加計問題で分かった やっぱり文科省には「解体的改革」が必要だ

彼らは天下り先がなくなってしまう。だから反対する それは法律違反だぞ と

多分 財務省が 特任チームをおいて 長谷川さんのあら捜しをしているんでしょう 麻生は見てみぬふり?

長谷川 幸洋

やっぱり文科省には「解体的改革」が必要だ 天下り先を守るための「抵抗」ならば  

門前払い」の告示は廃止すべき

安倍晋三首相が獣医学部の新設をめぐって、6月24日の講演で「愛媛県今治市だけでなく、速やかに全国展開を目指す」考えを表明した。私は先週のコラムで政権に抜本的な対応を求めたばかりだ。そこで今週も続編を書こう。

先週のコラムでは、文部科学省が獣医学部や歯学部、医学部の新設を告示で門前払いしている問題と獣医の需給見通しを示さないのは文科省の責任逃れという2点を指摘した(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/52105)。これは国家戦略特区のワーキンググループや高橋洋一さんが早くから問題視してきた。

学校教育法は「(大学は)設置基準にしたがって設置しなければならない」(第3条)と定めている。ところが、文科省の告示は「獣医学部などの設置、収容定員増は設置の審査をしない」として最初から新設を認めていない。

文科省は本来、法にしたがって設置基準を示さなければならない立場なのだから、門前払いの告示自体を廃止すべきだというのが、私の意見である。

安倍首相は講演で「岩盤規制に風穴を開けることを優先して1校だけに限定して認めた。獣医師会の要望を踏まえた中途半端な妥協が疑念を招く一因になった。今後は速やかに全国展開を目指す」と語った。

首相が言った全国展開の話と告示問題は連動している。今回、今治市に焦点が当たったのは、同市が国家戦略特区に指定され、文科省と内閣府が新たな告示を出して特区に限って学部新設を認めたからだ。これは首相が言うように、いわば中途半端な妥協だった。

全国展開するには、特区の枠組みを残したまま特区自体を増やしていく手法もある。だが、門前払いの告示自体を撤廃してしまえば、学部新設は自動的に全国レベルの話になる。私はこちらのほうが話がすっきりすると思う。

なぜか。理由は2つある。1点目は繰り返しだが、そもそも門前払い自体がおかしい。法律が設置基準を求めているのに、文科省は基準を示していない。示さない理由も明示していない。だから告示を撤廃したうえで、必要があるなら基準を示せばいい。

共産主義的な思考回路

私は文科省が門前払いするのは、どんな理由なのかと思って過去に遡って調べてみた。すると、節目になったのは2002年の中央教育審議会答申である。「大学の質の保証に係る新たなシステムの構築について」と題された答申にはこうある(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/020801.htm)。

〈医師、歯科医師、獣医師、教員及び船舶職員の養成に係る大学、学部等については、過去の高等教育計画において計画的な人材養成が必要とされた分野のうちおおむね必要とされる整備を既に達成したこと、及び、それらの分野についての人材需給に関する政策的要請があることから、現在は全く新増設等を認可していない〉

ようするに、過去に計画した必要数に達した。それから政策的要請があるという2点だ。中教審は文科省設置法に基づく権威ある審議会である。見解は省の方針と言っていい。それが、これしか理由を示せていない。

ライフサイエンスの発展や鳥インフルエンザを持ち出すまでもなく、科学や社会のありようは時とともに変わる。人々が何を学び、何を職業にしようと思うか、その結果として人材がどんな分野に流動していくかは、本質的に市場が決めていく話である。

需要があれば報酬が良くなって、その分野に人材が集まる。需要がなければ人材が離れていく。それなのに「過去の計画」だの「人材需給に関する政策的要請」とは、まるで共産主義国家やファシズム政権を思わせるような書きぶりではないか。

獣医師をどう社会に供給していくかは、官僚が決める話だと思っているのだ。

それは彼らの利害と直結している。大学が文科省官僚の天下りを受け入れざるをえないのは、大学新設を文科省が差配しているからだ。それを市場原理に委ねていけば、彼らは天下り先がなくなってしまう。だから反対する

総理に反対するのは「自己矛盾」

告示廃止で全国展開すべき理由の2点目。もともと文科省自体が「獣医学部の設置は全国レベルで検討する」と唱えていた。それは過去の文科省資料に何度も出てくる。

たとえば「獣医学教育の改善・充実に関する調査研究協力者会議」に提出された2013年2月の文書では、文科省は愛媛県と今治市の特区提案に対して「獣医師養成については入学定員のあり方を含めて検討している。提案内容は全国的見地から議論を進めていく」と答えている(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/koutou/051/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/07/01/1338882_1.pdf)。

