑)


今の上司は、もともと紳士なのかも知

れませんね。


部下だからと言って、横柄に扱います

と、だれも働きたくなくなるでしょ

う。

けれど、部下にこそ、思いやりを示さ

れる上司のもとでは、何だかガンバっ

てしまうものですね。


今日も最後の報告が長引き、帰りが遅

くなり、ブログが今になってしまいま

した。

けれど、疲れは感じないのも、よく話

を聞いてくださり、スッキリはきだせ

たからなのかもしれませんね。


何でもため込むとストレスになります

から、気を付けないといけませんね。


話せばまずは理解を示してくださる上

司。

いい上司に恵まれて感謝しています。

この上司のかたをお手本にして生き方

を学ばせていただけたらと思っており

ます。


従うということは自分の良心に基づいて相手に従うわけで、これが友好的な関係ならなお有りがたいことですね。

急いで書き、あちこち文章がとんでしまいすみません。m(__)m😅
おやすみなさい。
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人は場所に集まりますね✨

2017-10-18 21:22:24 | 日記
人間は毎日だと煩わしいと思うかもし

れませんが、たまにだと集まりたいと

思うのではないでしょうか。


どこに集まりましょうか?

毎回お高いレストランじゃあ続かない

し、お安いお店は出入りが激しくて落

ち着かないでしょうか。


お店じゃなくて、だれかのおうち。

持ちよりparty。

ちょっと手軽にホームパーティ。


だれかのお家に招かれて集まりましょ

うか。

場所があれば人は集まりたいと思うで

しょう。


昔でいえば、きっと井戸端に集まって

何かしら話に花を咲かせていたので

しょうか。


つい何年か前までは、深夜営業のコン

ビニの前に少年少女たちが集まってい

ましたね。

彼らにとっては、暗くても明るい安心

な場所だったのかもしれませんし、集

まれる場所だったのでしょう。


場所がよい場所なら、健全で、よくな

い場所なら不健康?


どこの場所がよくて、どこがよくない

とは線引きが難しい場合もあります

ね。😅


集まりたいと願うものなのですね。


孤独が好きだと言いながらも、どこか

のだれかとなら集まりたいと思ったり

もするものですね。


場所が先か人が先か?


わたしは、人は場所を必要としている

んだと感じでおります。


無条件で安心出来る場所を。

ホッとくつろげたり肩の力を抜ける場

所を。

そして、その場所に気のおけない人が

おれば、最高の場所ではないでしょう

か。


昼間なら、開いている聖堂もあるで

しょう。

でも、お祈りする場所で沈黙ですね。

教会にお部屋があいていれば、信者さ

んが分かち合いなどをして集まってい

るかもしれませんね。


共に集まる場所があれば、わたしたち

もっとお互いのことを分かり合えたり

助け合えたり励まし合えたり出来るの

でしょうかと。


確かに、人間の関わりのなかに煩わし

さがあるというのは否めませんが、そ

れであってもたまにはどこかの場所に

集まりたいという気持ちも消えはしま

せんね。✨


きっと神さまは楽しいことも悲しいことも一緒にくださり、そこからたくさんのお恵みもくださろうとされているのかもしれませんね。😊💐



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賛否両論にはつけないけれど…

2017-10-17 20:16:55 | 日記
最近、何を見ていても好きか嫌いか、

いいか悪いか、どっちを選ぶかなどと

いう、選択を迫られる場面をよく見る

ようになりましたね。


どちらでもいい。


と言ってしまえば面白くない人間に思

われるかもしれませんね(笑)


答えがないわけでもなく、やはりどち

らでもいいとしか言えないのです。


ものごとの問いかけにおいて、賛否両

論になり、percentageでも半々になる

ことが多くなりましたね。


賛成をいえば、かならず反対を言いま

すね。


それほど、皆が自由に選択出来るよう

になったということでしょうか。


自分の頭で考えるようになったという

ことは本当に素晴らしいことだと思い

ますが、考えるはばがせまくて、相手

をけなして自分はこれというだけで終

わってしまうのもどうかなと思うので

す。


わたしが賛否両論のどちらにもつけな

いのはそういう部分なのかもしれませ

んね。


賛成だけど否でもあり、否であっても

賛成のところもあるという具合です。


これは優柔不断なのでしょうか?


むしろ、賛否両論に外れた考えを持っ

ているということでしょうか。


そうなれば、非常に少数派になってし

まい、やはりどちらかを選びなさいと

いうことになってしまうのでしょう。


そして、どちらかを選びなさいとなれ

ば、どちらでもいいとしか言えないの

です(笑)😅


どちらにしても、利点もあればそう

じゃない点も両方ありますし、人間が

いつも半々に割れるのもわかる気がし

ますね。


人の考えはいかなる場合においても不

完全さを抱えていますね。


ですから、どちらを選ぶにしても、い

つもプラスアルファを求めてしまうのです。


神さまの視点で物事を考えてみます。

神さまのお望みを頭に入れて考えてみ

ます。

神さまのお計らいはパーフェクトです

から、間違えたと気がつけばそこか

ら、また善い道が備えられますから。


選びようのない現実であっても、わたしたちがそれぞれに選んだものは、きっと神さまの御手のなかで大きく揺り動かされて行くことでしょう!😊





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