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色眼鏡 (続き)

2017-03-19 13:08:10 | Weblog
 (続き)
 「多品種の金魚」は、もちろん、例えだけれども。
 世間に都合の良い意見だけを言って、暮らす、生きていく事は、出来ないなあ、と思うのだけれども。
 
 『全てが良ければ、叩かれる』らしい。
 日本がバブルの頃のアメリカによる、日本叩きについて。
 『日本の大幅な貿易黒字(経常収支黒字)はアメリカの大幅な貿易赤字』だから。
 アメリカが、叩くのは、当然、まあ、私はそう思うのだけれども。
 
 日本人は、日本のマスコミは、『日本人全ての幸福』を言う、望むのだけれども。そして、全ての指標が、素晴らしい事を望むのだけれども。
 それを、実際に実現した結果が、日本がバブルの頃のアメリカによる、日本叩きであった訳で。と思う。
 
 バブルの頃なんて、くそじゃないかと。
 日経新聞は、経営状態が素晴らしい企業があったら、『社長が素晴らしいからであり』と言い、書きか、経営状態が悪い業種があったら、『政府はこれらの業種に対して、補助をすべきである』と主張していた。
 
 バブルの頃は良かった、とか言うのは、幻想だと思う。
 あの頃はあの頃で、新聞は、大騒ぎしていたのに。その事を忘れて、『バブルの頃は良かった』という。「馬鹿じゃないか」と思う。

 昔は良かったというのは幻想だ。
 大体、分かっている事によれば。『昔は良かった』という人達は、現在、幸福を感じられないから、そういう事を言うのが分かっている。『今が幸福な人達』は、『昔は良かった』とは言わない、ということで。

 『その時点で取れる最善の選択を』してきたという自負がある人は、決して、『昔は良かった』とは口にしないであろうと思われるということで。

 人は、常に、『不完全情報』の中から判断しなければならない。
 本当は、年を取れば、賢くなるのが本当だ。
 『昔が良かった』という人達は、知識を増やす努力をしないで、生きてきたのであろう。
 私には、そうとしか思えないが、と。

 もうちょっと思う話があるのだけれども。
 自分に分からない事、決断出来ない事があるからと言って、他人に判断を任せるのはどうかと思う。

 『ハローワークの人に、「どの資格を取れば良いですか」と聞いて、「好きな資格を取れば良いと思います」と言われたので、好きなのを選んだら、その資格では就職出来なかった』という文句を新聞の投書で書いている人を昔読んだが。
 というか、正確に言えば、「どの資格を取っても、就職に有利にはなりません。だから、好きな資格を取って下さい」という事なのだけれどもなあ、と。でも、ハローワークの人としては、『どの資格を取っても、就職に有利にはなりません』とは言えないから。『好きな資格を取れば良いと思います』としか言えない訳で、と。それを、ハローワークの人のせいにするのは、どうかと思うのだけれども、と。
 自分で、考える事が出来ない人っているよね。で、他人に判断を任せ、その人の言う通りの事をして、上手く行かなかったら、その他人が悪いせいにする人。そういう人って、いるよね、と思う。
 そして、日本のマスコミは、そういう人を、沢山作り出して。そういう人達の事を、悪であるとは言わない、善である、と言う、ということで、と。
 で、だから、日本人に不幸を感じている人が多いのだろうけれども。
 自分がすべき判断を他人に任せるから、不幸を感じる結果になる、ということで。
 自分で、判断していれば、どんな結果になったとしても、受け入れられるであろうのに、と。
 ハイリスクハイリターンと言うが。『この投資は、ハイリスクハイリターン』だと分かってやるのであれば、『ハイリスクハイリターンの投資も悪くない』と思う。
 でも、大抵の人達が、『この投資は、ハイリスクハイリターンであることを分からないで』『ハイリスクハイリターンの投資をやっている』。で、失敗した時に、『勧めた人達が悪い』という、と。本当は、そんな投資を、他人の意見、考えによって、やる方に責任があるのだが。それは、マスコミは、言わない、ということで、と。

 『馬鹿でも』は本質的にありえない。でも、マスコミは『馬鹿でも』騙す方が悪い。騙された方が被害者だという。本当は、そんなものに”他人のお薦めで”お金を出す方が、馬鹿なのに。その馬鹿の指摘はしない。それが、日本のマスコミの馬鹿な点だと思う。

 勝間さんは、ともかくとして。勝間さんの、自己啓発を信じる人って、どうみても、ただの一般女性にしか見えない。
 普通に見たら、『勝間さんのようになれる訳もないし、出来る訳がないじゃない』と思うのだけれども。
 親が、馬鹿なら、子供も馬鹿になる。
 それを、親が馬鹿なのに、子供に天才性を期待しても無理だと思うのだけれどもなあ、という話な訳で。
 自分の能力、自分にとって、出来る事と出来ない事の見分けが出来ないといけないと思うのだけれどもなあ、と。
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