美呆村

美呆の日記

演劇の再演

2017-02-07 | 村のこと
なんと! 新年に上演しました「いつかみた空」の
再演が決定しました!


2017年、2月19日(日)13:30開演です。
場所は ひびきの村 オイリュトミーホール。
入場は無料です。対象は中学生以上です。
お問い合わせは 0142-25-6735(ひびきの村)


出演者の皆様が、もう一度やりたい!という気持ちが、
再演を叶えました。
これほど再演を熱望してくださって、本当にうれしいです。
NAAで演劇が再演されるのって、ひょっとして、初めてじゃないでしょうか。


皆さま、ぜひ観に来てください。
お待ちしています。



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新年の演劇

2017-01-22 | 村のこと


あけまして、おめでとうございます。

……
新年のご挨拶がこんなにも遅れ、果たして私は
一体何をやってきたのだろうと、そんなことを思ってしまいます。

年明けから、演劇をやっていて、その演劇の準備のため、自分のあらゆるエネルギーを
注ぎ込んでいました。
その演劇は、ひびきの村ミカエルカレッジを学んでいる内容とも重なり、
テーマとしても「本当の自分」と出会うというものです。

実はその作品は、私が17歳の時に書いた戯曲で、
「いつか見た空」という、居酒屋を舞台にした物語です。
どんな物語だったのかは、簡単にあらすじを…(チラシに書いたあらすじを下記に)

<居酒屋に集まる客。その人々の様々な悩みの中に沈んでいる、ある何か。
記者が何年も探し続けているコルフォという不思議な子どもがこの町の近くにいるという。
また、人の心の声が聞こえると悲痛な叫びをあげる青年が、助けを求め居酒屋へ。
コルフォは老発明家に、ある発明を依頼した。そして数日後、その発明品をもって
居酒屋に現れる――。「本当の自分」と出会う、笑いあり、感動の物語>



17歳の時に書いたものを、昨年5月に読み直して、
主に登場人物の彫りを深く書き改めました。

7月に受講生の皆さんに手渡したのですが、
その時から、この演劇はきっといい作品になる、という確信があり、
つい先日1月13日に本番を迎え、その確信は現実のものとなりました。

本番前の一週間、午前も午後も、時には夕方遅くまで残って
練習していたのですが、個人個人が、自分の役に向かって、テーマに向かって、
打ち込んできました。
ここまで根詰めて、大人が何かを作ることがあるのだろうかと、
本当に不思議になるくらいです。
その時間は、一生に残る思い出の時間になりました。

出演者のどなたかが、今、とても青春している、と
おっしゃっていました。

この青春というものが、10代の頃に感じていたものとはまた違い
消化した、より純化した形で、感じられているように思いました。
もう二度とこないと思っていた青春を、確かに自覚して、
もう一度、体験しているような。

約1時間半の舞台の本番を終え、夜六時から、ひびきの村メインホールで打ち上げをしました。
その打ち上げの、楽しかったこと!
みんなが心から笑い、公演中のハプニングについて、テーマとなるところを話し合っていました。
この作品を選んで、本当によかったなと思いました。
このような話ができるということ、それが、この作品の良さであり
また、この演劇の醍醐味であったように感じました。
(すごくいい作品だったから、また再演してください!と誰かが言っていました。再演なるか!?)


新年早々、こうした時間を持てたこと、本当に、格別な年だなと感じました。
そして、出演者の何人もの方が、
「演劇って本当に楽しいんですね」
「もう一度やりたいです」
とおっしゃってくださいました。
本当にうれしい。

自分は、17歳の頃に感じていた心の中のことは
結局、今になっても、変わることなくあって
それと今も向かい合っている、向かい合おうとしている、
考えている…
ということ。

それは、きっと人間の、本質、のようなものなのかな、と思っています。

この演劇をとおして、言語造形も深められました。
やはり、演劇っていいな。
また作っていきたいな、と思いました。



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新しく作ったケーキ 

2016-11-20 | お菓子
先週は、ひびきの村で、
建築家、岩橋亜希菜先生の一週間集中講義があり、
久しぶりに、僕も、受講させていただきました。

建築史・音楽史を学びながら、様々なデザインの建物、様式を
音楽とともに楽しく学ぶことができました。

そんななか、新しいケーキを作るインスピレーションが!!

