点ノ記

日々あったことを若干適当に書いています。

ウツゾーン

2016年09月30日 17時25分34秒 | 日記
「激昂がんぼ」の続編「がんぼ悪童編」を3巻まで読んだが、すごく面白い…。前回の投稿で「激昂がんぼ」の後半がしょうもないギャグなどのせいで失速してると書いたけど、まさかこれほどまでに盛り返すとは。金策系の話というより、ただのヤクザの勢力争い漫画になってしまっているけれど、かなり先が気になる(やっぱりヤクザ漫画が好みな体質なのか)。

仕事が一気にあわただしくなってきた。もちろん全力で精一杯取り掛かるが、やっぱり何かしら問題は生まれてくるもので、他課同士のいさかいを仲裁して手打ちにさせたり、一方的に怒られたり、他部署に想定外の急なお願いをして嫌な顔をされたりしてしまう。この辺のストレスはもろにダメージとなって、昨日の夜はよく寝付けなかった。

この状態・ゾーンがしばらく続くと、これまで楽しかったはずの全てのことに対して興味がなくなっていく。携帯のゲーム「ツムツム」など、早くハート回復してくれと言わんばかりに食いついてプレーしてたのに、全然開く気が無くなる。そして夜寝付いても、早朝に目が覚めて再び眠りにつくことができなくなる。

この症状って、いわゆる「鬱」の症状に凄く似ている(似ているというか、あるいは鬱そのものなのか?)。目の前の仕事は今、絶対に自分以外で替われる人がいないので、休もうとか逃げようとか、仕事に対する気持ちがゼロになることはないが、自分の心身の健康にとって悪い影響は絶対にある。改めて身の振りを考えたい。

「何事にも興味を失ってしまう」というのを健康バロメーターとして、そういう意味からも「がんぼ」を読み進めていきたい。近頃はそもそも漫画読む機会がなくなってきたが。
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おうち・八戸・ブチギレがんぼ

2016年09月27日 19時40分13秒 | 日記
・「極悪がんぼ」の続編「激昂がんぼ」を読み終えた。裏社会でのし上がるフィクサー・神崎と、キャリア官僚で広島県庁に出向中でありながら、本省での立身出世のため立ち回る二宮の二人が、利害の一致から共闘して敵を失脚させるという展開が面白かったものの、作品後半なぜかしょうもない絵やギャグが増えて読むのが非常にきつかった。

強烈な薄ら寒さにとてつもない既視感を覚えて、これは一体何だろうと考えたら、100巻以後のこち亀の墜落っぷりに似ているのだということに気づいた。ネタが無かったのかやる気を失ったのかわからないが、これから読む続編の「がんぼナニワ悪童編」は勢いを盛り返していたらいいなあ。

・9月25日(日)八戸公園こどもの国に行ってきた。八戸公園は遊園地のほか、動物と触れ合う場所、施設内遊具、バーベキュー場、植物園などがあり、とにかく広大で一日では遊びつくせない。娘の場合はあれもこれもというよりは遊園地に一点集中しているので、目的が分散しなくて良かった。駐車場から遠かったものの、娘観覧車を目標に一直線で走り出した。

遊園地は、先日の郡山のカルチャーパークよりはやや小ぶりだったけれども、その分対象年齢が低めに設定されていて遊びやすかった。一日中遊べるようにと思って朝早く行ったものの、人が全然いなくて40分ほどで乗れるもの全て制覇してしまい、逆に時間を持て余すこととなってしまった。それでも楽しかったので、ぜひまた遊びに来たい。

・ついに、家を建てる場所や会社を決定することができた。自分ら家族三人だけの家ということなら簡単に話も決まったところだが、将来の親の面倒の話だの、同居の話だの、援助についてだの、とにかく紆余曲折あり非常に厳しく、また他の業者へのお断りの電話連絡も、担当のかたがみんないい人だったので極めて心苦しく、今のところ全然楽しいと思えていない。

ただ、これからは壁の色とか配置とか、カーテンをどうするとかそういう「楽しいゾーン」に入っていくことになる。今後も「ああすれば良かった、こうすれば良かった」という思いに駆られることも出てきそうだが、それは一切考えないようにして、楽しんで家を建てたい。
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34歳になった

2016年09月26日 20時34分11秒 | 日記
9月23日で34歳になった。自分の中ではこの日に対して特別な意識もなく、淡々と迎えたっていう感じ。

というのも、近頃時間の捉え方が変わってしまい、自分の中の時間の区切りが1日単位というか、一ヶ月単位のほうがしっくりくるようになっているため、23日になってから誕生日を意識したのではなく、9月になった段階でぼやっと「あぁ、34歳になったな」と。多分今後もこんな感じで時間が過ぎていくんだろうな。

むつ市時代の同期から誕生日プレゼントとして「家系家のねぎ」が送られてきて嬉しかった。家系家はむつ市にある最高に美味しいラーメン屋だが、そこの「ねぎ」は美味しくてご飯に本当にとてもよく合う。もう何年もむつに行っていないので、一口食べてその懐かしさに超感動した。同期のI君本当にありがとう。

また今協議中の家の件において、お世話になっている会社の担当さんが、誕生日のお祝いに「物置」をプレゼントしてくれるとのこと。本当に嬉しい。これもまたよくある話なのかもしれないが、ただでさえ相当安くしてくれているのに申し訳ない。しかも何度も期待に背いて一度話を断ったりしたのにも関わらず…。担当のTさん本当にありがとう。

