
久しぶりに氷上に流れる「カルメン」の音楽を聴きました。あの音楽を耳にすると、長い歳月を経ても、やはりカタリナ・ヴィット選手の姿が幻のように浮かんできます。安藤美姫選手はこの美しい幻とともに、自分自身で作り上げた課題とも向き合わなければなりません。今シーズンの自分が掲げるテーマを媚びずに演じて、恥ずかしいと戸惑っていたテーマを自分の意志で滑り切り、安藤美姫選手らしい「カルメン」をこれから氷上で魅せて下さい。

しかし、カタリナ・ヴィット選手はあくまで美しい人で、安藤美姫選手につきまとう亡霊ではありません。カタリナ・ヴィット選手は、まるで、現在の状況を見越したかのような素晴らしいメッセージを私達に残しています。
「技術がますます高度になっていく傾向を止めることはできないでしょう。より高く、より多くジャンプ出来ることは確かに素晴らしいことだと思います。しかし、フィギュアスケートはスポーツであると同時に氷上の芸術です。観衆がただジャンプを観るだけでなく、スケートの美に感動して欲しいのです」
当時は、この発言をカタリナ・ヴィット選手の負け惜しみと受けとめる人達もいました。時代は伊藤みどり選手のトリプル・アクセルを賞賛する方向へと進んでいたからです。しかし、私はカタリナ・ヴィット選手のこの発言を、度重なる細かなルールの変更に加え、技術偏重へと向かう現在のフィギュアスケートに対する賢明なる警鐘と受けとめています。
ジャンプを美しく跳ぶというだけではなく、幅5ミリそこそこのブレードにかける重心の位置に細心の注意を払い、次から次へと規定のエレメンツを秒単位でこなし、細かな制約の中で独自の表現力を発揮する、しかもその表現力でさえ、時に主観の採点で評価されてしまう。よくこんな過酷な状況の中で、選手達は平静を保って前向きに進んでいけるものだと私はそれだけでも感心しています。
そういう思いが私の中にあったせいか、ショート・プログラムで氷上に立った安藤美姫選手の表情を観た時には、凄まじい重圧に苦しんでいるように思えて、胸が痛みました。心の中に不安と葛藤と混乱を抱え込んでいるような気配さえ感じました。それとは裏腹に、いやむしろそれも不安の一因なのかもしれませんが、その衣装はとても華やかでした。見様によれば、髪飾りのリボンはディズニー・アニメの世界のようで、それと違和感のある豪奢なネックレス、そしてコスチュームのデザインやカラーを見ると、ハリウッドのスペクタクル映画の中の「お姫様」が着るドレスのようでした。衣装がこれほど変化しても、ぶれずに「魔性の女のデリラ像」を造形し、表現するのは至難の業だと思います。

最初に安藤選手が装っていたデリラの衣装は、古色蒼然な中に神話的な絢爛豪華さがあって、旧約聖書の中のデリラ像を彷彿とさせる美がありました。残照を浴びてそそり立つ古代オリエントの廃墟となった神殿の石柱の背後から、ふと姿を現すペリシテ人の美貌の娘、デリラがまぶたに浮かぶような衣装でした。
それほどあの衣装には、フレデリック・レイトンやアルマ・タデマのような19世紀の画家達が憧憬する神話的な美の世界が縫い込められていました。