ヴィーガンであるだけでなく、グルテンフリーのものをつくりました。



こちらは、かぼちゃのロールケーキ



これは、ティラミス


写真撮り忘れましたが、他には、抹茶プリン、ガトーショコラも作りました。
ガトーショコラも、グルテンフリーで、納得のいくものができるようなって、嬉しいです。


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お菓子屋さんのSLOW珈琲・美呆喫茶店open

2016-11-20 | お菓子


こちらはもう、冬。
雪が降り、積もっては消え、また積もっては消え、
この繰り返しの中で、村の土の道は柔らかくなり、
車の轍のあとが残ってゆきます。
(春の雪解けも、そうなんですよね)
二日前は暖かい一日でしたが、今日からは最高気温が-5℃くらいの日々が続きます。
長崎では、ない寒さ。

二日前の暖かな一日が、長崎での、普通の冬の気温位だったような・・・
こちらに来て、だいぶ体が寒さに慣れたような気がします。


さて、引っ越しも済み、少しずつ
(ほんと、少しずつなんですが)
お店の準備も進み、いよいよ
12月11日(日)から、12時~17時の間
お菓子屋さんのSLOW珈琲・美呆喫茶店がオープンします。

菓子美呆のお菓子の販売と、お茶もできるスペースがあります。
10席ほどの小さなお店です。

自家焙煎した珈琲を、丁寧に淹れて、美呆のお菓子と共に
豊かな時間を味わっていただければと思います。
そして喫茶なので、今までは出せなかったような生菓子もお出しできます!

そして、12月11日、オープンの日は、ミニライブ14時~もあります。
「 mitchan & yasu 」
ブルースハープとギターのほっこりした投げ銭ライブです。
ぜひ是非、お越しください!

そうそう、先週は、けっこう生菓子作ったんです。
その写真も、また載せますね。





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「ことばの、ことばたるところへ」~詩作と言語造形の夏~のこと

2016-09-09 | 詩について

詩作をした林。 


前記のブログの前に、ずいぶん時間が開いていたのだとビックリした。
きっとご心配をおかけしたのではと思っています。
だいじょうぶです、家族みんな、とても元気です。



ところで、今回は、サマープログラムの3週目担当した
「ことばの、ことばたるところへ」~詩作と言語造形の夏~
のことを書きたいと思います。

関西から、関東から、道内から、参加者があり、
多すぎることのない人数で、森の中で、またはオイリュトミーホールの中で
講義を進めることができ、その豊かさが、今も、じんわりと、
温かな思い出として、肌によみがえってくる。

4日間のうち、午前中の半分の時間を、詩作の時間として使わせていただいたのだが、
ひびきの村の中の、林の中で、詩作を行った。

この週は、毎日、本当に良いお天気で、林の中も、明るい光が差し込んで、
緑や、木々の肌の色が鮮明だった。

わたしはまず、自分が詩を書くようになったいきさつをお話しした。
23歳のころ、東京で暮らしていたとき、肺に穴が開く病をし、演劇の公演中であったために
処置が遅れ、死にかけてしまったこと。
そのときから、からだが一変して、弱くなってしまったこと。(現在はだいぶ強いけれども)
食べられないものが出てきたり、空気の良くない外を、目を開けていられなくなっていたこと、
電車もあまりのれない、車の排気ガスでくらくらしてしまう。

都会で暮らしてゆくのに、そうした中で、自分を保つために、自然と行っていたことが、
どうやら、詩を生み出すことにつながっていた、ということをお話しした。
以下のようなことを行った。


植物にこころの中で「あいさつ」をしながら歩く。
できるだけ目を閉じて歩く。景色の像を瞼に焼き付けながら、目を閉じ、歩いてゆく。
立ちどまり、ある植物をじっと見つめ、その色や感触などをよく味わい尽くす。
植物をじっと見つめ、息を吐きながら、植物の、音無き空間(静寂)を見つめる。
その静寂の空間に、声をかける。そこにこだまする声の、こころの空間が、詩を描くキャンバスとなる。
また、自分の心の内側に目を向け、「温もり」の中へ降りてゆく。自分の課題とするこころや、熱や、
涙のようなものへ。
その温もりが、胸を満たしているのを感じつつ、
その温もりの中で、ことばを紡いでゆく。像を受け取ったり、ことばを受け取ったり、
または、目に映るものから、描いてゆく。