文科省は「獣医師不足の地方に獣医学部を作っても、その地方で仕事をするとは限らない」などといった理由を挙げて「特区はダメ」と言っていた。当初から全国レベルで考えるべき話と主張していたのである。

今回、首相が全国展開を目指すと言ったのだから、特区に反対した文科省は歓迎こそすれ「全国はダメ」という話にはならない。自分たちが主張したように「全国的見地から議論」を進めればいいだけだ。

この調査研究協力者会議の結論を見ると、以下のような興味深い記述もあった。

獣医学教育の現状について「最低限共通的に教育すべき内容を十分に教育できていない大学がある」「新たな分野(獣医疫学、動物行動治療学等)への対応が十分取れていない」「大学ごとの分析として獣医師養成課程の規模の小さい大学に課題が多い」などと批判のオンパレードだったのだ(http://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2011/05/23/1306202_01.pdf)。

文科省が設置した専門家会議が「現状に問題あり」という結論を下していたのである。そうであれば、どう改善するか。ダメな大学には退出していただき、新しい大学の参入を促す。競争によって新陳代謝で活性化を目指す。これが規制改革の本旨である。

先の中教審答申は次のように書いていた。

〈現在の規制を残すことについては、大学の質の保証のために実施するものである設置認可制度の改善の趣旨を徹底する観点からは問題があるが、(中略)設置認可制度の改善の観点のみから、これらの取扱いを変更することは困難と考えられる。こうした例外分野の取扱いについては、今後、高等教育のグランドデザインの一環として高等教育における人材養成の在り方を検討する中で更に検討する〉

つまり「大学の質を保証する観点から現在の規制に問題あり」と認めていた。そのうえで「さらに検討する」はずだった。ところが実際は15年間も棚晒しにされ、獣医学部の門前払いが続いてしまった。完全な文科省のサボタージュである。

いま官僚はどういう頭の整理をしているか。先週のコラムで取り上げた国家戦略特区ワーキンググループのヒアリングに、それがよく表れている(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/tiiki/kokusentoc_wg/hearing_s/150608_gijiyoushi_02.pdf)。

この中で文科省の課長補佐は、獣医師の需給問題について「我々は農水省から足りていると聞いているので、関係者も納得するような具体的な需要数を示していただければ、こちらも一緒に検討していきたい」と発言している。

この発言に原英史委員は「挙証責任がひっくり返っている」と反論した。私は先週のコラムで「(需要見通しを提示するのは本来、許認可権限を持つ文科省の仕事なのだから、農水省に丸投げしているのは)ひっくり返っている」と注釈を加えた。

あらためて原さんに趣旨を確認したところ、私の注釈は間違いだった。課長補佐は農水省でなく「学部設置を申請した当事者が需要見通しを示せ」と言ったのだ。それを原さんが「挙証責任がひっくり返っている」と批判したのである。これにはびっくりした。

文科省は、獣医学部を設置したいなら「設置したい人たちが需要見通しを示せ」と言っている。加計学園が設置したいのは、そこに需要があると見込んでいるからだ。需要がないのに巨額投資する民間人はいない

それを文科省が「需要見通しを示せ」と言うのは、よく言って余計なお世話、本質を言えば法律違反の妨害行為である。彼らは自分たちの天下り先を失いたくないがために、「違法行為」を公然と既得権益化しているのである。

前川喜平・前事務次官は6月23日に開いた会見で「政府の中で(文科省と農林水産省の)どっちに挙証責任があるのかという議論は不毛だ。文科省としては多額の投資が必要な分野は一定の計画性をもって人材養成をする必要があるという考え方」と発言している。

この発言に彼らのデタラメさが表れている。挙証責任の議論を「不毛」と切り捨てるのは「役人が需要見通しを作る能力など持ち合わせてない」という真実をごまかすためだ。日本は役人万能の共産主義国家ではないのだから、見通しを示す能力がないのは当然である。

「巨額の投資になるから計画性を」というのもトンデモ話だ。国の税金で獣医学部を作るわけでもないのに、国の役人に言われる筋合いはない。まさに「お前が言うな」だ。そんな前事務次官が、課長補佐を「極めて優秀」と会見でほめたたえているのだから、文科省官僚は上から下まで一色とみていい。

今回の騒動を通じて明らかになったのは文科省の旧態依然たる体質だった。解体的改革が必要と確信した。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 官僚側の目的... 「言論弾圧」... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。
数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。
 
この記事のトラックバック Ping-URL
 


ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません
 
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。