aratana!

前田新奈 BLOG

心暖まる1日。

2017年03月27日 00時44分05秒 | niina
本日は母校関係のイベントで踊らせていただいておりました。
同級生のボーカリスト川村亜紀子さん、そして川村さん呼んでくださったピアニスト太田圭規さんとトリオにて。
お二人とは一度顔合わせリハーサルをしたのみで本番に挑みましたが、全てが程よい空間で良い時間が流れ、のびのびと踊ることができたという感触。暖かい時間でした。


夜はとても久々、山崎阿弥さんのライブへ。
@LADY JANE

彼女は本当にオリジンな人。
数年前に共演した際、初めて彼女の声を聞いた時の不思議な感覚と言ったら。。
そこかしこにある、目に見えないものと共鳴し、対話している感じ。
自分の中に乾いた部分があるとしたら、そこに潤いのしずくを落としてくれたような、そんな感じでもあります。
昨日で第二部が終わったNHK「精霊の守り人」のナレーションなどもされている方です。
本日ご一緒されていた太田恵資さんのバイオリンもいつもながら素敵。
確固とした世界観がありながらどれだけ引き出しあるのだ〜〜という柔らかさには、いつもやられてしまいます。

ということで、
冷たい雨が続きましたが、とても心あたたまる1日でした♡
はあ。
おやすみなさい♪
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南端の島へ

2017年03月13日 10時00分46秒 | niina
先週、少々お休みをいただき石垣島に行っておりました。


シーサーがお出迎え。



ゆっくりと流れる時間。



都会の便利さに飼い慣らされている自分を思い出す。。



地元の方が話してくれる、沖縄のこと。
知らないことだらけで。



石垣から羽田は約3時間、こんなに簡単に移動できてしまうなんて。



ご飯が美味しかった♪



八重山ミンサーに惚れました。

「いつ(五つ)の世(四つ)までも、末永く」という、愛情深い意味を込め八重山地方に織り継がれています。
みんさ帯は、女性から男性への特別な贈り物だったそう♪
でもこれは自分へのお土産(笑)


じっと椅子に座って本を読みふけって妄想するのも、こうして遠くまで行きその土地を肌で感じるのも、どちらも大事な時間だなと思う旅でした。


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混沌とした日々から

2017年03月06日 22時20分05秒 | for aratana future
「過去に折り合いをつける」。
そんなテーマでふと始めてしまったシリーズ、5回目の今日は、前回の投稿の時期以降、自分に取り込もうとしていたことについて書いてみようと思います。

ドイツに発つ2010年末までは、とにかく新たな経験をすることが第一、それが本当に必要かそうでないかなどは疑う余地もないという勢いでなんでも前向きに自分に取り込もうとしていました。

日舞・演劇・舞踏・人形劇などを学び、未國やコンテンポラリーダンスカンパニーへの参加と振付も。
クラシックバレエの舞台では、古典・創作にかかわらず、多くの舞台の仕事をいただき、新国の舞台も年に一度程度ではありますがお声がかかったり、どれも重要な役柄で充実していました。
また、とても濃い出会いもあったり、大切な人があの世に逝ってしまったり、、今までになく感情を揺さぶられてもいました。
忙しい毎日。

かといって、これらの経験同士が繋がったような感覚は得られておらず、どれも掴む前に通り過ぎてしまう印象で、今考えるととても混沌としておりました。
「自分はこれを続けていて良いのだろうか?」と常に不安がつきまとった時期でもありました。

様々なものの中から常にダンサーとして追い求めたことのひとつは、舞台上でいかに自然に存在するか、ということ。
これまでは、バレエという型をもつことで自己を確固たるものにし、だからこそ、同時に自己を捨てられると感じていました。
いま、型がなくなっても(わたしの身体に染み付いた型がなくなるということはあり得ないのですが、それに頼らないという意味で)いかに自然に存在し、かつ存在感を持てるか。
迷走する日々。

