美呆村

美呆の日記

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演劇の再演が終わりました

2017-02-24 | 村のこと
2月19日、日曜日。
演劇「いつか見た空」の再演が無事終わりました。

本当に、本当に、良い舞台となりました。
みなさんの息が合い、それぞれの役を生きていました。
舞台が終わった日、なんとも言えない、不思議な感慨に満たされていました。



一ヶ月間を空けての再演。
しばらくぶりに稽古すると、かなり抜け落ちていたところもあり
本番二日前の通し稽古はボロボロでしたが、
そこからどんどん良くなりました。
初演時に比べ、今回は、稽古を始める前と後に、みんなでシェアをしました。
演劇をするということはどういうことなのか、俳優の仕事とは…
この劇のテーマとなるところ、「コルフォ」の存在とは…
「ほんとうの私」と「キリスト存在」…

そうしたことを、深く掘り下げて話し合うことで、演劇に取り組むこころの在り様が
きっと変わってきたのではないかと思います。
僕自身、こうして、話すことで、
演出として、演技の指導としての底から支えられる力を得てきたように感じました。

ある事柄を、内的に、どう感じているのか、考えるのか、
それは、ことばにしてゆくことは、なかなか容易ではありません。
しかし、それをしてゆくことが、特にこうした演劇という芸術をやる上で
大事になってゆくことを痛感しました。

4月から、言語造形レッスンを始めるために、今、準備を進めていますが、
言語造形の稽古の前にも、同じように、内なる歩みをことばにしてゆく時間をもち、
やっていきたいなと考えています。


今回、そういうこともあって、一人ひとりの役が深められ、劇全体の深みや、面白みが
ぐんとアップしたように感じました。
軽やかになりつつ、深まる。
そのせいか、初演時より、劇の中盤以降まで、終始笑いが随所に起こりました。
それは、役を生きて、その役にしっかりと根を降ろし、
舞台上でのセリフのやり取りが安心して観ることができた状態にまでなったからではないかな
と感じました。
安心して観ることができたら、安心して、劇の内容で笑うこともできるんだなと。

本番の日、午前中にゲネプロを終え、
午後に本番。
本番の時間、僕は照明で舞台袖にいたのですが、
本番前間ではドキドキしていたのです。
でも、本番がはじまり、最初の山場を越えたあたりから、
もう、役者の皆さんに、なにか、作品そのものをお任せできたような感覚になり、
こころが穏やかに、静かになっていました。

そう、この感じ。

演劇をこのメンバーで作れたこと。
そして、演劇作品ができたからこそ、そうして、作者の自分から
どこかで手放せて、離れて、歩いて行ったように、感じたのです。
それは、作品が成熟し、出来上がったこと。
それによって、こちら側が、これ以上力を注ぎこまずとも、自然と
劇ができてゆく状態にまで進めたのかなと思っています。

思い入れ深い作品であったので、本当に不思議な体験でした。
作品の精神は、こうして、作者から離れて歩いてゆき、どこまで歩いてゆくのでしょう。

観た方の、こころの底にまで、歩いて行ったでしょうか。
それは、この演劇を観た方だけにしかわからないことかもしれません。

次は、自分以外のだれかが、この作品を演出して、上演してくれないかなあと考えています。
客観的に、自分も、この作品が見てみたいし、
登場人物、それぞれが彫り深く描かれている作品も、そうないのではと思うので、
役者側にとってもやりがいのある作品となるのではと思うからです。
それはきっと、たくさんの対話を産みます。
そのことが、豊かなものにつながると、信じてやまないのです。
もし、上演したい方がいらっしゃいましたら、ぜひ、お声かけください!

いやあ、終わったなあ!
楽しかったー!
一緒に劇を作ったみなさん、本当にありがとう。
一生の思い出でになりました。
本当に、本当に、ありがとう!

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