母の膵臓ガン闘病記

2009年9月に膵臓癌を宣告された最愛の母の記録
2010年3月永眠…それからの私

母の人生

2010-01-23 01:20:20 | 日記
母のような年代の人には多いことなのかも知れないが…

母は、ワンマンで時には暴力を奮う父に仕え、その父が脳梗塞で倒れ、入退院を繰り返した十数年を看病に費やし…父が亡くなって、母が母らしく自由に生きられる時がようやく訪れたと思ったのに…
父の3回忌が来た頃には、母の体には憎き膵臓癌が巣食っていた。

やっと幸せになれると思ったのに…
これから母の為に沢山親孝行をしてあげたいと思っていたのに…

母への唯一の親孝行は看病になってしまった。 
何と可哀想な人生なのか…母の宿命を呪った。

私の生きるべき時間が数十年あるならば、できることならその時間を母にあげたい。
私の命を削ってでも、母に生きていて欲しい。 

朝に夜に、そう祈る。奇跡が起きるまで、私は祈り続ける。

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コメント

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Unknown (みぃ)
2010-01-23 19:17:19
ミケさん、今晩は!
お母様の足の具合は如何ですか?
あまり大した事が無ければ善いのですが・・・心配です。お大事にして下さいね。
そしてミケさん、ご家族とお仕事をお持ちになられてるとの事ですから、本当に・本当にご無理だけはしないで下さいね・・・ミケさんのお身体も心配です。

先程りりぃ。さんのブログにお邪魔してきたのですが、私はミケさんのコメントに勉強させて頂きました。
私はりりぃ。さんを通してミケさんにお会い出来た事のお礼を、りりぃ。さんご自身に伝えず、無作法な真似をしていました。
その事に気付かせてくれたミケさんに、感謝します。
有難うございました。
これからも色々と勉強させて頂きたいと思います。
宜しくお願いします。

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