不安だけどひたすら前に向かっていた自分は、いったい何に支えられていたのか?
・・・ひとつは、決して「無理」と思いたくない、やらねば後悔する、そんな強気な心。
そして、もうひとつは、大きな愛を持って私にアドバイスを下さる方々の存在でした。

そんな中で生まれてくれた、ある作品を忘れてはいけない。
それは、大野一雄舞踏研究所で踊らせていただいた「ヒマワリ」です。
そして、新国立劇場での「Snow Lotus -雪蓮華」も印象的。


2010年1月「ヒマワリ」より@大野一雄舞踏研究所 (大野義人先生監修)


「ヒマワリ」はスタジオパフォーマンスだったのですが、動きは本当に最小限度。
今にも燃え尽きそうな、カサブタの中のミクロのいのちの輝きの唄、みたいなダンス。
この時はじめて私は、目に見えないとてつもない大きなものを、自分という器に投影させ踊れたような気がしました。
踊りながら、たくさんの無垢ないのちがケラケラと笑いながら上から下へシューシューと流れ星のように流れるのを見ました。
嘘のような本当の体験。このことは誰にも言ったことなかったかもしれません。(リハーサルでしたが)
踊り終わると、周りが涙を流している、けれど当の私は至ってすっきりと冷静だったこともまた印象的でした。
本番後は、大野義人さんに「色即是空ですね」と言っていただき、それはもうとてもとても嬉しかった。
今も大切にしている言葉です。
あのスタジオにはきっと、特別な魂が生きていたのだと思います。

2010年5月 新国立劇場バレエ団公演より

そしてもうひとつは、新国立劇場バレエ団での最後の舞台となった、井口裕之振付「Snow Lotus -雪蓮華」主演のときのこと。
作品の内容が自分と重なる問題を孕んでいたことから始まり、身体的にも、音楽的にも作品が出来上がるにつれどんどん共感できるものになっていきました。
テーマは重かったけれど、その題名の通り、雪の中にふっと咲く花が舞うようなダンスになっていました。
体力的に非常にきつい内容で、リハーサルの後は本当に毎回ヘトヘトで電車でカックンカックンしていましたが(笑)、心から楽しんでいました。
これが自分にとって新国ラストの作品だったことはとても幸運です。

そうそう、最近、その井口くんと久しぶりにチャットをしました。
「久しぶり〜、元気〜?」みたいなやりとりでしたが、こうして作品を創ったり踊ったりしている同世代が少なくなった今、こうしてたまに近況を覗き合うことはとても励みになるね、と、お互い応援しあっていることを確認した次第です。心が和みました。



さて、また長くなってしまいました。
そろそろまとめに。。

最近、ようやく少しずつ、これまでのことを客観視できるようになったというか、少しずつ繋がってきたような感覚があります。ここまでやってきたことが、今の自分と折り合いがついてきたのかもしれない。

作品に取り組む姿勢が「should」から「want」になりつつある。
なんというか、心もちが違うのです。
私に訪れた必然のような偶然の出逢いのおかげさま、と感謝するばかりです。



今日も長々と、
ありがとうございました。




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どこでもドア!

2017年03月05日 12時51分55秒 | for aratana future
早くも4回目です(笑)

前回投稿のラストにて、‘挑戦と妄想と迷走(笑)の日々がはじまった’ と書きましたが。。。

振付活動としての ‘挑戦’ は、最初の作品「くろカミ」(2005年)に続き、翌年に「白鳥」を谷桃子バレエ団にて、2009年には東京シティバレエ団にて「イバラ」を創作する機会をいただきました。
また、2002年から活動しているカンパニー未國での振付も、2007年ごろより開始していました。


「くろカミ」より
こちらにも。



「白鳥」より
  




「イバラ」より
こちらにも。



これらの挑戦で私は何を感じていたのか。。。
ズバリ、「テーマがない。」
ということでした。
ずっとずっと、他者のテーマの中で、求め求められ、入ってきた私には、自分の言いたいことが何なのかがわからない。

