
爽やかな季節、久しぶりに「素顔のミキティ」に逢えました。安藤美姫選手は世界選手権の後、一時は引退すべきではないかと考えるほど思い詰めて、悩み多き時期を過ごしていましたが、怪我が続いた「女時」の一年を立派に忍んで、不安や葛藤を抱える心と折り合いをつけながら、「男時」に向かって懸命に進んでいます。また一歩前進した美姫さんの姿を観ることが出来たのがとても嬉しいです。そして何より、苦しみを乗り越える度に美しくなる美姫さんが眩しい。
美姫さんはインタビュアーによって、声のトーンも話し方も視線も表情も変わる程、神経が細やかですが、今回は寛いだイントネーション

で、お友達の曽根さんと和やかにお喋りをしていてほっとしました。
美姫さんのマスコミの対応について、曽根美樹選手はいかにも友達らしい口調で「テレビで観るミキティは違う〜って、
イラッてする
」と厳しいツッコミを入れていました。腰の低い世界女王は何を言われてもイラッとせずに、怒らず、すっとぼけているところが可愛い。
内気で繊細なのに、器が大きくて堂々としているところがやっぱりミキティです。
でも去年のちょうど今頃は、美姫さんは精神的に落ち込んでいるようでした。映画『ライムライト』のバレリーナ、テリーのように、恐怖や不安で脚がすくむ美姫さんを励ましたくて、その頃私は、「テリーのテーマ」をこのブログで流していました。
チャップリン制作の『ライムライト』は、動かなくなった脚に絶望したテリーが輝きを取り戻して、エトワールになるまでの美しい物語ですが、ドラマチックな人生を歩んでいる安藤美姫さんには、どうしても映画のヒロインの姿が重なります。
今回の最後のインタビューでも、可愛いえくぼをちらっとみせながら、落ち着いて話す美姫さんを観ていると、「フィギュアスケーターだけにしておくのは惜しい
」と思う程の美貌です。
昨年は、『Vogue』誌が美貌のアスリートを追いかけて、海の向こうのハッケンサックまで出向いて行って、アイスリンクの上に撮影機材をセッティングして、若い女性カメラマンを使って、「孤高の銀盤プリンセスの神々しい美しさ」を見事に引き出しました。『Vogue』のスタッフの皆さんの情熱と手腕とその成果に私は静かに感動していました。
勿論、安藤美姫さんにプロフェッショナルを唸らせ、燃え上がらせる魅力があるとも言えるのですが。
きっと、映画界もファッション界もミキティに片想い
なのかもしれません。
美姫さんはテレビのバラエティ番組等にも滅多に出演することがないせいか、出演した時の存在感は強烈で、『トリビアの泉』で1000回転くるくる回されても、目を回さず平然としていたのには、私は仰天して、興奮しました。
私の頭の中も「満開の桜」でした。
この頃からすでにミキティは大物でした。
『学校へ行こう』では、ミキティはV6とスヌーピーのぬいぐるみをかけて競争していましたが、どんなルールになっても、スヌーピーを持っていく凄腕ミキティにやはり仰天、
そして、V6との会話では、いつもミキティがちょっとずつずれていて、
その浮世離れしたとぼけっぷりが笑えて、
超キュ〜トでした。

『トリビアの泉』に出演した頃、美姫さんは「ジプシー・ソウル」で競技大会に出ていたと思うのですが、世界選手権の大舞台で、フラメンコ風の手拍子をパンパンと打つ大胆さがたまら〜んっ
てしびれました
興に乗ってみせたしぐさなのか、計算されたものなのか、「無作為の作為のような、作為の無作為のような」巧妙さが見事です。
ああいう小粋な所作を観ると、美姫さんは、当時から、少女にして大人、やはり只者ではなかったと感心します。
カタリナ・ヴィットも即興で洒落たステップを入れたり、マリナ・クリモワも「マイ・フェア・レディ」のような明るい楽曲では、一瞬あっと息を呑むような可愛い足さばきを魅せていましたが、そんな当時のスター・スケーターの洗練されたセンスが、高校生の頃の美姫さんにすでに備わっていたのが素晴らしい。
新採点法のルールでは、このような「センス」が評価されるのかどうか私にはわかりませんが、少なくともカタリナ・ヴィットの全盛期には、観客だけではなく審査員も、「選手独自の個性やセンス」を愛し、評価していたことは確かです。安藤選手がそんな時代にタイムスリップしたらと想像を廻らすこともありますので、やはり、私は心のどこかで旧採点法の黄金時代を懐かしんでいるのかもしれません。いづれにしても、毎年ルールが変わる採点法には私はどうしてもついていけません。
新採点法のそれぞれの基礎点には、まさにその点でなければならない必然性や絶対的根拠があるのだろうかとずっと前から疑問に思っていた私ですが、最近、どうやらそうでもなさそう
ということだけはわかりました。
以前にイチロー選手が「投手と捕手の間の18.44メートルという距離は絶妙で、その距離が少しでも変化したら、もう面白くない。ベース間の距離も守備位置も絶妙で、誰が一体、この完璧なルールをつくったのだろう」と語っていたのを思い出しました。「神がつくったかと思う程のルール」で出来たスポーツで競い合うのならば、選手も観客も燃えることでしょう。
一方、フィギュアスケートでは、「只今ルール模索中」
のような採点法の下で、選手は競技に臨むのですから大変です。
そんな状況下でも、「神がつくったとしか思えない絶妙の美を宿した舞姫」
に巡り逢えた私達は何と幸運なことでしょう。