しかし、すべてが今始まったばかりです。これから安藤選手の潜在能力と精神性がさらに高まり、その演技が美しく磨かれることを願っています。










確かに、伊藤みどりさんはトリプル・アクセルだけではなく、明るい笑顔、元気溌剌な演技、エキシビションでの楽しい趣向等、数え切れない魅力で、日本のファンだけではなく、世界中のファンの心をとりこにしました。伊藤みどりさんのことを語り出したら、また、それだけで、もう一つプログを立ち上げなければならない程、それほど伊藤みどりさんは素晴らしい選手だったと私も思っています。
特に私の心に深く残っているのは、89年のパリの世界選手権での伊藤みどりさんの演技です。その演技に観客は総立ちで拍手喝采、
また、伊藤みどりさんは、直前の練習で他の選手から怪我を負わされ、演技中にリンクの外に飛び出てしまったこともありましたが、驚くべきは、あっと言う間にまたリンクに戻ってきて、演技を続けたことで、私はその精神力の強さにも感銘を受けました。
伊藤みどりさんがフィギュアスケート殿堂入りを果たしたことを私はとても誇りに思っています。
ジャネット・リンさんの微笑みに日本中がうっとりした札幌オリンピックの頃からのファンでいらっしゃるのですね。それだけ長く深くフィギュアスケートを愛しておられる貴方の純粋な心が素晴らしいです。
私は実はカタリナ・ヴィットさんの「カルメン」からフィギュアスケートのファンになりましたので、今年、安藤選手が「カルメン」を演じることを知った時には、本当はドキリとした
確かに、安藤選手については悪意に満ちた意見が多く、私も貴方と同様、胸を痛めていました。安藤選手本人がどれほど不愉快で辛い思いをしてきたかを考えるとやりきれない気持ちになりました。今年、世界選手権で優勝した後でさえ、まだ悪質な内容の記事がネット上にかなりあって、それを読んだ時に、私はどうしても安藤選手の魅力について語りたくなり、このブログを綴り始めました。
これからも安藤選手やフィギュアスケートの素晴らしさを語っていきたいと思っています。
サムソンとデリラの衣装について、貴方のご意見もまたの機会に聞かせて下さい。
ご丁寧に二通もお便り下さって有難うございます。嬉しいです。
衣装については、トリノ・オリンピックの蝶々夫人の衣装は確かに特別豪華に感じましたね。
それから今回の演技については、私も貴方と同じような感想を持ちました。確かに、日米対抗の演技の方が、あれほど激しい転倒があったにもかかわらず、デリラの情念を表現しようとする安藤さんの強い気迫を感じ、何か胸に迫るものがありました。
それから、前回貴方からお便り頂いて、私もさらに「デリラ像」について興味を深め、いろいろと考えました。「デリラ」や「サロメ」のように聖書に出てくるファム・ファタルについて、私なりに思索したことをいつか投稿したいと思っています。その時には是非、ご一読頂けましたら嬉しいです。
私のブログに思いのたけを打ち明けて下さったことを有難く思っています。私だけではなく、多くのファンの方が貴方の気持ちを共有しています。
安藤選手は繊細ですが、強いですから、全日本選手権ではきっと表彰台に上ると私は確信しています。
静養も出来て、肩の治療も専念出来て、ちょうど良いと思います。巧まざる予定調和で、ベストの状態で、安藤選手は大阪にやって来ると私は信じています。そして大阪人は熱〜いですので、
ご丁寧なお便り有難うございます。
伊藤みどり選手については仰る通りです。このコメント欄でも伊藤みどり選手のことを書いたのですが、私も89年のパリでの世界選手権はリアルタイムで観ていましたし、本当に感動しました。
今現在でも、伊藤みどりさんのように、トリプルアクセルを跳び、あれだけ次々と難易度の高いジャンプをスピードと流れを変えずに跳んだ選手はいないように感じますので、まさに偉業ですね。
それから、最近『カルメン』の原作を読んだのですが、カルメンは「肌はなめらかで、銅色、唇はくっきりと描かれていて、純白の歯並びをときどきのぞかせもした。...彼女の欠点には、必ず一つの美点が伴っており、対照の妙味によって、いっそうそれが目立った。」という描写があって、安藤選手のイメージに合っている
新採点法については、私は未だに把握出来ていませんので、あなたの書かれていることをしっかりと読ませて頂きました。有難うございました。
くもざるさんの仰る通りですね。
今回の安藤美姫選手の演技は、マリナ・クリモワ選手やカタリナ・ヴィット選手を彷彿とさせる美的洗練や風格が備わっていて、素晴らしかったですね。
くもざるさんもNHK杯の時から、安藤美姫さんのことを本当に心配なさっていましたから、年末を最高の感動で迎えることが出来てよかったですね。
それではどうぞ良いお年をお迎え下さい。
私も安藤選手の偏頭痛がとても心配です。痛みが出そうな時に薬を服用したら効くのかもしれませんが、確かに服用のタイミングが難しいと思います。それにストレスによる偏頭痛は頭痛だけではなく、吐き気等の不快な症状も伴うことがあり、本当に辛い状態の中で試合に臨む安藤選手を私も心を痛めて見守りながら、応援しています。
私も今朝の新聞で、安藤美姫さんが8位なのを知り、残念に思いましたが、点数を見ると、三位から八位まで僅差ですので、どうなるかは明日にならないとわかりませんね。勿論、安藤選手の健闘を祈っているのですが、今回、中野選手が大躍進して素晴らしいなと思っています。表彰台がすべて大和撫子で埋め尽くされるのも夢ではありませんね。
ところで、私は、カタリナ・ヴィットさんが20代の頃に、フィギュアスケートを熱心に観ていたファンですから、くもざるさんの昔のお話に興味津々です。私は伊藤みどりさんが金メダルを取った1989年のパリでの世界選手権はしっかり記憶しているのですが、世界選手権についてはそれ以前の記憶は残念ながら殆どありません。世界選手権がこのようにテレビのゴールデンアワーに放送されるようになったのは一体いつからなのかしらと考えています。
当然のことながら、1976年にイエーテボリで世界選手権があったことは知りませんでした。
それから私は旧ソビエト時代の選手ではマリナ・クリモワさんに憧れていましたが、
当時は日本では伊藤みどりさん一人が活躍しているようで、みどりさんの活躍には感動する反面、重圧があって大変だろうなと気の毒にも感じていました。アルベールヴィル・オリンピックの時に特にそう思いました。でもあの時には、ファンは皆、一心にみどりさんを応援していたので、そういう意味では良い時代だったような気もします。
いづれにしても、今晩と明晩は落ち着きませんね。私も今日は、そわそわした気持ちだったので、こうしてメッセージを交換出来たことが嬉しいです。