晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

さなえ

2017年06月14日 | 日記


結城哀草果の住んだ樹陰山房を訪ねて、市内の本沢地区に行ってみた。本沢コミセンで聞くと、所在はすぐに判明した。よく行く日帰り温泉の隣にある、土蔵のついた大きな家であった。近隣の田には、すでに田植えが終わり、苗が成長を初めていた。

見てゆくや早苗の緑里の蔵 言水

こんな句を思いながら、玄関のチャイムを押したが、家の人は留守で話を聞くことはできなかった。家の西側には、高速道路が通り、山麓の風景はかつての面影を無くしたようだ。高台に菅沢の丘の団地の住宅が立ち並び、ここがかっての古戦場であったことは想像もつかない。ところで早苗であるが、苗につく「さ」は、金田一春彦先生の説明によれば、田の神を意味するとのこと。田植えの初めの儀式を「さおり」というが、さ降りのことで、田の神が降臨する意味であると説明されている。サナブリというのは、その転嫁で、神の降臨に感謝して、神に食べものを供え、そのお下がりを皆で食べ、酒を飲むことであるらしい。

結城家の西側の田は、もう田を作らず、放置されてしまった。田の神の降りる場所も年々少なくなっていく。

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