晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

熊野神社

2017年04月28日 | 日記


熊野神社の祭礼が、4月30日に行われる。村の鎮守として、この地方でも熊野社がいくつもある。道路を横断して提灯を飾り、樽神輿が家々のまわりを担ぐ風習もある。子どもたちが担ぐ神輿では、家々で喜捨を用意して渡す。この祭りが過ぎると、いよいよ田植え始まる。熊野本山は古くから、祖霊の集まる死者の世界として信仰を集め、この地の南の海上には、補陀落浄土があるとされ、死者を船に乗せて送ったり、生きながら舟で浄土を目指して渡海するものもあった。

平安時代には宇多法皇が熊野を参詣して、熊野御幸が始まるが、院政時代にはこの信仰がピークを迎える。天皇、上皇、女院、権門の参詣が相次いで行われた。これは、安穏と長寿を祈願するための華やかな行事であった。やがて、山に籠って修行する山伏が、信仰の普及を担い、宿坊を営み、山域を案内するものは、御師として顧客を持つようになる。御師たちはそれぞれ受け持ちの国を廻って、熊野信仰の普及に勤めた。熊倉時代にできた熊野社は、全国で3000社を超えたという。この熊野の伝統は、今日まで連綿と続いてきた。

補陀落や 岸打つ波は 三熊野の 那智のお山に ひびく滝津瀬

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シラネアオイ

2017年04月27日 | 


高山に生育する花を、庭に植えて上手に咲かせている人がいる。このシラネアオイもお寺の庭先に咲いていた。高山の環境で育っている植物は、低地の庭ではなかなか管理は難しく大抵枯らしてしまう。お寺の庭のように、広く日影や池など変化に富んだ環境が、こんな瑞々しい花を咲かせているのであろうか。堰の水を引き入れた池には、ちょうど水芭蕉もきれいに咲いていた。

尾崎喜八『山の絵本』から。

あんなに高い山の肩に朝日があたっている。燃えるようなミツバツツジ。踏んで行く沢筋の岩の間にはチゴユリ、チダケサシ、イカリソウ、イチリンソウ。それに可憐なクワガタソウが目につく。ゆっくり植物採集に来たいと思う。「限りなく美しき五月の月に」!肩にルックサックの適度の重さを感じながら、朗らかに幽邃な朝を口笛を吹きながら私たちは登る。

そして、尾崎喜八は樹林帯の沢筋の草むらのなかに、このやさしい花びらを咲かせるシラネアオイの床しい群れを見つけるだろう。


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翁草

2017年04月26日 | 


山形市光禅寺の庭に、今年も翁草の花が咲いた。もう少し後と思っていたが、今日訪れて咲いているのに少し驚きもした。ここは檀家の人が毎日手入れをしているためか、草花の花も活き活きとして美しく咲く。翁草は白頭翁とも書き、花が終わると綿毛が出て、僧が持つ払子のような形になる。そんな様子の様を愛し、多くの歌に詠んだのが斎藤茂吉である。

かなしき色の紅や春ふけて白頭翁さける野べを来にけり 斉藤 茂吉

茂吉は今の上山市の金瓶に生れた。金瓶から須川を越えたところ小高い丘がある。そこは、茂吉が子どものころ友だちと連れ立って駆け回る遊び場であった。そこに狼石と呼ばれる大きな石があった。その石のまわりに翁草が咲いていた。

狼は今は絶滅して日本に生息していないが、上山の人里近くに狼が住み、その石の陰で子を産んで育てていたという言い伝えがある。肉食である狼は、群れをなして鹿を襲ったり、馬を襲うこともあった。『遠野物語』に狼の話が出てくる。境木峠から和山峠を越える山道で、馬で荷を運ぶ駄賃馬で生計を立てる人々がいた。一人が5~7頭の馬を曳き、10人くらいの人が夜行で峠越えをした。馬の数は4、50頭という大掛かりな隊列である。

「ある時2、3百ばかりの狼追い来り。その足音山もどよむばかりなれば、あまりの恐ろしさに人馬とも一ヵ所に集まり、その周りに火を焚きこれを防ぎたり。狼はその火を踊り越えて飛び込んできた。ついに、馬の綱を解き、周りに張り巡らすと、狼は用心して襲ってこなくなった。しかし、人馬の周りを取り巻いて、夜が明けるまで吠え続けた。」

人は凶暴な狼を畏れ、石の近くに供え物をするなどしながら、狼との共存を図ってきた。
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筍尽くし

2017年04月25日 | 日記


季節を感じさせるのは花ばかりではない。静岡に住む妹から、朝掘りの筍が届いた。包み紙にした新聞紙は、筍から出た水分ですっかり濡れている。早速皮を剥くが、皮すらみずみずしく、はがれ難い。少し力を入れると、途中から切れてしまう。筍が新鮮である証しだ。真竹や笹竹もおいしいが、一番春を感じさせるのは孟宗竹である。竹林のなかで、ほんの少し頭をのぞかせているのが、おいしい筍掘るコツだ。

筍のひかり放ってむかれたり 渡辺 水巴

糠を入れて湯がき、一晩おいて妻が作った筍づくしは、タケノコ寿司、筍の味噌汁。細かく刻んだ筍の佃煮(熱いご飯に入れて混ぜれば筍飯)。皮以外には捨てるところのない食材である。かっては本当においしい筍は、京都の長岡にしろ、九州にしろ産地まで出かけてなかれば味わえないことになっていた。ところが、最近の流通、特にトラック便の普及で、朝掘りの筍が産地を出て翌日には手元に届く幸せな時代になっている。京都の料亭の味を、家で味わえるという贅沢を可能にしている。
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落花

2017年04月24日 | 日記


花筏は散った桜の花びらが、流水に流れていくさまを言う。写真のようなお濠にたまった落花を何と呼べばよいのか。それにしても桜は、咲きはじめから散りぎわまで、見る人を楽しませてくれる。今日の気温が21℃、明日は23℃が予想されているので、残花から葉桜へと確実に変わっていく。

「花より団子」という言葉は、使い古された言葉だ。食欲旺盛な若い世代にこそふさわしい。飽食の時代を経て、高齢者の仲間入りをした身には、花が散っていくのが殊更惜しく思われる。この爛漫の春をあと何回迎えられるだろうか、という考えがふと頭をよぎる。昔読んだ小説に、胃がんで死んで行く妹を、姉が見取るシーンがあった。病室の枕元には、花の咲いた一枝の桜があった。夫が飾ってくれた桜をうれしそうに眺めているのだが、死が迫っている妹の姿が姉にはひとしお哀れにうつった。

夫婦とて死は別別に花吹雪 山畑 禄郎
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