マンション霊園 値上げの危機か

「宗教不問」は宗教ではない?

苛政は虎よりも猛し

(「苛政」とは、重税・弾圧などが厳しい政治のこと。酷政。
孔子が泰山のふもとを歩いていると、一人の婦人が墓の下で泣いており、そのわけを聞くと婦人は「夫と子供と舅が虎に食い殺された」と答えた。
孔子が「それならば、何故この地から出て行かないのか」と尋ねると、婦人は「ここでは税金を取り立てるむごい政治が行われていないからだ」と言ったという故事に基づく。)

法律 とくに税制が よき風習 社会を破壊する

その 一例にならなければ いいのですが↓

週刊ポスト2017年6月23日号

マンション霊園 値上げの危機か

低価格で人気の「マンション霊園」、課税強化で値上げラッシュか

 都心部を中心とした「墓不足」が社会問題化している。解決の処方箋になり得ると期待されるのが、都心に建つ“新しいタイプの墓地”だ。だが、そのビジネスモデルの根幹を揺るがす問題が浮上している──。

“地方から東京に出てきてそのまま歳を取り、気が付けば入る墓がない”“故郷に残した墓の面倒を見られる人がいなくなったが、お骨を移す先がない”──そうした悩みを抱える人が東京近郊などで新たに墓を建てようとすると、数百万円単位の資金が必要になることは珍しくない。

 そこで近年、急増しているのが、「ビル型納骨堂」「マンション霊園」などと呼ばれる新しいタイプの墓地だ。

 ビルのなかに小さな納骨スペースを大量に備え、数千から1万基近くの“墓”を収容する。屋外の墓地に一基ずつ立てられた墓を「一戸建て」とするなら、ビル型納骨堂はまさに「大規模マンション」である。

「宗教不問」は宗教ではない?

“墓参り”の際にはロッカーのような納骨スペースに直接お参りするものもあれば、ICカードをかざすと骨壺がベルトコンベアで運ばれてくるタイプもある。

 アクセス至便の立地ながら、土地代も墓石代もかからないので価格帯は80万~100万円が主流だ。2013年にオープンした安養院ひかり陵苑(東京・品川区)の広報担当者が説明する。

「購入する方は大きく3パターンに分けられます。田舎のお墓をたたんだ場合、配偶者に先立たれた場合、そして生前墓として自分の墓を購入する場合の3パターンです。当施設は『永代供養墓』で、“お墓の面倒を見る人がいなくなっても誰にも迷惑をかけない”というのも購入動機になっていると思います」

 また、「自宅を引っ越す際も、墓石がないので解約しやすい」(早稲田納骨堂・広報担当者)といった反応もあり都市部に暮らす中高年層のニーズに合致している。

 だが、こうしたマンション霊園に「値上げラッシュ危機」が迫っているという。発端は、東京・赤坂の一等地に建つ「赤坂浄苑」に下されたある判決だ。

 地上5階建てで約3700基を収容できる赤坂浄苑が完成したのは2013年のこと。宗教法人の場合、宗教行為に関わる事業の法人税、施設の固定資産税などが非課税になる。しかし、2015年に東京都は赤坂浄苑を運営する寺院・伝燈院に対し、「建物が本来の宗教目的で専ら使用されていない」として、固定資産税などの支払いを求めたのである。

 ポイントは施設が「宗教不問」を謳っていたことだった。“どんな信仰の人でも墓が買える”となれば、もはやそれは宗教施設ではない──そんなロジックで当局が課税を考えたわけだ。「販売業務を民間企業に委託していたことも“宗教ではなくビジネス”と指摘される要因となった」(寺院関係者)とされる。

 寺院側は課税の取り消しを求めて裁判を起こしたが、昨年5月、東京地裁で敗訴。控訴しなかったため判決が確定した。マンション霊園の多くは「宗教不問」を掲げているため、課税強化が他の施設にも広がるのではないかと危惧されている。行政書士で葬祭カウンセラーの勝桂子氏はこういう。

「ベルトコンベア・システムの保守・管理などを適切にやろうとすれば、ビル型納骨堂の運営にかかる経費は決して小さくなく、安すぎる施設には注意が必要です。さらに今後、“ウチも課税されるかもしれない”というリスクを織り込み、販売価格を上げる納骨堂が出てくる可能性は大いに考えられます」

 当局による課税強化の動きへの反応は様々だ。2014年に完成した新宿瑠璃光院白蓮華堂も「宗教不問」を掲げる。

「お寺は浄土真宗ですが、納骨堂は宗教・宗派を問いません。神道やキリスト教、ヒンズー教など、他宗教の方のお墓もあります。ただ、私どもは販売もお寺の職員がやっていて、営利企業が入っていた赤坂のケースとは根本的に違うと思っています」(広報担当者)

◆「弔いたい気持ち」はどこへ

 宗教か、ビジネスか。行政による二分法の議論からは、抜け落ちている視点もあるだろう。

 寺院がその信者にあたる檀家の葬儀や法要などを執り行なうための存在であるのは当然だが、多くの日本人の「宗教観」に変化があるのも確かだ。宗教不問の施設を選ぶ人に特定の宗派への信心はなくとも、亡くなった両親や配偶者をきちんと弔いたい気持ちはある。それに応えようとするのが新たな時代の宗教の在り方という見方もできる。

 埼玉県熊谷市にある見性院住職・橋本英樹氏は「宗教不問だから税金を払え、という行政の議論はあまりに乱暴」と憤る。

「大事なのは、寺院や僧侶が主導権を持って運営しているか。単に遺骨を入れる場所を売っているのではなく、供養したいという人の気持ちに応えるために運営されている施設であれば、それは宗教活動ではないか。行政は表面的な要件ではなく、個々の施設の実態まできちんと見るべきだ」

「宗教とカネ」をめぐる論争は簡単には収まりそうにない。

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