そして24日-25日、娘のために八戸に小旅行に行ってきたが、その際下田のジャスコで家族からケーキをご馳走してもらった。娘は旅行中でテンションが変なことになっていて、常に落ち着きがなく意識がぶっ飛んでいたが、しっかり誕生日を祝ってもらえて嬉しかった。嫁さん、娘さん、本当にありがとう。

33歳の一年は、とにかく仕事でキツい思いをした記憶しかない。これから、去年と同じ地獄の期間に突入するのでこれからも厳しい日々が到来すること間違いなしなのだが、こうやって自分自身の中ですら適当になっている誕生日を、他の人にしっかり祝ってもらえる環境がどれだけ有難いことか、というのを心に置いて、大きな山にも挑んで行きたいと思う。

34歳の一年内では、おそらく大借金の末に家が建つので、またこれまでと違った人生のステージに入りそうだ。変化がない毎日だなあと思って過ごしていても、着実に動いて変化はしている。いい一年になればいいなあ。
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おうち探し

2016年09月20日 20時27分58秒 | 日記
先日の投稿でこち亀の最終回を予想していたけど、大きく外れた。最後はストーリーがなく、にぎやかし展開でキャラが動き回っておしまい、か…。1話だけで風呂敷をたたむのには無理があるから、10週間ほど使って最終回カウントダウンと称して各キャラの最後の掘り下げ(中川回、麗子回、部長回…というように)をしてくれたら素晴らしかったのになあ。

最近は、家を探していろいろな業者さんのモデルハウスを見学したり、話を聞いたりしている。9月17日~19日の三連休はほぼ全てをこれに費やしたが、おかげで大分、選ぶべき家が絞れてきたように思える。最初は家に対する希望・要望などは無かったけど、今の自分にとっては「場所」が最も重要で次に予算、だなと。

それでも、今自分が選ぼうとしているやつは建売住宅なので、注文住宅で図面を眺めながら考えるよりは圧倒的に生活をイメージしやすい。なんせ家具も付いてくるので、そのまま生活する絵を描ける。尚合わないものが出てくるとすれば、それこそ家族構成が想定外に変わるとか、不慮の事態が発生したときくらいなもので、後は体を建物に合わせるだけだと考えている。

それにしてもどの会社に行っても、コンサルタントの皆様が本当にいい人たちで、毎回自分などのために資料を用意してくれたり、沢山物件を探してくれたり、娘と遊んでくれたりお菓子をくれたり、凄く汗をかいてくれて、大変なお世話になってしまっている。あんないい人たちなのにほとんどにお断りの連絡をしないとだめなのが辛い。

昨日など、アイフルホームにお話を聞きに行った帰り駐車場から出るとき、車が見えなくなるまでずっと頭を下げてくれていたし…。商売なんだから当然だろう、というのはわかっているが、それでもあれだけの親切を目の当たりにすると、自分としては恐縮してしまう。自分だけで交渉してたら、絶対普通に一個目の会社で家を決めていたなと思う。

こち亀で寺井がインチキ不動産屋にトンデモな家を薦められるシリーズもあったなあ。土地代が1坪で、はしごが伸びてて空中の家に入る、とか6畳間だが畳が縦長になってる超細い家だとか。あのシリーズは面白かった。家じゃないがニセ車の「フュラーリテスタ・オッサンドナイシテマンネン」とか印象的だった。またこち亀読みたくなってきた。
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最近ゲオで借りて読んでる漫画

2016年09月16日 23時41分43秒 | 日記
最近ゲオで数冊ずつ漫画を借りては返すを繰り返している。今読んでいるのは「極悪がんぼ」だが、ほんと面白い。「カバチタレ!」は行政書士という正義の側から社会的弱者を救うべく走り回る作品だが、がんぼの場合は完全に悪そのもので、詐欺・恐喝・偽造・窃盗など犯罪行為のオンパレードで人の弱みにつけこみ、ひたすら金を稼ぐ。

主人公は同じ探偵事務所(探偵事務所とは言いながら単なるやくざまがいの事件屋)の同僚にハメられ4000万の負債をかかえ、利息だけで毎月400万を取り立てられる中、裏ビデオ販売で安定した利益を得ることに成功する。地元やくざに脅され、みかじめ料で毎月50万円を払い続けつつ事故車を安く改造した車でわざと事故を起こし、保険金を取る。

上記はたった5巻までの流れだが、このほか金策のために山ほどの犯罪を犯している。とにかく悪行の限りを尽くしていても、漫画の中では主人公たちの事業成功はハッピーエンドとして描かれる。その実被害者も確実に存在しているのに悲壮感や嫌悪感が生まれないのは、被害者自身も極悪人ばかりだからか。

「ザ・ファブル」も凄く面白い。圧倒的な戦闘力と潜伏力を持つ殺し屋「ファブル」が、一年だけ身を隠すため普通の人として街に暮らす。こう書くといかにもありきたりだが、さすが「ナニハトモアレ」を書いていた人だけあって、日常の特筆すべきでないようなこともだらだら描いているあの空気感がいい。

日々クソがつくほど真面目に生活している自分なのに、好きな漫画はギャンブルだのヤクザだの殺しだの、そういった作品が多いのはなぜなのか。明らかに自分にはない部分で、あまりにもかけ離れすぎているからそれが魅力的に見えてしまうためか。あまりに自分本位でルール無用すぎるところに、無意識に憧れを抱いているのか。

確実なのは「漫画だからこそ楽しめる」のであって、リアルではそういう裏社会の方々とは絶対にかかわりあいたくないということだ。「あくまでもフィクション」であるということを前提にするからこそであって、「ウシジマくん」みたいに実話を元にしている作品は、リアルの匂いがキツすぎて読むことができない。
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