ミカエルの函館散策記

美しい夜景と異国情緒溢れる町・函館。
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第107号 華麗に蘇った 大正のデパート

2007年03月22日 | 旧跡、史跡

            
                (この写真を拡大する) 
所在地=函館市末広町4番19号     
旧=丸井今井百貨店函館支店   間もなく=地域交流まちづくりセンター

この建物は百貨店から市役所分庁舎に変わり、そして間もなくオープンする表記センターへと受け継がれる。
店祖・今井藤七は明治4(1871)年、23歳のときに新潟・三条から来函、翌年札幌に出向き、大正5年に他店を合併して札幌に百貨店を開業した。
函館店は、弟の良七が独立を希望、明治24(1891)年、函館の菊地呉服店と共同経営でスタート、翌25年に今井呉服店函館支店とした。

大正12年、この地に鉄筋コンクリート造3階建てのデパートを開店させた。
この3年前の大正9年は第1回の国勢調査実施年。
函館の人口は145,843人で仙台・札幌を上回る東北・北海道最大の都市だった。
近くにあった7階建ての金森デパートとともに一大繁華街として大いに賑わい、さらに業績好調なことから昭和5年に4、5階を増築、さらなる繁栄を誇った。、

昭和9年の大火後、市勢が東部方面へ移動するのに伴い昭和44年に五稜郭地区へ移転。
45年4月からは市役所分庁舎として活用され、交通局、水道局、市史編さん室、函館圏開発事業団、庁舎建設事務局、道立内職相談センター、北方領土復帰期成同盟などが入居、業務を開始した。
その後、これら団体の中には解散したり、新市庁舎や周辺の再開発ビルへ移転したりして空きスペースが目立ち、平成14年10月に交通局が駒場町電車車庫へ移転したのを最後に空家となり閉鎖された。

老朽化したものの取り壊すのは勿体無いと、軽量化を図るために、後年増築した4,5階部分撤去する延命を主とした復元工事が進められ、このたび竣工、4月1日から
「地域交流まちづくりセンター」として第3の道を歩むことになった。

私が子供の頃、百貨店へ行く時は普段着より少しは小奇麗にしたものだった。
そこは、遊園地であったりファミレスでもあった。
贈り物に丸井の包装紙を使うのが一番とも思っていた。
こんな思い出がある丸井、今度はどのようなお客様をお迎えするのか、玄関は晴れのオープン日を待ち望んでいるかのようだ。

業務概要~地域情報発信、市民交流、市民活動支援  ℡0138-22-9700

                    ミカエル