何作品か作る中で共通して浮かび上がるものは『目に見えない想い』みたいなことでした。
『想い』は、『愛』と同義語だと思っていて、生きていく中で、人や動物や自然とのコミュニケーションの全ての根本には、もちろんこれらがあり、これなくして繋がりや喜びを感じることはできません。

これが、テーマといえばテーマかもしれない。でもこれは漠然としていてふわふわしている。
自分が何をどういう目線で捉えているか、目に止まるものは何か? 目に止まるものって自分にとってどんなものか。
もっと具体的に身近にあって見落としがちなものなんじゃないか。。。

 ーーまだまだわかりません。

ただ、今ひとつ思うことは、観客は、ものでは得られない何かを感じたくて、劇場や映画館や美術館に足を運ぶのだということ。
自分の琴線に触れる何かを求めている。感情を揺さぶられたい。或いは何か未来へのきっかけを求めているのだと思います。
より良い明日のために。

私たちは感情や感覚が行き届くよう鍛錬された身体を通じ、表現をし、観客の方々とコミュニケーションすることが使命です。
テーマに必要なのは、その「コミュニケーション」への視点なのだと思います。
今年はこの漠然を具体化し、ひとつかたちにしたいと思っています。

ダンスには、一瞬にして、「どこでもドア」のように、ある世界に連れて行ってくれる力があります。
(音楽がもっともそうかもしれませんが)

no music, no life
と同列に、
no dance, no life
を置きたい。



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いちダンサーとして立つ

2017年03月03日 23時35分36秒 | for aratana future
突如始めました、過去のお話シリーズ、調子に乗ってきました(笑)。
3回目の今日は新国立劇場に入団して数年経ったときのことを。

前回投稿の新国立劇場時代、私はバレリーナとしての役割、そしてそれを遂行する喜びを心から味わっていました。
自分にフィットする役に巡り合った時の喜び、その役を全うした後の爽快さを伴った充実感、お客様の喜ぶお顔を拝見できた時、客席から「ブラボー!」の声が飛んできた時。。。
でもやはり私が何より嬉しいと感じたのは、作者や演出家から認められた時でした。

自分の能力を生かすために役を掴むまでは勝負の世界。
そうして作者との対話、役との対話、そして自分の身体との対話が始まる。
いくら踊りを愛し、テクニックもセンスもあったとしても、‘勝負心’と‘忠誠心’を持てなければ、おそらくバレエダンサーにはなれないでしょう。もうこれは、それが良いのかどうかとは別の話で、実感として本当にそうなのです。

ただ、ある時から「それらだけでは絶対にダメだ」、という気持ちが私の心を支配するようになりました。
「バレエダンサーはもっとこうあるべきだ」とかそういうことではなく、ただただダンサーとして、自分がどうなっていきたいかという ‘欲求’ みたいなものが浮かんできたのです。

その ‘欲求’とは、
「いちアーティストとして立つ」こと。

私はアーティスト(自ら創り出す人)を尊敬してやみません。
そういう方々と出会い、語り、創作できる自分でありたい。それには一人のアーティストである必要がある。でも今は一人では立っていない。だからそのために、今とは違う努力や経験を積む必要がある。
そう強く思いました。
「いちアーティスト(ダンサー)として立つ」こと、それは、勝負心と忠誠心とは無縁の、自由で自発的な表現者であること。
実は、バレエダンサーの性質では、それは簡単ではないことなのです。

「自分のやるべきことかどうかも、自分にできることかどうかもわからないけれど、やってみるしかない。新国を離れよう。」
2004年、新国に入って約7年経った時の決断でした。

7年いうと長いようですが、あっと言う間。
芸術監督の交代や作品レパートリーの変化、団員の入れ替わりなど、団の目まぐるしい毎日がようやく安定してきたときでしたので周りは驚くばかりでしたが、迷いはありませんでした。

