太極・無極

宇宙を意味する「太極・無極」のなかに、「人」は生きています。限りある「人生」を有意義に生き抜いていきたい。

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守・破・離 とは  太極拳(23)

2006-08-31 16:35:42 | 太極拳
「守」「破」「離」とは?

『守』
最初の段階では、指導者の教えを守っていきます。
できるだけ多くの話を聞き、指導者の行動を見習って、
指導者の価値観をも自分のものにしていきます。
学ぶ人は、すべてを習得できたと感じるまでは、
指導者の指導の通りの行動をします。

そして、指導者が「疑問に対して自分で考えろ」と
言うことが多くなったら、次の段階に移っていきます。

『破』
次の段階では、指導者の教えを守るだけではなく、破る行為をしてみます。
自分独自に工夫して、指導者の教えになかった方法を試してみます。
そして、うまくいけば、自分なりの発展を試みていきます。

『離』
最後の段階では、指導者のもとから離れて、
自分自身で学んだ内容を発展させていきます。
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守・破・離  太極拳(22)

2006-08-30 15:31:03 | 太極拳
守・破・離

習い事や語学は「知っている/知らない」ではなく、
「できる/できない」が大切です。

物事を学び始めてから独り立ちするまでを、考察すると
パターンとして「守破離」の段階があります。

三つの段階に分けたものです。
「守」では、師匠の教えを守っていきます。
師匠をまねることで、その道を自分のものにしていきます。

「破」の段階では、師匠の教えを守るだけではなく、
破る行為をしてみます。師匠から学び取った技術に独自の工夫を加え、
師匠に教えになかった方法を、試してみます。
成功すれば、さらに自分なりの発展を模索していきます。

最後の「離」の段階では、師匠のもとを離れて、
自分で学んだ内容を発展させていきます。
やがて、自分独自の味や個性を発揮していきます。


この「できる/できない」に分類される分野には共通の特徴があります。
それは「師弟」関係によって技術が継承されることです。
単に書物やビデオなどからは、学びきれない、師匠と弟子の
せめぎあいから生まれてきます。
いわゆる習い事といわれるものに共通するものです。

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心に残る言葉

2006-08-29 20:34:21 | 想うこと
心に残る言葉

その1
04年(平成16年)2月11日
中日新聞 運勢欄
さる年

人知れず心の奥に勇気を持って、
心棒(辛抱)という大棒で吉を招け

その2

自分を信じて、
焦らずに、
夢を持ちつづければ、
夢はかならずかなう。


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忍辱(にんにく)   般若心経

2006-08-28 09:28:00 | 想うこと
忍辱(にんにく)   般若心経

 苦しみに耐えるより、

 気楽に毎日を過ごしたい。


 けれど誰しも一度は、

 壁に行きづまることがあるものです。

 その時こそ、忍耐の姿勢。


 「忍」とは刃の心と書きます。

 するどく光る刃を向けられようとも、

 恥辱を受けようとも、

 成功を信じて、事を成しとげる。


 金は鉱より出て、玉は石より生ず。


 成果のあるなしを恐れず、

 立ち向かう勇気をもって、一歩前へ。

 日々、精進につとめ、

 くいなき道を進んでこそ、

 まことの成就といえるのです。

※耐えることの重要さをあらわしているが、
 いったい人は、いつまで どれだけ耐えればよいのか。
  もう少し、肩の荷物を軽くして、人生をあゆみたいが
 まったく荷物がないというのも、はりあいが無い。
 こまったものだ、「人の心」は、、、。
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変えられないものを受け入れる

2006-08-27 11:44:48 | 想うこと
アルコ-ル依存症の自助グル-プAA〔平安の祈り〕


 「神様、私にお与え下さい。
自分に変えられないものを受け入れる落ち着きを!

