晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

カルガモ一家

2016年12月13日 | 日記


寺にある小さな池でカルガモ一家を見たのは、この夏であった。岸にはまだ成長しないカルガモを狙って身動きをしない猫の姿もあった。子どもたちの安全を見守りながら、親鳥が先にたって導いていく。子どもたちは列をなして必死に親のあとを追う。

子よ妻よばらばらになれば浄土なり 麻生 路郎

冬に向かって成長を遂げた一家の姿が小さな川のなかにあった。淀みで餌をあさっている。土手に立ってカメラを向けると、一家は集って防御の円陣を組む。かわるがわるに首を持ち上げ、威嚇するようにカメラをみる。「何もしないから写真を撮るのを許して」と心で念じながら撮り終える。一家はそれを見て安堵したように再び餌をあさり始めた。

麻生路郎の句は、長男を亡くしその一周忌に詠まれたものである。親子の絆の哀切を思いながら人の世の宿命は避けられない。カルガモ一家にも同じ家族の絆がある。ここまで成長するまでに、一家は幾羽の子の死を経たであろうか。置物に似せた姿で狙っている猫の危険をどうやって避けたのか。オシドリのオスのように自らを標的として家族を守る役割もある。地上には命をめぐるドラマが、そこここに秘められている。
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