背中合わせの二人

有川浩氏作【図書館戦争】手塚×柴崎メインの二次創作ブログ 最近はCJの二次がメイン

冬は、スポ根 【2】

2009年01月26日 04時18分51秒 | 【図書館危機】以降
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朝、もぞもぞと隣のベッドから起き出す気配。
ふ、と目を覚まして仕切りのカーテンを開くと、郁がジャージに着替えて出かけようとしていた。
時計の時刻は5時半。
柴崎は「……どこいくの、笠原」とそっと声をかけた。
「あ、ごめん、起こしちゃったかー」
郁は済まなそうに目の前で手刀を切る。
反対の手にはスポーツシューズらしきものを持っている。
「それはいいけど、あんた、どこ行くのよ。こんな朝早く」
パジャマの襟のところがすうっと冷える。寒い。
柴崎は袷を掻き合わせた。
「ちょっとね。朝練」
「あされん?」
「うん。バレーボールの」
柴崎は呆れた。
体育会系のすることには全くついていけない。とばかり首を横に振る。
「怪我しないの、こんな朝っぱらから動いて」
「それは大丈夫だと思うけど……。あいつがどうしてもって言うからさあ」
ごにょごにょ。小声で郁が言葉を口の中で転がす。
最後まで聞き取れなかった。
「朝ごはんの時間までには戻ってきなさいよ」
行ってらっしゃい。寝返りを打ちながら柴崎が言うと、郁は「ん」と頷いてドアから出て行った。



郁が体育館に着くと、手塚はもう来ていた。
「遅いぞ」と息を弾ませて言う。
もう軽くアップは済ませてるいるらしい。ストレッチを始める。
郁はシューズに履き替えながら、
「6時前に人を呼び出しておいて、遅いとか言うし~」
信じらんない。コイツ。
ぶつぶつ言って、郁も柔軟体操に入る。
「お前の練習にもなるだろ。文句言わないで付き合え」
「ったくう。勝手だなあ」
しぶしぶ、郁は筋肉を軽くほぐす。朝が早いので、まだどの筋肉も眠っている。
たっぷりアップしなければ。怪我のもとだ。
「大体さ手塚なんであんた、朝練なんてやろうなんて言い出したのよ。こういうおふざけ行事、苦手なんだって思ってたわあたし」
「苦手だよ。ご推察どおり」
しかめっ面で、手塚は返す。
「でもやると決まったからには、きちんとやる」
生真面目な横顔を見て郁は肩をすくめた。
「なるほどねえ。【らしい】っちゃらしいわ。でもなんであたしまで巻き込むのよ?」
だってバレーだろ。不機嫌極まりないというように、手塚は口を尖らせた。
「団体競技じゃ、相手がいないとパス練習だってできやしないじゃないか」
「……苦手そ~。あんた絶対個人種目むきよね」
「うるさい。そう言うお前こそ、専門は陸上だろ」
「言ったな。あたしはね、聞いて驚け。高校の球技大会の女王だかんね! バレーだってバスケだってドッジボールだってなんでも来いだわよ!」
ふん! 鼻息荒く胸を張った郁に、いまいましそうに一瞥をくれて、手塚は倉庫から出してきたバレーボールを一個放った。
ぱしんと胸の前で郁はそれをキャッチ。
「肩慣らしするぞ。向こう行けよ」
「~~何よいばっちゃって、感じわっるーい」
「悪くて結構。ほら、始めるぞ」
「いいわよ、やってやろうじゃないの」
ぽきぽき。指を鳴らして郁はボールを掴み直した。


