晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

断腸亭日乘

2017年02月24日 | 日記


「冴えかえる」という言葉は、この季節の特徴を表したことばで古くから使われている。春のような穏やかな日に続いて寒気が入り、雪が降って震えるような寒さがくることである。「冴ゆ」は冷える、という意味で冴え凍る、という言葉もある。昨日までの雪雲は去ったが、青空から雪がひらひらと舞い落ちるような寒さだ。こんな気候の日は空気が澄んで、窓から見える山がくっきりと見える。肉眼で見るのと、カメラの画像ととでは景色の印象が異なっていることも少なくない。雪が少なくなっているのか、山全体が群青色を濃くしている。

『断腸亭日乘』は永井荷風の日記である。昭和20年の2月25日の項目を見ると、空襲がいよいよ激しくなった東京の様子が書かれている。

「日曜日。朝十一時半起出るに三日前の如くこまかき雪ふりゐたり。飯たかむとするとき隣人雪を踏むで来り午後一時半米国飛行機何台とやら襲来するはずなれば用心せよと告げて去れり。心何となく落ちつかねば食後秘蔵せし珈琲をわかし砂糖惜し気なく入れ、パイプにこれも秘蔵の茛をつめ除に烟を喫す。もしもの場合にもこの世に思残すことなからしむとてなり。とかくするほどに隣家のラジオにつづいて砲声起り硝子戸をゆすりしが、雪ふるなかに戸外の穴には入るべくもあらず、夜具棚の下に入りてさまざまの事思ふともなく思ひつづくる中巷漸く静になりやがて警戒解除と呼ぶ人の声す。時計を見るに午後四時にて屋内既に暗し。」

夜型の生活を送っていた荷風は、この日起床したのは昼少し前の11時半である。隣人の生活音が聞こえているとはいえ、連日波状に起るアメリカの空襲は一人暮らし荷風を、押入れの隅に潜りこませた。庭の隅に防空壕を掘っていたが、雪の降る中さすがにここに入る決断はできなかったであろう。荷風は空襲を迎え撃つ砲撃の音を聞きながら、この世の終わり、自身の身の終りを予感しなが押入れの中ですごした。荷風が長年住んでいた偏奇館が焼失するのは、この日から十数日後のことである。荷風はそこが見える人の庭の隅から偏奇館の燃えるさまを見ていた。ひときわ高く黒煙が立ちのぼったが、それは荷風の蔵書が焼けた煙であった。
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