晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

桜満開

2017年04月19日 | 


坂巻川畔の桜が満開になった。先週の土曜日に福島の花見山で、満開の桜を見たときはまで咲きはじめであったが、あっという間に北にあるこの地でも満開になった。ものの本によると、「咲く」という言葉は、サキから派生している。エネルギーが充満してそれ以上進めない状態がサキ。「咲く」というのは、蕾に力がたまってこれ以上じっとできない状態が破れて先に出ることであるそうだ。散るのは、風に吹かれて散るのではない。桜は満開の状態になって最後に残った花びらが咲くと散り始める。その状態になれば、風で花吹雪になるし、無風の状態でも桜は静かに散っていく。今日の天気は荒れ模様で強風が吹いている。果たして、どの木から花吹雪が始まるであろうか。

散る桜 残る桜も 散る桜 良寛

良寛に辞世の句として伝わっている。この句を単純に「人はいずれみな散っていく」という風に解釈したのでは、良寛の心は読めないのではないか。桜は散った花の先から若葉を出し、光合成で実に栄養を蓄え、さらに来る年に備えて、花芽を作り始める。そうした自然の営為に自分も入っていく。人の心に種をまいて、新しい命に生れ変るのだから、寂しがらなくてもいいよ、と残された人たちに告げているのだ。


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