はあ~。
昼の休憩時。食堂に行く気力もなく手塚が売店で買ったパンをぼそぼそとかじっていると、後ろから名前を呼ばれた。
「手塚」
ぎく。
戦闘服の背中が明らかに動揺する。
その後姿に柴崎が近寄る。
「なに、こんなとこでご飯? しけてるわねえ」
手塚は座っていた三人がけのベンチに座ったまま、彼女を仰いだ。
柴崎は小首を傾げるように彼を見下ろす。
「食堂行かないの? 堂上教官とかみんないるわよ?」
「今日はいい」
手塚は柴崎から目を逸らした。
「今日はって、あんた昨日も来なかったじゃないの」
「俺がどこで飯食おうが、関係ないだろ」
言ってから、あ、と口を押さえる。しまった……。
慌てて柴崎を窺うと、「ま、そりゃそうね」とくるんと踵を返して行ってしまう態勢。
とっさにその手を掴んだ。
驚くほど細い手首。構わずぐいと引く。
「ごめん。すまなかった」
八つ当たりだ。――手塚は不機嫌をそのまま柴崎に伝えてしまったことを後悔した。
柴崎は自分の手を掴む手塚をわずかに困惑の目で見詰めながら、「いいけど……」と彼の隣にすとんと腰を下ろした。
「柴崎」
びっくりしたように目を瞠る手塚の方を見ずに、
「どこに座ろうが、関係ないでしょ」
と言った。
「~~だから、ごめんって」
そういう反撃はずるいと思う。自分で言っておきながら、手塚は頭を掻いた。
「分かってるわよ。でもなんでそんなにささくれちゃってるの? 朝練のやりすぎで体が疲れちゃってるんじゃない?」
「何で朝練のこと、知ってるんだ?」
「あたしは笠原の同室だもん。あいつとつるんで朝から練習しようなんて真面目なやつはあんたぐらいかなって」
「……ご名答だよ」
手塚はパンを力なく齧る。
砂を噛んでいる様に味気ない。何を食べても。
朝練のことが柴崎にばれているとしたら、もしかしたら既にこの女の耳にも入っているかもしれない。そんな思いが浮かんで、手塚はなんだかいてもたってもいられなくなる。
隣を窺いながらそっと尋ねた。
「……お前、笠原から聞いてないのか」
「何を?」
柴崎は首を傾げた。
「いや。その、俺のこと」
「あんたのことで、何を笠原から聞けって言うのよ」
素で、柴崎はきょとんとしている。どうやらしらばっくれている風ではないらしい。
そっか。あいつ、ばらしてないんだ……。
そういや、笠原ってああ見えて案外口の堅いとこ、あるよな。
「……」
俯いたきり黙ってしまった手塚の横顔を見てさすがに心配になったのか、柴崎は、
「ねえ、ほんとどうしちゃったの? 大丈夫?」
と訊いた。
「――誰にも言わないって誓うか」
どシリアスな顔つきで、手塚が急に面を上げた。
柴崎をまっすぐに見詰める。切れ長の目で。
「え」
どき……。
はからずも、心臓が不規則に鳴った。
それを押し隠して、柴崎は「な、なによ。急に」と脚を組む。
「お前が誰にも言わない。聞いても笑わないって誓ったら、言う」
いつになく深刻だ。
この男がこんな沈痛そうな、重石を呑み込んだような顔をするなんて。
いったい、どうしたっていうの。
騒ぐ胸のうちを悟られぬよう、表面上は平静を装って柴崎はいつものようにクールに答えた。
「いいわよ。なんか仰々しいけど、あんたがそう言うんなら。呑んでも。
信用して」
話せば、というように目で促す。
手塚はそれでも逡巡をまなじりに浮かべ、数秒口火を切れなかった。
ややあって、躊躇いを吹っ切るように身体ごと柴崎に向き直り、
「あのな、俺、実は……」
と話し始めた。



「――嘘でしょ」
「……ほんとだ。嘘でこんなこと、お前に言えるか」
手塚は苦虫を噛み潰して飲み込んだ後のような、しぶしぶの顔を伏せた。
はあああと肺の中の空気を全部搾り出してため息をつく。
「だって、まさか……」
柴崎は、声もない。
嘘。手塚が、この特殊部隊の中でも超エリート中のエリートの、こいつが。

究極の、球技運痴だなんて!

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2 コメント

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ぎゃ~~~~ (たくねこ)
2009-01-26 07:20:20
こ、こんな腹筋の鍛えられそうな話、見逃してたじゃん!
昨日一日損したっ!!!
頑張れ、手塚っ!ハラ抱えて笑ってあげるからっ!!!
返信する
手塚、いとしいあまりの、 (安達)
2009-01-27 02:34:41
スポ根連載と思ってご笑覧くだされば幸いです。笑

ヘタレな手塚もダイスキーvvv
もちろんかっこいいほうもですが。

さて。まずはレギュラー獲りを目指せ>手塚よ
返信する

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