美姫さんはインタビュアーによって、声のトーンも話し方も視線も表情も変わる程、神経が細やかですが、今回は寛いだイントネーション


で、お友達の曽根さんと和やかにお喋りをしていてほっとしました。
美姫さんのマスコミの対応について、曽根美樹選手はいかにも友達らしい口調で「テレビで観るミキティは違う〜って、
イラッてする
」と厳しいツッコミを入れていました。腰の低い世界女王は何を言われてもイラッとせずに、怒らず、すっとぼけているところが可愛い。
内気で繊細なのに、器が大きくて堂々としているところがやっぱりミキティです。
でも去年のちょうど今頃は、美姫さんは精神的に落ち込んでいるようでした。映画『ライムライト』のバレリーナ、テリーのように、恐怖や不安で脚がすくむ美姫さんを励ましたくて、その頃私は、「テリーのテーマ」をこのブログで流していました。
チャップリン制作の『ライムライト』は、動かなくなった脚に絶望したテリーが輝きを取り戻して、エトワールになるまでの美しい物語ですが、ドラマチックな人生を歩んでいる安藤美姫さんには、どうしても映画のヒロインの姿が重なります。
今回の最後のインタビューでも、可愛いえくぼをちらっとみせながら、落ち着いて話す美姫さんを観ていると、「フィギュアスケーターだけにしておくのは惜しい
」と思う程の美貌です。
昨年は、『Vogue』誌が美貌のアスリートを追いかけて、海の向こうのハッケンサックまで出向いて行って、アイスリンクの上に撮影機材をセッティングして、若い女性カメラマンを使って、「孤高の銀盤プリンセスの神々しい美しさ」を見事に引き出しました。『Vogue』のスタッフの皆さんの情熱と手腕とその成果に私は静かに感動していました。
勿論、安藤美姫さんにプロフェッショナルを唸らせ、燃え上がらせる魅力があるとも言えるのですが。
きっと、映画界もファッション界もミキティに片想い
なのかもしれません。美姫さんはテレビのバラエティ番組等にも滅多に出演することがないせいか、出演した時の存在感は強烈で、『トリビアの泉』で1000回転くるくる回されても、目を回さず平然としていたのには、私は仰天して、興奮しました。
私の頭の中も「満開の桜」でした。
この頃からすでにミキティは大物でした。
『学校へ行こう』では、ミキティはV6とスヌーピーのぬいぐるみをかけて競争していましたが、どんなルールになっても、スヌーピーを持っていく凄腕ミキティにやはり仰天、
そして、V6との会話では、いつもミキティがちょっとずつずれていて、
その浮世離れしたとぼけっぷりが笑えて、
超キュ〜トでした。

『トリビアの泉』に出演した頃、美姫さんは「ジプシー・ソウル」で競技大会に出ていたと思うのですが、世界選手権の大舞台で、フラメンコ風の手拍子をパンパンと打つ大胆さがたまら〜んっ
てしびれました
興に乗ってみせたしぐさなのか、計算されたものなのか、「無作為の作為のような、作為の無作為のような」巧妙さが見事です。
ああいう小粋な所作を観ると、美姫さんは、当時から、少女にして大人、やはり只者ではなかったと感心します。
カタリナ・ヴィットも即興で洒落たステップを入れたり、マリナ・クリモワも「マイ・フェア・レディ」のような明るい楽曲では、一瞬あっと息を呑むような可愛い足さばきを魅せていましたが、そんな当時のスター・スケーターの洗練されたセンスが、高校生の頃の美姫さんにすでに備わっていたのが素晴らしい。
新採点法のルールでは、このような「センス」が評価されるのかどうか私にはわかりませんが、少なくともカタリナ・ヴィットの全盛期には、観客だけではなく審査員も、「選手独自の個性やセンス」を愛し、評価していたことは確かです。安藤選手がそんな時代にタイムスリップしたらと想像を廻らすこともありますので、やはり、私は心のどこかで旧採点法の黄金時代を懐かしんでいるのかもしれません。いづれにしても、毎年ルールが変わる採点法には私はどうしてもついていけません。
新採点法のそれぞれの基礎点には、まさにその点でなければならない必然性や絶対的根拠があるのだろうかとずっと前から疑問に思っていた私ですが、最近、どうやらそうでもなさそう
ということだけはわかりました。
以前にイチロー選手が「投手と捕手の間の18.44メートルという距離は絶妙で、その距離が少しでも変化したら、もう面白くない。ベース間の距離も守備位置も絶妙で、誰が一体、この完璧なルールをつくったのだろう」と語っていたのを思い出しました。「神がつくったかと思う程のルール」で出来たスポーツで競い合うのならば、選手も観客も燃えることでしょう。
一方、フィギュアスケートでは、「只今ルール模索中」
のような採点法の下で、選手は競技に臨むのですから大変です。そんな状況下でも、「神がつくったとしか思えない絶妙の美を宿した舞姫」

に巡り逢えた私達は何と幸運なことでしょう。









私も美しすぎるミキティにウルウル、メロメロです。
ヴェルサーチのドレス姿が眩しいです。