  変えられるものを変えていく勇気を!
そして二つのものを見分ける賢明さを!」


  自分に変えられないもの=例えば、過去の出来事、他人の意思 を
考え悩み消耗してしまう場合は
ハイヤ-パワ-(自分より大きな力)
=例えば、神様、宇宙、大自然にまかせ、ゆだねて、
「ゆだねたので、これ以上悩まない」と心に決める。
それによって、良い結果が得られる。
その経験を重ねて不安を解消する。
合理的思考に切替え、勇気を出して第一歩を踏み出す。

(1997、3、21 中日新聞)
※なにかに、つまづいて、悩みはじめたとき、
 この考え方が愚生を救ってくれる。
 悩み泥沼に入り込まないようにするために、
 記憶にとどめておきたい。

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三昧(ざんまい) 太極拳(21)

2006-08-26 09:17:20 | 太極拳
三昧(ざんまい)

ある対象に心を集中させ、不動の境地に至ることを三昧という。

志し深く事を成せば、得られるものも、また深い。

損か、得か、敵か味方か、自己を中心とした身勝手な分別を
越えたとき、心は自由自在に解き放たれ、物事の本質を
見極めた三昧の境地にたどりつく。

世上の是非や利害に惑わされることなく、
信念をもって極めてよし。

釣三昧、ゴルフ三昧、読書三昧、大いに結構。

時を無為に過ごさぬよう、今日に感謝。
いつどこに身を置いても、
わが心の自在な天地とありたいものです。


とても太極拳三昧と言えない愚生です。
週1回以上(最近では、週3回)の稽古を、
20年以上続けてきたので、
三昧とまではいかないが一昧か二昧とは言えようか?
(おあとが、よろしいようで、、、)
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不当な二者択一の質問をかわす方法

2006-08-25 11:17:36 | ビジネス
不当な二者択一の質問をかわす方法
弁護士 谷原 誠

※すみません。ポイントを、抜書きさせていただきました。

ライブドアとニッポン放送の新株予約権の発行差止仮処分の
高裁決定後の、堀江社長の記者会見において、
「ニッポン放送は、株主のものか、リスナーのものか、どう考えているか」
という質問が出ました。

この質問は二者択一です。
答えの可能性が2つしかないときに正当性を持つ質問です。
あるいは相手にどちらかを選ばせたいときにする質問でもあります。

飲み会やデートで、一次会が終わったが、相手を帰らせたくないときなどに、
「歌いに行く?それとも、もう少し飲む?」と
言ったりするのがこの用法です。

ちょっと脱線しました。

先ほどの記者の質問は、記者がおそらくニッポン放送は株主のものではなく、
リスナーのものである、と信じていたことからぶつけた質問ではないでしょうか。
つまり、答えの可能性が2つしかないと考えていたのではないか、
と推測しました。

この質問に対し、堀江社長は、次のように答えました。
「資本市場的に言うと間違いなく株主のものだが、
心の所有者はまた別だと思う。リスナーの方々、
従業員の方々は自分たちのものだと思っておられると思う」。

これを「縄抜けの術」と命名しています。

つまり、質問者の二者択一の質問に一度は縛られ、
質問に対する回答をするが、より分析的に回答することによって
一方を選ばないことにするのです。
つまり、一度は縛られながらも質問者の縄からスルリと
抜けていってしまう回答方法です。

他方、「質問に縛られない」方法もあります。
二者択一は、一切気にしません。
まずは「誰のもの」という部分に異議を唱えます。

「会社は“もの”じゃありませんよ。株主は、会社に対して
商法上の権利を持っている。リスナーは聞く自由、聞かない自由、
意見を言う自由等を持っている。
あなたはどういう意味で“もの”と言っているんですか?
定義付けしてくださいよ」。というのが一つ。

そして、「どちらか」という部分に異議を唱えるのが一つ。
「なぜ株主とリスナーの二者択一なんですか?
会社を取り合ってるんですか?従業員はどうなるんですか?
皆立場が違うのだから、どちらか一方のものということはありませんよ」。

