へんな洋食屋より発信!

横浜市南区にある洋食屋から旬な話題を発信します。

へんな洋食屋カフェ

2017-06-23 07:19:26 | Weblog
classico-nova-k@docomo.ne.jp 0457120525 09040259080
午後には本降りの雨に為った。梅雨らしいと言えばその通りだ。午後の一時を店頭の軒下(150cm)で鉢植えに囲まれて一服点けるが中々善いモンである。自宅には、やはり200cmの軒下(犬走り)が在るが庭を眺めるには最高だ。犬走りとは長い軒下に雨樋が無く玉簾の滝の裏側的な古風な場所で雨降りでも犬が走るから名付いた軒下だ。当然だが150cm以上の長く深い軒が無くては為らない。離れ屋は一階があずま家(四方に壁の無い建物)にシャッターだから解放すると目の前の雨に濡れた公園が美しく映えます。で、店先の軒下(犬走りです)のベンチで一服点けて鎌倉街道の車の流れを植木越しに眺めるのは格別ですなっ!梅雨時を身近に楽しむとはマサにこうした事象である。傘を射して街歩きも善いだろうが、人ん家の軒先を借りて眺める街には敵わない。喫茶店の窓際に座り雨粒ビッシリの窓から眺める人並みも風情である。思えば、オイラの店の入口にもカウンターが在り窓際席が一席、軒下の長く深い下には植木、その向こうは
鎌倉街道の車の流れという極上席なんですなっ!
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へんな洋食屋カフェ

2017-06-23 07:18:53 | Weblog
classico-nova-k@docomo.ne.jp 0457120525 09040259080
先日に戴いた資料(真言密教)に今、顕在している自分の姿・形、身の回りに在るモノは全てが借り物で今現在、その方が使わせて戴いているに過ぎないと記されている。確かに、終末時には肉体は灰に帰るか地に帰るかして身の回りの道具や品々を活用は出来なくなる訳ですなっ!で、オイラはよぅく考えた。戴きモン(此れも預かりモノだが)はともかくも預かっている品々は借り物だと解釈した瞬間から更に大切に活用しなくては為らないのである。預かりモノと解釈出来たならば尚更に大切に活用しなくては為らない筈だ。モノに溢れ、消費する事で成り立つ経済社会からは反する生き様かも知れないが今までの数多くの戴きモノや預かりモノで判りかけている。血と汗で買った品々も、勿論、今現在の預かりモノである。思えば、数百年前からの骨董品や数千年前からの遺産なんかも誰から誰への預かりモノに違いない。当たり前だが命だって誰かから(きっと神様)の預かりモノである。粗末には出来ない筈だ。活用、活用と言っても活用する術や活用
出来る知識や技術を養わなければ活用できません。今月から始まる毎月の月命日オマージュ演奏会にもそんな気持ちを忘れずにしたい。やはり、信仰というのは学ぶに越したことは無いですなっ!
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へんな洋食屋カフェ

