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旅行大好きバサミのブ・ロ・グ

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母とミステリーツアー

2017-02-02 20:46:52 | 旅行記

ミステリーツアーは2回目 

 新宿駅集合 

秋晴れです

 まずは関越道をとおり、妙義山が見えてきた

 最近の添乗員さんはスマホを検索して、ガイドをしてくれる

 お昼は峠の釜めし

 せっかく富岡製紙場の近くまで来ているのに、ここは素通り

 ミステリーツアーと言っても、ここは予想していました

 上田城です

 母は大喜び

 まずは真田丸大河ドラマ館へ

 館内はカメラスポットが決められており、それ以外は撮影禁止です

 真田丸の赤備えの鎧兜

 テレビは見てませんが、真田丸シアターは 感動しました

 上田城は1583年真田昌幸によって築かれた平城で、上田盆地のほぼ中央に位置している

 第一次、第二次上田合戦で徳川の大群を撃退し、天下にその名を轟かせた

 しかし、上田城は関ケ原の合戦後に破却され、藩主であった真田信之も松代へ移封となった 

 真田神社も中にあった

 

 二の丸橋標柱

 顔文字のように見えるが、「2のマルハシ(二の丸橋)」と書いてある

 さーて、バスは善光寺へ

 ここでは、ガイドさんが説明してくださった

’ ウシにひかれて、善光寺参り’の逸話も改めて知った

 

野尻湖近くのホテル泊

料理はおいしかったが、温泉が遠かった

翌日、野尻湖はナウマンゾウの化石が出土する湖として知られている

 史跡松代城へ

 ここもガイドさんの説明があり、大変感動した

 10月8日、9日は’真田十万石まつり’をやっている

 小雨だったが、人がどんどん増えてくる

 松代城は戦国時代には海津城と呼ばれていた輪郭式平城で、国の史跡に指定されている

 武田信玄が善光寺平に進出すると、ここにあった館(城)を摂取し、1559年から山本勘助が築城に携わったとされている

 1622年に上田城主・真田信之が13万石として移封となった

 以後は、松代藩の拠点として、明治維新まで真田氏の居城となった

1711年に徳川幕府の命によって「松代城」と名を改めた

 千曲川の向こう側には、上杉謙信と武田信玄が激戦を演じた、川中島の合戦あとがある

まさに戦国時代の歴史がいっぱいある

 太平洋戦争末期には国家中枢機能の移転を目的として松代大本営の地下坑道が造られた

 知らないことがいっぱいあったが、松代城大好きになりました

 ガイドさんは宮坂酒造店の方でした

見学のあとは、お買い物

いっぱい買ってしまいました

 バスは諏訪湖へ

 車窓からは八ヶ岳、富士山も見えます

 お昼はまたまた峠の釜めし

奈緒にもと思ったが、お土産で荷物がどんどん増えていくので断念

 ミステリーツアーはとにかく、土産物店への立ち寄りが多い

その都度母はいっぱい買う

ま、それが楽しみだから仕方ないね

でも、荷物を持つのは私

 次は八ヶ岳チーズケーキ工房

 試食のチーズケーキがおいしかったので、またまたゲット

 美し森へ来た 

 美し森は山梨県北杜市にある標高1542mの山

山頂には展望台があり、清里高原や赤石山脈への展望が

 一瞬だけど、富士山も見えた

 運がよかったな

 ジャージ牛乳いっぱいの日本一おいしい手作りソフトクリームを  

 こんなにかわいい花も咲いています

 最後の観光もすませ、バスは新宿へ 

 荷物の多さにうんざりしながら、車窓の風景に癒される

 奈緒に 品川まで迎えに来てもらい、夕飯は「えん」で 

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