細かく書き出してゆくと、たくさん有るのだが、大まかに書いてみた。
そのようなステップを一つひとつ踏まえつつ、
内なることば、自分のことば、
自分を導きさえすることば・・・
そのようなことばを、みなさんが、それぞれに、創造してくださった。

この時間に感じたことは、だんだんと深まってゆく、時の深まり、そして、
場を満たしている、こころの空間の広がりだった。
内なるものに目を向けるとき、そこに広がるものが何たるかというものを
まざまざと感じることができた。
そして、みなさん、はじまる前までは、詩を作るということにハードルの高さを
感じていたのに、一日が終わってみると、だれも、ハードルを感じなかったそう。
ごく自然に、詩、なるもの、そのような香り立つことばを
たどっていかれたのだと思う。

これは、ある意味で、瞑想の時間であったと思う。
わたしは、瞑想指導はしていないし、直接的にするつもりもないけれど、
クリエイティブに何かを作るということは、必ず、瞑想に立ち入らなければならないことも感じている。
それは、ある部分では、こころを豊かにするものが、内なるものに立ち入ることでのみ、立ち現れるからだと
わたしは思っている。
芸術行為が、地上からなくならない大きな一つの理由は、そこにあるのだと思う。


詩作の時間を経て、言語造形の諏訪先生へバトンタッチ。
諏訪先生のご指導のもと、みなさんの詩が、どんどん、形をもって
羽ばたいてゆきました。

言語造形と詩を生み出すことは、まったく違うことのように思われるかもしれないけれども、
わたしの中ではつながっている。

詩は、わたしが、詩という精神の世界で鳴りひびいている、声を、聴きとること。
それも、創造的に聴き取ること。自らの意志によって、自らの世界を作り出すように、聴き取ること。
そしてそれを、文字に書き残す。
詩の鳴りひびく精神の世界にわたしがゆくために、わたしの精神も潤う。そして、より真なるわたしが、
明らかに見えだしてくる。そのようなものだと思う。

言語造形は、テキストのことばに、一つひとつ、畏敬の念をもって、近づくこと。
息を吐ききりながら、からだをぞんぶんに使いながら、全身で、ことばになってゆくこと。
そのことを通して、詩人が聴いたであろう、詩の世界で鳴りひびく、声を、聴き取ること。
その声をつかみ、ひとつになり、語ること。

そして同じように、わたしの精神は潤い、真なるわたしへとつながってゆく。

このことが、詩作と言語造形なのだと思う。

諏訪先生が、ご自身のブログで、この講座のことを書いてくださっています。
よろしければこちらをご覧ください。
わたしの言語造形公演のことも載っています。



講義の時間以外にも、昼食のあとや、キャンプファイヤーのときにも、
諏訪先生の導きのもと、語り合う会、詩を見せ合う(ささやく)会、
などして、本当に親密な、味わい深い、夢のような時間を過ごした。

このような機会を作ってくださった、ひびきの村の運営のみなさんに
ここの場でお礼を申し上げたい。

今回、諏訪先生との初めての、詩作と言語造形のコラボレーションだったが、
このような会を、またぜひ大阪でも、やっていきましょうという話になった。

実は昨年の夏は、埼玉県の秩父のギャラリーで、お菓子教室と言語造形を開催させていただいたのだが、
お菓子作りをとおして、詩作の時と同じことをしながら、お菓子を作ってゆくことをした。
詩を作ることと、モノづくりをすること、その内なるものへの認識行為が、
わたしを豊かにしてゆくことにつながる。
そして、モノづくりにおいては、日々作るものに、枯れることなく、豊かな精神の潤いを宿してゆく。


人と、深くつながってゆくこと、
それぞれが、真のわたしをみいだしてゆくこと、
そこから立ち上がってくる豊かさをみいだすこと、
それが、わたしが今後もずっと行ってゆきたいこと。








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