2017-06-22 07:13:55 | Weblog
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「カフェ」つまり集いだが、集うには集うなりの何かしらの肝が無いと集えない。知識もそうだし幅広い実践的な趣味もそうだなっ!「ドウダっ!」と追い負かすのではなく、詳しく話せる、一歩でも二歩でも専門的な知識、技術ならば巧み、作品ならば個性的な製作と烏合の衆の如く、枯木も山の賑わいには為らない事柄がマァ長く続く。マァとは書いたが、そうは言ってもドウダっ!的な集いにはなりがちだからホストは少々へりくだらなくては為らない訳である。オイラがギターを習い始めた頃の先生がギター度胸試し集い(人前で演奏し怖じ気ず、アガラナイ様に稽古すり)をやらないか?と発案した。教え合う事も含まれるが、つまり小発表会として月一成り二月に一度成りと親睦も兼ねて集える様な仲間作りをして、ゆくゆくは楽器の交換会や個人売買にまで発展する総合的なギターの集いらしい。思えば、ギターの購入時には多額の金額を払い、売却時には買い叩かれるのもギタリスト達は不満ですなっ!因みに銘器のギターで買取り時には売価の二割程度だ。個人売買な
らば保証(ギタリストは理解済)は別にして七割程である。保証やメンテナンスはそれぞれがそれぞれのギター製作家を知っているので仲介無しの直談判だから格安である。オイラも集いに思案を始めた訳ですなっ!
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2017-06-22 07:13:43 | Weblog
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様々なコレクションをして(殆どが戴きモンだが)、一番に感じる事は手元に有るからこそ通じたコレクターや演奏家や興味の深い方々が集まってくる訳である。何にも無ければ人はなかなか集わないのが人とモノとの縁だ。それも、ある程度以上の品数とある程度以上の価値の高い品物だからこそ語り合える、見せ合える、交換しあえるのである。オイラはセコい性格で戴いたモンは二度目の修理を迎えるまでは使いきる。売ったり棄てたりはしません。交換はします。知識も同じで知り得る知識の数だけ以上にその分野の同知識人が寄り集まります。話が合うだけではなく意見や見識の違いを知ってお互いの知識が更に深まるからだ。先日の横浜駅までの徘徊撮影でも得物(フジフィルムの一眼デジカメとシグマの一眼デジカメ)が珍しいので二人の趣味人から話しかけられた。お互い名乗るのでオイラの方はゆくゆく来店してくれたりして更なる深い会話にも発展したりレンズやカメラの不要品交換会にも為ったりします。楽器なんかも二月にはフラット・マンドリンと
交換したりしたなっ!金銭トレードは好まないので大概は物々交換だが、希には致し方無い場合もある。細やかで貴重なお礼セットも用意しているが誰ソレ構わずではありません。業者さん相手が一番手強いですなっ!やはり業者さんはその道のプロだから得する術で接近もしてくる訳である。幸い、セコい性格が人とモノとの縁を守っているとも謂えますなっ!
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2017-06-21 10:48:28 | Weblog
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オマージュ演奏会が決まった。勿論、店の営業はしない。更に、この二月に6曲のオリジナル曲を仕込んだのでクラシコと併せ90曲の著作権に引っ掛からない曲を弾ける訳ですなっ!オマージュだから追悼と言えば追悼演奏会だが、毎月の月命日に併せて元々のギター所有者遺族にご主人の愛でていた楽器をオイラの演奏で偲んで戴くという企画である。つまり、月一でご主人のお声をオイラの演奏を通じて聴いて戴くのだ。思えば、楽器は奏でる道具だが、聴かれてこそ活かされるのである。ご主人はクラシコは得意だったがラテン音楽は慣れておらず晩年は相当に稽古していたらしいからオイラのオリジナルタンゴやオリジナルボサノバも取り入れて弾くつもりだ。勿論だが、生前にご主人から戴いた譜面(バッハ等)からもアレンジしてオイラ流に取り入れる。演奏会とは言うものの営業外だから偲んで様々な思出話が主でギター演奏は五六曲の予定である。思案しているのが音楽仲間のカホン打とのアンサンブルだが、彼はプロカメラマンなので仕事に影響が無ければ二三
曲の併せをお願いしたい。ナニしろ今現在は著作権問題で難しいので営業外で行い利害無しでとオリジナル曲やクラシコで対応するしか方法が無い訳ですなっ!
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2017-06-20 07:17:54 | Weblog
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帰りの路線バスはかなりの長丁場を巡り自宅付近を通過してくれるのであちこちの街の風景や乗降客の身形を眺めて中々に楽しい。行きは南区の北尾根を保土ヶ谷区へ抜けて徘徊撮影してきたが帰りは西区の横浜駅から中区を抜けて南区へ入る路線バスだからとにもかくにもグルリと巡ったのである。思い返すと立ち寄り先の「水天宮」では宮司の息子の禰宜さん(神職名)から沢山の逸話や神話や伝説や実話を聞かせて戴いてオイラのライフワークである古事記、日本書紀、神々の事に徐々にカードが捲れて持論創設に近付いている訳ですなっ!水天宮とアメノミナカヌシ、安徳天皇、建礼門院と三柱祭神との関係は完全に理解出来たと言えます。水天宮と安産祈願の由来も理解出来たし、此でオイラの神様研究に一頁が纏められる。と、書いている内には見慣れた景色が車窓に流れたので降車ボタンを捺していた。バス停から自宅に歩いて目の前に自宅の離れ屋が見えてきたら離れ屋の前の公園の縁で長老達がビワの実を採っていた。離れ屋の目の前の公園の縁にはビワの木と石榴の
木が立ち毎年の収穫は長老総出で楽しんでいるなっー!晩秋には六本の銀杏の大木から200kgを超える銀杏が収穫できて銀杏御飯なんかにしたり炒り銀杏にして楽しんでいる。
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2017-06-20 07:17:45 | Weblog
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しかしながら、横浜駅には何でこれ程の人々が右往左往しているのか?そんなに何の用事が有るのか?なぁんてブツブツ思いながら楽器店の在るビルへ入る。関東では最大手の楽器店だから弦なんなも十数種類も扱っているがオイラは常用の安い「プロアルテ」の3セットを3240円で購入する。クラシコギターの展示スペースつまり売り場には数十台のギターが展示されているが中にショーケースに鎮座した「アルカンヘル・フゥルナンデス」という銘器が目に入る。あんまり眺めているので顔見知りのリペア職の方が出してくれた。こんな時、今までの中級ギターを弾いていたオイラならば遠慮していたが、今や超高級ギターを何台も所有する身に為ると全くもって怖じ気が無いンですなっ!扱いだって手慣れたモンであるから直ぐ様に弾いて見せられる訳である。売価を述べましょう。いいですかっ!5に0が六個付いていました。で、音色は年数の浅い「フレタ」みたいだな?なぁんて事も呟ける。呟いた刹那、リペア職の店員さんは「えっ!」と口を開いて全くその通りだがフレタを
弾いているんですか?と問うのでフレタ以外にもあれこれを弾いています(持っています)と応えた。此は真実であるからこそ謂える訳ですなっ!弾いた経験の有る方はギター弾きならば何人もいるだろうが一瞬の弾きで音色やSoundを記憶している筈はありません。本物は人をも育てるとは言うもののその格言は本当であった。今度、いつかその店員さんも食事がてら楽器を拝見にいらっしゃると述べたがオイラは怖じ気る必要も全く無い訳ですなっ!
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2017-06-19 07:17:53 | Weblog
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昨夜の話で思い出したが知り合いの楽器商がギターに関する歴史、材料、製作家系図などを表した貴重な資料のコピーを届けてくれた。此は、銘器カタログの様な美しい豪華本ではないがオイラはかなり以前から文献として材質や金具、更にサウンドホール内の製作家のオリジナルの「力木」の梁方は大変に知りたかったのである。「力木」の梁一つで音色や響きやサウンドが変わりますが、それこそが製作家の手工ギター足る由縁である。今では凡そ4タイプのギター(つまり力木)に別けられるがその何れもが独特のSoundを奏でるこの摩可不可思議はこうした資料を目にしないと解明出来なかったンですなっ!コピーとは言うものの至宝の資料だ。今日の徘徊の最後には横浜駅の楽器店で常用のギター弦(とにかく安価なスタンダード弦)の徳用セットを購入する予定でもある訳ですなっ!安い弦だろうが銘器に囲まれたオイラはなんという偏屈な心は無い。楽器店での見学だって幾つもの銘器を持っていると観るだけでも楽しいなっ!不思議な心理と言えます。
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へんな洋食屋カフェ