二者択一の質問に対し、形は応ずるけれどもスルリと逃げる
「縄抜け」でもいいし、はじめから縛られない方法でもいいし、
どちらでもいいと思います。

不当な二者択一には気をつけてください。

※上司から、家族から、恋人から 不当な二者択一の
 質問を浴びせられた 経験は、
 多くのひとが持っているだろう。
 そんな時は、質問に対する返事を、少し待ってもらって、
 冷静に、自分の言葉で、自分の頭で、考えてみよう。
 答えるか、拒否するかも含めて、質問の真の意図を把握し、
 回答しよう。
 くれぐれも、質問者の罠にはまり、自分が混乱することが
 ないようにしたいものだ。 

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無名兵士の言葉

2006-08-24 08:58:26 | 想うこと
無名兵士の言葉

悩める人々への銘
A CREED FOR THOSE WHO HAVE SUFFEERED

I asked God for strength ,that I might achive
I was made weak,that I might learn humbly
to obey..... 
 「大きなことを成し遂げるために力を与えて欲しいと神に求めたのに、
  謙遜を学ぶようにと弱さを授かった」。

I asked for health,that I might do greater 
things I was given infirmity,that I might do
better things...
  「偉大なことができるように健康を求めたのに、よりよきことをするようにと
  病気を賜った」。

I asked for riches, that I might be happy I was
given povertty,thaat I might bewise...
 「幸せになろうと富を求めたのに、賢明であるようにと貧困を授かった」。

I asked for power,that I might have the praise 
of men I was given weakness,that I might feel 
the need of God...
 「世の人々の賞賛を得ようとして成功を求めたのに、得意にならないようにと
  失敗を授かった」。

I asked for all things,that I might enjoy
life I was given life,that I might enjoy all 
things 
 「長寿を楽しむために健康を求めた。が、一分の価値を知るようにと病気を賜った」。
別の訳:人生を楽しむために あらゆるものを求めたのに、
    あらゆるものを慈しむために 人生を賜った

Igot nothing that I asked for-but everything
I had hoped for
Aimost despite myself,myunspoken prayers weare
answered.
I am among all men,most richly blessed!
    AUTHOR UNKNOWN

 「求めたものは一つとして与えられなかったが、願いはすべて聞き届けられた
 (中略)私はもっとも豊かに祝福されたのだ」。(作者不詳)

2002年3月2日および9日に 中日新聞 投書欄のなかにある
「編集局デスク」という編集局長 小出宣昭氏のコラムで紹介されていた。

愚生は、深く感動し、切り抜きを当時していた。
最近になり、本が出版された。CBCラジオの「人生相談」でなじみのある
加藤諦三氏がとりまとめられている。
  無名兵士の言葉----人間を幸せにするものは何か (2005/06) 大和書房
内容は、上記の詩の紹介、中日新聞に載ったことやその後の反響が大きかったことなど。

反響のひとつ。-----愛知県の置く三河で。この詩を「間伐材」に刻んで、200枚限定で
         発売したところ、いままでに、約1000枚売れた。

150年前の米国 南北戦争の時、南軍の兵士が教会にのこしたという。
1950年代 大統領候補時代のA・スティ-ブンソンが、見つけた。
2度の落選で失意の彼は、この詩で励まされ、よみがえる。
思慮深い人物となる。
1965年国連大使として、次の演説が有名。
「われわれはみな、旅のみちづれ、小さな宇宙船の乗客。いまにもこわれそうなこの船に、
充分な配慮と愛情をそそごう」---「宇宙船地球号」という概念を、世界に初めて示した。
それは、いまに残る人類の主題となった。

環境問題や愛知万博のテーマの原点がここにあります。

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生き上手、死に上手

2006-08-23 16:31:35 | 読書
生き上手、死に上手  遠藤 周作 著

 私は、人生の傍役。自分の人生では、自分が主役でも、他人の人生にとっては、
 自分はその人にとって傍役となる。
例えば、奥さんの人生にとって、どんなにいばっているご亭主でも、傍役なのだ。
当たり前のこのことを忘れる人間。
主役づらをする振る舞い。