それから契約ダンサーから登録ダンサー(※)に移り、しばらくは、谷桃子バレエ団にて再び活動をさせていただいていました。

そして運良く、新たな経験の場が。
当時、谷バレエ団には「Creative Performance」という、団員が自分で手をあげ、団員をキャストに作品を創れる、という素晴らしいチャレンジングな企画がありました。一流のスタッフ、本番は東京芸術劇場の小ホール(当時)。なんという幸運。もちろん手を挙げ、はじめての作品「くろカミ」を創作。
ここをスタート地点として、あらたな挑戦と妄想と迷走(笑)の日々がはじまったのです。

(※)契約ダンサーは、すべての公演に出演するダンサー。登録ダンサーはお声がかかった時のみ出演するダンサー。

と、いうことで、また次回。。
本日も長々お付き合いいただき、ありがとうございました。


シンゴジラ、個人的にも昨年一でございました♪
この子が無性に好き!
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絵が教えてくれたこと

2017年03月02日 19時27分03秒 | for aratana future
こんばんは。昨日から突如始めました、過去のお話シリーズです(笑)
2回目の今日は、バレエ団に入りたての頃のことを。
今回は「過去に折り合いをつける」というようなテーマではありませんが、このころずっと密かに思い悩んだ、‘仲間とのコミュニケーション’ とその先にあった学びについて。
ある一つのきっかけとして‘絵を描いたこと’が、自分にとっては非常に大きかったということを記しておこうと思います。

谷桃子バレエ団に入団したのが18歳、新国立劇場に入ったのが21歳の年でした。
私はひとりっこ、うちは親戚付き合いもあまり活発な方ではなく、ずっと東京育ち。
さらに小学校から高校まで一貫教育の学校だったので、生活すべてにおいて、どちらかといえば狭く深いコミュニケーションをしてきました。
谷バレエ団は高校1年生の時から研究所に入り関わっていたので、団員になってもそこまでの新しい環境というわけではありません。
ですので、私にとって「新国立劇場バレエ団」が、一人の社会人として、多くの人たちと新しい人間関係を作らねばならない最初の場所だったのです。

新国立劇場は、言わずと知れた、日本初の国が運営するバレエ団です。
私が入ったのは開場と同時だったので、当然オーディションも盛大に行われ、全国から、また海外から(正確には海外で踊っていた日本人ダンサー)も、多く参加しました。
このオーディションの経験はとても勉強になりました。
あるレベルのラインを超えてからは、自分の良さみたいなものを出せるかどうか、エネルギーを伝えられるかどうかが、入団への鍵になってきます。
書類審査を通った約400名のダンサーの中から、数十人が選ばれ、さらにソリストとコールドバレエに選別されました。
現在はプリンシパル〜アーティストまで、5段階の階級のようなものがあるようですが、当時はこのソリストとコールドという、2つの階級しかありませんでした。
私はソリスト候補に選ばれ、最終審査に挑んだのですがそこで残念ながら選ばれず、コールドバレエダンサーとして契約することになりました。(ソリストになったのはその2シーズン後。昇格はバレエ団初のことで東京新聞にも載り嬉しかった思い出。)

入団してリハーサルが始まってからは、ロシアからいらした振付家や先生方に厳しく指導され、同年代の血眼のダンサーたちと顔を合わせ、毎日が新鮮で充実していた分、厳しい精神状態が続きました。
とはいえ、私はコールドバレエのダンサーだったけれど、役を頂いたことで充実感もあったし、何の問題もなかったはず。
それでも、こんなにもたくさんの新しい人と過ごす毎日へのストレスは私にとっては結構なものでした。円形脱毛症にもなった。。。

当時の私は踊り以外ではなかなか自分から何かを表現できなかったのです。
周りとのコミュニケーションは決して悪いわけではなかったけれど、もうあと少し、表面的なだけでなく心が通う何かきっかけをしばらく探していました。
今では大好きな飲みの席(笑)も、おしゃべりも、当時はあまり気が進まない。どちらかというと付き合いの悪い人。
ではどうしたら良いか。。。

