晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

白馬岳山行記(1)大雪渓

2017年08月05日 | 登山


8月2日から2泊3日の日程で白馬三山に登ってきた。迷走する台風5号の進路を気にしながらの山行であったが、列島に張り出した高気圧のために、望外の好天に恵まれた三日間となった。早朝、猿倉登山口の駐車場に車を入れる。夏休みで駐車場の空きも懸念だれたが、ここもクリア、予定より1時間早い、登山開始となった。一行は6名(内女性2名)、大雪渓の落石に備えヘルメットを着用した。登山口の相談所で話を聞くと、「ヘルメットを着けたからといって安全が保障される訳ではありませんよ。でも心がけはよろしい。十分に注して登ってください。」とのこと。多くのグループを見ると、ヘルメットを着用している人たちは少なく、我々のチームが目立ったのかも知れない。



白馬尻小屋への沢沿いの木立のなかの道には、キヌガサソウが咲いていたが、花は盛りを過ぎて残念。写真を撮ることもしない。やがて、これから登る大雪渓が現れる。ざっと見ただけで50名を越す登山者が、それぞれのスタイルで、蟻の行列のような歩行を進めている。この雪渓を登るのは今回で二度目だが、その一歩には人生を越えてきた重みが加わっているような気がする。足は重いが、勾配が急になると、人生の苦難に会った時の気力が甦ってくる。途中、山行を終えて下って来る人もいる。若い小学生を連れた家族連れ、長年人生を共にした老夫婦。初めての山行を楽しむ中高年の人々。雪渓を歩く人の数だけの人生がある。



大雪渓には朝特有の霧が立ち込めていたが、高度を稼ぐにつれて霧が晴れ、大雪渓の厳しい姿が現れる。下で聞こえていた、ゴロゴロと鳴るような音は、急斜面で小さな崩れが起きて小石が無数に転がる音であることが眼で確認できる。霧が晴れていくのは、演劇の舞台でカーテン上がるようでもあり、その場面を見た人は一様に驚きの喚声を上げる。2006年には、上の岩が崩落した惨事が起きているが、いまだに小さな崩落は続いている。





長い雪渓歩きのなかで、休憩をとって呼吸を整える。雪渓の縁の草むらに、ハクサンコザクラ、クルマユリの花が眼を楽しませてくれる。岩の上ではイワヒバリが美しい声で鳴いている。厳しい自然のなかにも逞しい生命がある。下山時には猿の集団が、登山者を横目に、植物の柔らかい芽を食べている姿にも出会った。

お花畑大きな月をあげにけり 山田 春夫

月に会うのは、白馬岳の稜線に出てからだが、雪渓の上でも同じコースを登る人たちと顔見知りになる。雪渓を踏むという同じ動作が、人の心を通わせるのかも知れない。「どういう山の仲間ですか」という単純な質問ににも、答えに窮する。せんじ詰めれば地域で山を愛する仲間ということでしかない。その意味では、見ず知らずの人たちも、この雪渓を踏めば同じ仲間ということになる。



雪渓を登り始めて3時間。アイゼンを脱ぐ秋道の入口に着いた。どの顔も一様に安堵感がうかがえる。この先は、先日滑落事故のあった小雪渓のトラバースと、白馬岳への主稜線を目指す急登が始まる。仲間の一人にアクシデントが起きる。涼しい雪渓から、直射日光の暑い夏路へ。体調の異変と、過酷な条件とのチームの闘いが始まる。経験豊かなリーダーのTさんが、登りのペースメイクと励ましに努める。異変のあった人の顔を見たり、登山道に咲く花で気分転換、水に混ぜる栄養剤などなど。結果として本人の気力が、この難局を乗り越える。



葱平のあたりで、シロウマアサツキの花が3本咲いているのを見つける。いよいよ白馬随一のお花畑だ。花の写真の看板があり、花の名がすぐに知ることができる。パトロールの人たちが、ちょっとした疑問に即答してくれる。このあたりから目を驚かすのは、杓子山稜の天狗菱の槍の穂を並べたような山容だ。「あれが明日登る杓子岳?」仲間の質問に、まさかあの急峻な山に登るなど、想像すらできない。お花畑には、ミヤマキンポウゲやクルマユリの大群落が目を楽しませてくれる。しかし、目当てのウルップソウには行きあえない。



お花畑を登りきると、そこには村営の頂上小屋。その玄関先に目当てのウルップソウが咲いていた。主稜線から白馬岳の頂上に目を向けると、今夜宿泊する白馬山荘が見えてくる。ここまで登り切った人々は、疲れた足を癒すようにゆっくりした足どりで小屋への道を歩いている。朝方知り合った、小学生を連れた若いカップルの姿があった。それにしても何という僥倖であろう。雨にも降られず、風もなく、澄み切った青空には、満月を迎えようとする月の姿を見ることができた。
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