女房にムッとするときは、「この人のワキヤク ワキヤク」と呪文をとなえる。
 俺はあの男の良い傍役だったか考える。
 「恋」と「愛」は違う。「恋」は、一つには、相手への盲目的な執着です。
二つ目は相手を美化する行為です。
つまり苦しみや不安があればあるほど強く激しく燃え上がります。
苦しみや不安がなくなると情熱は次第に色あせて消えてしまう。
 結婚生活では相手の顔をイヤと言うほどみる。
デ-トが待ち遠しいことはない。
情熱は色あせる。
アバタがエクに見えたのがやはりアバタに見えてくる。

 このあと夫婦が、別の形で新しく結びつこうとすることを「愛」といいます。
 「恋」は誰にでもできます。でも「愛」は誰にもできるとは限らない。
トシ子さん夫婦にできてもキミ子さん夫婦にはできないかもしれないのです。

 「愛」の第一原則は「捨てないこと」です。
人生が愉快で楽しい事ばかりなら、人生に「愛」はいりません。
人生が辛くて、醜いからこそこれを捨てずに生きようとする努力が「愛」なのです。

夫婦の「愛」も同じです。「捨てないこと」が「愛」の始まりです。
 欠点やイヤな面を含めて、本当の姿を見極め、
 しかもその本当の彼や彼女を捨てぬのが「愛」の始まりです。
 愛は、愛こそ、創りだすものなのだ。

○「たとえ主役をかって やったことが あっても 
  やりなおす時は、チョイ役から始めた方がいいんじゃない」
  今は、今できることを、精一杯心を込めて少しずつやるしかない。
  悩む暇があったら、そう思うしかない。

※かって読んだ本の抜粋です。
 心に残っている部分です。
 上記の文章から、愚生の人生を重ね合わせ、
 次から次から様々な「想い」が浮かびます。
 コップのビールがなくなっていることに
 気づかず考えこんでいる愚生です。
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青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。

2006-08-22 09:15:45 | 想うこと
青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。

青春とは人生のある時期ではなく、心の持ち方をいう。
薔薇の面差し、紅の唇しなやかな肢体ではなく、
たくましい意志、ゆたかな想像力、燃える情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは怯懦を退ける勇気、安易を振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、二十歳の青年よりも六十歳の人に青春がある。

年を重ねただけど人は老はしない。理想を失うとき初めて老いる。
歳月は皮膚にしわを増やすが、情熱を失えば心はしぼむ。
苦悩・恐怖・失望により気力は地に這い、精神は芥になる。

六十歳であろうと、十六歳であろうと人の胸には、驚異に魅かれる心、
おさな児のような未知への深求心、人生への興味の歓喜がある。
君にも吾にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美・希望・喜悦・勇気・力の霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ、悲嘆の氷にとざされるとき、二十歳であろうと人は老いる。頭を高く上げ希望の波をとらえる限り、八十歳であろうと人は青春にしていまだ巳む。 (作山宗久 訳)

サムエル・ウルマン
(Samuel Ullman)
1840年4月13日、ドイツのヘヒンゲンでユダヤ人両親の長男として生まれる。
その後、両親とともにアメリカに移民し、後半生をアラバマ州バーミングハムで過ごす。「青春の詩」は、ウルマンが70代で書いたとされる。
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「かた」から「かたち」へ 太極拳(20)

2006-08-21 17:08:35 | 太極拳
〔かた〕から〔かたち〕

〔かた〕から〔かたち〕に至らねばなりません。

つまり、単なる型〔かた〕に血〔ち〕が

通って〔かたち〕になるのです。 
  
茶道裏千家 千宗家元

「茶道は堅苦しいだろうか?」

「緊張がついには快く感じられるようになるまで、

〔かたち〕に入ることです。

緊張が〔かたち〕を通して快感となる。新しい愉楽の

はじまりなのだ。


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目標の達成について~

2006-08-20 12:00:07 | 想うこと
目標の達成について~
 目標の重要性やその実現に至るまでの過程(プロセス)について

まずは、目標を決めること。
目標を決めてない人が多い。目標がなければ、行動も結果も無い。

目標を定め、ちょっとした日々の行動を決める。
 ”目標は○○である。”としつこいまでに、人に話したり、行動を続けて
いるくこと。
そうすると、目標に近づけるための協力者や情報がドンドン集まるようになる。
このことを、愚生は、「偶然を呼び寄せる種まき」と呼びます。
「偶然」は「偶然」には、やってこないのです。

