「ねえ、あそこにシロがいるよ」小さな女の子は、空(そら)を見上げて言った。
「シロって?」パパはしゃがみ込(こ)んで娘(むすめ)に訊(き)いた。
「お花屋(はなや)さんの、太(ふと)っちょのシロだよ」女の子は雲(くも)を指(ゆび)さして、
「あれ、変わっちゃった」
「あっ、ほら。あそこにクマがいるよ」パパが別(べつ)の方向(ほうこう)を指さした。
女の子は少し考(かんが)えて、「ちがうよ。あれは、パンダさんだよ」
夏の昼下(ひるさ)がり。おつかいの帰り道、二人だけのデートのひととき。パパにしてみれば、娘とこんな時間を過(す)ごすのは久(ひさ)しぶりかもしれない。すーっと涼(すず)しい風(かぜ)が吹(ふ)いてくる。後ろを振り返ると、いつの間にか黒(くろ)い雲が追(お)いかけて来ていた。
「あれ、ママじゃない」女の子は黒い雲を指さして言った。
「ほんとだ」パパは娘の顔を見てにっこり笑い、「早く帰ろうか。ママ、おいて来ちゃったから、きっと怒(おこ)ってるかもなぁ」
「そうだね。ママ、怒りんぼさんだから。困(こま)るよね」
その時、遠くから雷(かみなり)の音がゴロゴロ鳴(な)った。二人はおかしくなってクスクス笑った。入道雲(にゅうどうぐも)は、もくもくとその形を変えていく。
「ねえ、パパ。今度は、ママも一緒(いっしょ)ね」女の子はそう言うと、パパの手を取った。
<つぶやき>ママだって、家族のためにがんばってるんです。優しくしてあげて下さい。
Copyright(C)2008- Yumenoya All Rights Reserved.文章等の引用と転載は厳禁です。