思いついたのは ‘絵を描くこと’ でした。
最初は何となく書いて、そのうちTシャツに描いてお誕生日の人にプレゼントしたり。
それがだんだんみんなに広まって、結局バレエ団のほぼ全員が一枚は私の描いた絵のTシャツを持つようになりました。
ピアニストさん含め全部で40枚くらい描いたでしょうか。
おかげさまでその度にお一人お一人とにこころが通う感覚があって本当に嬉しかったのを覚えています。
それからバレエ団のTシャツも製作させてもらったりしましたが、その時気づいたことは、誰かのために描くことが重要だということ。友人でもバレエ団のみんなでも。相手がいないと手がなかなか動かないのです。

その時思いました。
《私はバレエを誰かのために踊っているのだろうか?》

もちろん、答えはyes。 観客のために。
もちろん見に来てくださるお客様や、家族の喜ぶ姿を想像もします。
けれども何となく絵で感じたこととは違っている。

作品の演出家の意図を体現し、喜んでもらいたい。認めてもらいたい。
それが一番なんだと思いました。
作品のために踊る。作品のためとは言っても、その中で自分の表現と折り合いをつけながら最大限に良いものを出していく。
バレリーナはそういう役割です。
バレエ作品のために、ある意味一つのコマとなるのです。
それまでこんな基本的なことを考えたこともなかった自分を恥じながらも大きく納得したのでした。

絵がもたらした思わぬ気づき。
そしてそのことに気づいたと同時に、表現というものに対し、また別の想いが湧き上がりました。
それはまた次回に。。。



本日も長々とお付き合いいただき、ありがとうございました!



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我が師への反抗

2017年03月02日 01時07分42秒 | for aratana future
少し前のブログに書きました“熟成”の日々、まだ続いています。
かなりたくさんのものを見たり聴いたりする中、自分の中に引っかかるものをわざとしばし野放しにして、ある時何か繋がったように感じたら書き出す、そんなことを繰り返しています。

今のタイミングで出会う作品や人、物事、すべて必然に感じてくるのですから、不思議です。
自分の中のどこかが研ぎ澄まされていく感覚もあります。

引っかかってくる言葉の一つに、「過去」があります。
とある演出家の言葉。「人はいつでも過去と対話している」
またある演出家の言葉。「過去は共有できない」
(言い切ってしまうことではないのですが、私が聞いた時の状況もあるので、そこは割愛。)

どちらも心あたりがある言葉です。
作品というのは、人それぞれが心に描く、過去・現在・未来のどこかにひっかるものが根底にあるのだと思います。


自分の「過去」を「今」そして「未来」につなげるためには、ポジティブにのみ捉えるでも、ネガティブにのみ捉えるのでもなく、冷静な解釈と意味づけが必要なのだろうと思うのです。
自分は自分の過去に折り合いがついているのだろうか? 少々過去に遡ってみたい気持ちになりました。

と、いうことで思い切って遡ってみます。
さて、いつまで遡ろうか。。。
初めて我が師に反発心を自覚し長く引きずった時期のこと。他人との関わりの中で最初のインパクトは、やはりこの頃かもしれないな。

私の最初の師匠は「堀本卓矢」先生、そして奥様だった「成子」先生。
小学校3年生の時からお世話になりました。
卓矢先生はオペラ出身のダンサーで、平成3年には、創作バレエ「メリーウィドウ」で芸術祭賞を受賞したこともある振付家でもありました。
その後、文化庁派遣の在外研修にてスウェーデンに行かれたと思ったら途中からアフリカに行き、真っ黒に日焼けして民族衣装を着て帰国。その年の発表会での子供達への作品は、なんとアフリカンダンスを取り入れたものでバレエではなかったけれど、とっても素敵だった。おおよそバレエの先生のイメージとはかけ離れたお人。

そんな先生の作品は私にとってとても刺激的で楽しかったが、ウブな私には刺激が強すぎることも多々ありました。
まだ異性と手もつないだこともない頃に踊らねばならなかった「サムソンとデリラ」。
タバコなど吸ったこともないのに吸わねばならなかった「カルメン」など。
でもこれらは踊りの範疇だから良かったのですが。

