晴耕雨読

耕すのは土だけではない。
心のなかこそ酸素を補給し、ゆたかな栄養で満たさなければならない。

希望

2017年06月28日 | 日記


千歳山の松枯れは一向に止まらない。80年も100年も経たような大木が、枯れていくのは、梢からたちまちのうちに枯れていく。麓から眺めただけで、あそこにも、ここにもと痛々しい枯れ枝を目にする。一方で、山の松を甦らそうする地域の人々の努力も見逃せない。登山道の脇には、苗から育ち始めた、松の幼木が元気な姿を見せている。木の生長は、10年単位という長いスパンで見ないと、その全容をみることはできない。もう、私などの寿命が尽きている30年後、50年後になって、これらの幼木が大木になる。そこに微かな希望を感じる。

木には、寿命というものがないという話を聞いたことがある。環境さえ樹に適していれば、1000年でも生き続ける。松枯れの原因は、マツノザイセンチュウという害虫であるらしい。しかし、全部の松がこの害虫にやられてしまうわけではない。幼木のたくましい成長力は、このような害虫を寄せつけない。成長の止まった老木から害虫被害に会うような気がする。下草を刈り、枯れ枝を集めて、燃料とした時代には、松林の環境を人間が守ってきた。人が山に入らなくなったことと、松枯れには関係があるであろう。千歳山に松茸狩に行ったという話は、もう遠い過去のことになった。
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