その目標を達成する努力をコツコツと続けていると、
さらに、目標達成に向けての様々な動きが加速度的に増し、
いつの間にか、目標を達成している。

 ”何となく、そういうことってあるのかなぁ。”と思っていませんか。
このことを自分で体験をすると、目標の素晴らしさみたいなものを、
痛切に感じるようになりますよ。

まとめ
どんな小さいものでも良いので、目標を定めてみる。
その目標を、みんなに公開して、努力を続ける。
そうして、小さな目標の達成の喜びを、積み重ねて行く。
夢の実現が加速されて行く。

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定年男の四つの自立

2006-08-19 13:55:54 | 想うこと
定年男の四つの自立

 ・ハンデ-のある人を 上から下をみるように、「ガンバレ」と言う。
  でも、ガンバリズムには限界がある。

 活き活きとした老後おくるには

 ・経済的な自立  自分の「食い扶持」は自分で稼ぐ。自分の財布を持つ。

 ・生活的な自立  料理、洗濯、掃除、これが出来ぬ男は21世紀は悲惨。

 ・精神的な自立  小さな事でもいいから、自分で考え、自分で決める。
          そのことに責任を持つ。

 ・健康的な自立  自分の健康は自分で責任を持つ。女房任せにしない。
         医者任せにしない。今の状況が、常備薬で済むか、
         専門医にみせるか判断して、行動に移す。

 同じ趣味をするなら

 「社会とのつながり」のある趣味・・・・ボランテアとか。
                    ないと虚しい。

 最後に、
 「未知との遭遇」・・・何か事が起きた。ああ嫌だと一歩退くか、
            「未知との遭遇」だ! と、積極的に
            向き合って、乗り越えようとするか。
            苦労を楽しむように生きる。
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桜は桜、梅は梅

2006-08-14 10:05:55 | 想うこと
「桜は桜、梅は梅」
なんとなく気分が落ち込んでいるとき、
いったいこの落ち込みはどこからきているのかと
考えてみることがあります。
そんなとき、たいてい心の底で「誰か」と比較している
「自分」に気づきます。

そんなとき、「桜は桜、梅は梅」と、そっと言ってみます。
桜は桜のままでいい、梅は梅のままでいい。
桜が梅になる必要はない、梅が桜になる必要はない。
桜は桜らしく、梅は梅らしく、最高の桜として、最高の梅として
輝いて生きていければよい。


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愛犬が死んだ  愛犬(3)

2006-08-08 17:56:15 | 愛犬
愛犬が死んだ  
大変悲しい。こんなに悲しい気持ちになるとは、自身 想像していなかった。
7月29日(土)朝、冷たくなった。30日(日)午後、犬猫 専用の葬儀場へ行った。
妻と娘、それに普段離れて暮らしている息子とその嫁と孫娘も駆け付けてくれた。
6人で見送ったことになる。骨を皆で拾い、骨つぼに収めた。これから5年間、底に併設されているお寺に預かっていただくことにした。

13歳の誕生日が、まもなくこようとしていたから、12歳と10ヶ月ぐらい生きていたことになる。犬種は、以前にも書いたが、「パグ」。メス犬。犬としては、まあ高齢の方ではあるが、それで納得できるものでもない。

部屋の中で飼っていたので、足元にちょろちょろするやつがいなくなって、なんとなく物足りない。愚生が出掛けるとき、帰えって来たとき、勢い込んで吠えてくれるやつがいない。

当面、立ち直れそうにもない。

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