先生の芸術祭賞受賞からも月日が経ち、私が高校を卒業する頃になると、私たち生徒のリハーサル中にワインを飲んでいたり、家でも色々と荒れていらしたよう。
お酒のこと以外も、稽古場では師匠らしからぬ発言や行動があったりして、だんだんと何かが壊れていってしまわれた。
芸術家として一つ形になってから、それを持続することの難しさ、厳しさ。そういったものがあったのだと思います。
もちろん、その頃の私には計り知れず理解の及ばないこと。
私はそんな先生に対してどうしようもない怒りに苛まれ、毎晩電話をしては、あるいはかかってきては、喧嘩をしてしまっていました。今思えば師匠にあのような態度をとるなど、普通の状態では考えられません。
私も何か壊れかけていた部分があったのかもしれません。
先生にとっては、私は一番弟子のようなもの。とても可愛がってくださったけれど、かわいさ余って憎さ100倍、というのはこのことか、という経験の毎日。師匠と弟子を超えた気持ちさえあったのではないかと感じていた。
バレエ団に入ってもちょっとしたことでバレエ団まで電話がかかってくる。
当時は携帯電話がなかったので先輩もいらっしゃる更衣室についている電話にて話すことになってしまったり。

先生を一番に、忠実に、しかも先生の世界を体現し、完璧でないと怒りが爆発してしまう。
一方で、古典バレエという世界での経験が少なかった先生は、私が15~6歳になった頃から、私にバレエテクニックを教えることをやめてしまった。

そうそう、それで思い出したけれど、14歳で初めてパドドウ(男性と組む踊り)を踊ることになった時、肩に乗せるリフトを先生自ら、やってみてくださったことがあった。頑張ってくださったんだろうけれども、初めての私はどーんと乗って先生は支えきれず、肩の高さから床に落ちてしまった。今思えば多分尾てい骨折れてたな(笑)。

まあ、それは良いとしても、とにかくそんな感じなのでコンクールも一人で行って一人で賞を取って一人で静かに喜んで帰ってくるとか、そんな感じで、囲われてるんだか放って置かれてるんだかわからない状況。

それから私が新国立劇場バレエ団に入団してしばらくは、離れた状態が続いていました。

そしてある日、新国立劇場で「白鳥の湖」の舞台稽古をしていた時、先生の訃報の知らせがきました。
ご自身の故郷、徳島にて、自ら逝ってしまわれた。
私は一瞬涙したけれど、それは何だか悲しみとはまた違ったものでした。
その日に至るまでに、数年の間にすでに二度ほど、未遂があったことを知らされていたこともあり、もうどこかでわかっていたような、それでいて遠く徳島での出来事で現実味が全くないことが相まって自分自身、どんな気持ちなのかわからない、そんな感じでした。

それから十数年。。。
まさか自分が、先生が作品を出していたバレエフェスティバルに作品を出すようなことになろうとは。。
そして自分の振付の中に知らず知らず先生が時折顔を出すのです。
昔の発表会のビデオを見て愕然としました。
全くと言っていいほど同じ振付を発見してしまったのです。
私の記憶からはもうすでに消えていた踊りでしたが。

でもそれを見たとき、この時期の自分には折り合いがついた、と思いました。

過去というのはそのときの感情とともに残るもの、多感だった頃に大きく関わった先生の思い出だけに、決して良いものとは言い切れませんでした。でも、こうして私の感情を超えて、身体は踊りを喜んだことを覚えていたのです。
今の私を形作った、大きな大きな力だったのです。
やっと、今までとは違った、感謝というようなものが湧き、腑に落ちた日でした。
ただ、やはり、芸術家も命あってこそ。そこだけは。。

長くなりました。。。

基本的にはこうして書くことが好きなようです。
お逢いしたことのない先祖、父方の祖父、鳴山草平の血を頂いたからかもしれない、と思っても良いのだろうか。。。

次回は、バレエ団初期時代のことを書きたいな、という気持ちになっています。


こちらは堀本卓矢振付「カルメン幻想曲」(1986年)
(文中に出てきます“カルメン”ではありません 笑 )


