しょうちゃん支部長のまごころブログ

辯天宗住吉教区第5支部長兼広報部長の祥司が皆様にお伝えする。研究結果アーカイブ。

大晦日 正月様が帰ってくる日 素直ということ

2016-12-31 16:35:50 | 歴史
徒然くっさーではありません。
吉田兼好の徒然草第十九段
折節のうつりかはるこそ

原文
つごもりの夜(よ)、いたう暗きに、松どもともして、夜半(よなか)過ぐるまで人の門(かど)たたき、走りありきて、何事にかあらん、ことことしくののしりて、足を空に惑ふが、暁がたより、さすがに音なくなりぬるこそ、年の名残も心ぼそけれ。なき人の来る夜とて魂(たま)まつるわざは、この比(ごろ)都にはなきを、東(あずま)のかたには、なほする事にてありしこそあはれなりしか。

かくて明けゆく空の気色、昨日に変りたりとは見えねど、ひきかへめづらしき心地ぞする。大路(おおち)のさま、松立てわたしてはなやかにうれしげなるこそ、またあはれなれ。

口語訳
大晦日の夜、たいへん暗い中に、松明をともして、夜半過ぎまで人の家の門を叩き、走り廻って、何事だろうか、大声で騒ぎ立て、足が地につかないほど走り廻るが、明け方には、やはり音もなくなってしまうのは、過ぎ去る年の名残も心細いことだ。

亡くなった人の霊魂が帰ってくる夜ということで魂を祭る行事は、このごろ都では行われないが、東国には、いまだに行うことがあるというのは、情緒深いことだ。

こうして明け行く空の気色。昨日に変わったとはみえないけれど、打って変わって実に清新な心地がするものだ。都大路のようすも、門松を家々に立てて華やかにうれしげなのこそ、趣深いものだ。


「おおみそかの晩というか、元旦というか、、は死んだ人が、帰ってくる日だったそうです。古来、日本では正月は節目の時間としてのNEW YEAR(新年)ゆえに祝うのではないそうです。正月様が来られるのを迎える行事だそうです。時間ではなく神様(人)を迎えるそうです。でもその正月様、年神様は死んだ先祖、死んだ肉親、死んだ伴侶、家族、親族、親友などの事だそうです。お餅ももともと餓鬼(死んだ肉親など)へのお供えだったそうです。盆と正月の帰省は死んだ人を迎えるために帰る伝統でした。お盆だけでなくお正月にも死者は帰って来ています。あなたには見えませんか?私は、実は霊が見えるのですが。亡者が多いとひしひし感じます。

お年玉も子供たちが親などからお餅をもらって亡きご先祖様にお供えしたものが由来だそうです。その後お下がりを食べさせてもらったという事だそうです。だから、いきなりポケットにしまっちゃダメだよ。まずお仏壇にお供えしてからもらってください。

今の大晦日は死んだ人が主役じゃない。人前で平気でキスしたりかなり凶暴な悪ふざけする若い人たちが主役だよ。よく考えたら私もやってた。なんで若い時は年末年始にはじけっちゃうのかね。他にそのチャンスがないもん。あとは成人式とか卒業式くらいかな。本当なら感謝するときにこそ暴れたくなるんだって。照れ臭いし冷遇された逆恨みもあるから。素直じゃないの。小さな人間にはツッパリはとれない。素直になれるバックボーンがないんだよ。普通は。
少年隊員や青年隊員はその辺がぜんぜん違う。素直になれる強さがあるね。すごい。いつも感心する。素直になるっていうのは、自分を客観的に見れるということなんだ。バイアスかけずに等身大の自分を語れるっていう素直さって、すごい。自分のいいところも悪いところも正確に表現できるのは大いなる他者が自分を100パーセント認めてくれていないとできないんです。(他者とは、もちろんご本尊様宗祖様です)

ご本尊様はいつでもどこでもあなたの背中についておられます。おことば22


でもすでに、徒然草の吉田兼好の時代には、地方でしか亡くなった人に対するお祭りしていないというのも人間の本性を現していて面白いですね。」
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