2017-06-19 07:17:38 | Weblog
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昨夜は「宗教学概論」の講師が遥々、群馬県から来店してくれ夕方五時から九時まで「真言密教」を通じて現代の信仰について教えて戴いた。夜が明け休日と為ったので真言密教はスッカリ忘れて世間見学見聞徘徊に取り組む。今日の撮影の得物は凄いですよっー!今ではマニアしか連れ歩かないシグマSD14とフジのファインピクスS2プロであるいずれも戴きモンでレンズも最近に戴いたNikonだ。今日はマッ梅雨時だから何時なんどき雨降りに遇うとも限らないので徒歩出発で横浜駅まで北回りで徘徊する。この経路は関所(リサイクルショップとかバザール)は無いので大発掘も散財もしなくて済むので安心だ。二つのトンネルを抜ければ、其処は東海道の保土ヶ谷で今日は旧東海道は行かずに旧保土ヶ谷道(今では藤棚商店街だが)を東に進み横浜道との追分を平沼橋を北へ渡って横浜駅へ向かう予定を組んだ。梅雨時から秋口まではとにかく暑いので峠越えは避けてトンネル通過をしたりしてなるべく平地を徘徊しているなっ!帰りは横浜駅のバス
ターミナルから自宅付近を通る路線バスで帰還する。自宅から歩いて横浜駅までは約4km、途中あちこち引っ掛かるので横浜駅へは四時間くらいの所要時間だ。
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へんな洋食屋カフェ

2017-06-18 07:18:26 | Weblog
classico-nova-k@docomo.ne.jp 0457120525 09040259080
常連客で骨董品、それも焼き物の収集家が来店し収集論と為る。コレクターの定義は有るのか?という定義付けから始まったが収集物の先ずは金銭価値らしい。つまり、名だたる名品ならば必ずや値が高く付く訳である。そして系統、御方は伊万里とか鍋島、九谷を収集し40年間で200個以上集めたが、結果として後々に見所や価値が判って来て整理(つまり処分)して今現在は箱書き付の銘品を26個愛でているとの事である。愛でていると書いたのは、床の間やサイドボードや違い棚に飾って眺めるのだ。伊万里も鍋島も九谷も食器皿ナンですなっ!道具として活用するのではなく眺め愛でているのは壊したらエライ事だという強迫観念が常に働いているらしい。地震なんかが起これば真っ先に棚に向かうのも理解出来るが道具として誕生した焼き物の本来の役割は如何なモノか?次に、系統立てて収集した量も収集家としては誇りと言う。知らなかったが、一般的には25個が目処で収集家か趣味人かの界があるとの事だ。思い返すといっときはオイラも数十
台のギターを所有していたが幾年かかけて弾く楽器だけ三台に縮小した経験がある。で、今回の銘器戴きモンで一気に12台の収集に為った。オイラは、ギターは楽器だから道具として活用しています。中には芸術的な造りの楽器もあるが弾いています。25台の収集迄は未だ未だだ。そして、収集家としての誇りの一つに「目利き」を言う。確かに、その通りだが楽器の場合は目利きどころか耳利きも養わなくては為らない。つまり、数多くの銘器の音色を記憶していないと耳利きにはなれない。更に、ゆくゆく数年後の音色も想像出来なくては為らない訳ですなっ!
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