それでは、、
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。



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たまたま、ご縁。

2017年02月23日 09時37分31秒 | niina
ここひと月弱、「たまたま」な出来事が頻発しています。
しかもすべて、表参道にてだったり、表参道がキーポイントだったりしています。
縁起(ご縁を感じられる場所!)の良い街なんだな〜と思うばかりです。

そして今日は、「NASAの重大発表ってこれだったのか!」から始まった朝でした。
先日読み返していた、手塚治虫「火の鳥」未来編が頭に浮かんでしまった。
もしそこに水や酸素が存在して生命体がいるとしても、、、
パッと見て青い美しい星だったとしても、、、
実は星全体が人食い!みたいな、足を踏み入れることは不可能な星かもしれない。。。
恐ろしい、、などと思ってしまいました。
登場する星や宇宙の描写・ストーリーは、ファンタジーにとどまらない現実味があって怖い。
火の鳥未来編はとても壮大で、魂のお話です。大好きですが。


もし宇宙なんていうスケールの中に身を投じたら、相当価値観が変わるんだろうな。
凄いことが起こりそう。
海外に出ればもちろん変わるし日本の中でも変わるのだから。

でも、思うんです。すぐそばにある出会いや体験は計り知れない価値を持っている、と。
日々ご縁によって色々な人、物事、価値観に出会える。ご縁がまたご縁を呼ぶ。
自分の価値観は柔軟なものでありたい。

そして、この舞台に出会えてよかったな〜、と感じてもらえるようなものを創りたい。


明日もまた、ご縁がご縁を呼び込む日になりますように。
表参道には行かないけれど!(笑)




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『あなたのためのヴァリエーション』クラス募集開始

2017年02月16日 10時17分41秒 | クラス・ワークショッ...
昨日より募集を開始しております。
「あなたのためのヴァリエーションクラス」(3・4月期)
Angel R Dance Palace表参道校でのクラスです。

私がこのクラスを開催するのは約5年ぶりですし、とても楽しみにしております♪
古典バレエ現役時代に踊ったヴァリエーションを数えてみれば、、、
わたくし、なんと約30曲!
何かをお伝えできれば幸いです。

このクラス内容では初の、ピアノ生演奏のクラスです。

詳細はAngel R Dance Palace
お申し込みお待ちしております。



古典の写真を何か。。ということで、山本隆之さんとの「ドン・キホーテ」を。
懐かすい〜^^

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Leonard Eto Firebirds Live リハーサルスタート!

2017年02月15日 20時37分48秒 | Performance2017
昨日からはじまっています、Leonard Eto Firebirds Liveリハーサル。

今回の臨場感はちょっと特別!
ライブハウスだからというだけでなく、舞台を三方から囲うかたちの客席を設置するからこその距離感です。
太鼓と身体表現、シンプルにただただ、感じていただけたら。。

レナードさんの舞台は、昨年11月のツアーぶり、東京では昨年8月「Silently She Dances - 静かなるダンス」以来です。
昨年の作品とはまた全然違った味わいのライブ空間。 東京ではお披露目していないものも含め盛りだくさん。

どうかお楽しみに! お待ちしております♪



レナード衛藤 ファイアバーズライブ

叩いて、叩いて、叩いて、描かれる世界
客席にステージを設置
三方を囲まれたステージは臨場感マックス!

日時:
4月19日(水)
4月20日(木) 
開場18:30 開演19:00
@代官山・晴れたら空に豆まいて

出演:
レナード衛藤(太鼓)、小泉謙一(太鼓)
小島千絵子(踊り)、森本京子(ダンス)、前田新奈(ダンス)

前売 4,500円+1ドリンク(当日+500円)
お問合せ・ご予約 晴れたら空に豆まいて
http://mameromantic.com/?p=50300 
tel. 03-5456-8880
東京都渋谷区代官山町20-20 モンシェリー代官山B2



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