マラソン日記~あきらめない夢は終わらない~

☆夢を終わらせない女子ランナーのマラソン人生を綴った日記です☆

2009年10月分

2009年10月31日 23時55分55秒 | 練習のまとめ
今後「月間練習のまとめ」を毎月書き、反省していきたいと思います。

◆2009年10月

◆ラン 140.6km
 走った日 11日
 さぼった日 20日
 かけた時間 996分
 平均ペース 7分/1km

◆スイム 11.2km
 泳いだ日 12日
 さぼった日 19日
 1回平均0.93km

◆バイク 5.8km

◆ウオーク 77・9km
 かけた時間 1558分

【合計移動距離 235.5km】

◇反省
ハセツネ前後1週間は何にもしてない
ランのうち115kmは10/22から6回分の練習でまとめて走っている
マラソンのスピード感覚がなくなり、取り戻せていない
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普通に走ってます

2009年10月29日 12時31分32秒 | マラソン練習
ハセツネが終わったらしたい事

私は「普通のマラソン練習」です。

ハセツネ後、筋肉痛は3~4日で完治したものの

歩くとお尻が痛い
階段で左膝の曲げ伸ばしに違和感がある

などの状態で、なかなか走り出せませんでした。
これらの症状は、痛い日もあれば、大丈夫な日もあり、微妙でした。

膝が痛い日は、ストックを1つ持ってお出かけしたりしていました
階段は手すりにつかまったりは当たり前ですね~。

でもようやく違和感が消え、先週末から走れるようになりました。

スピードは恐ろしく遅いです
ずっと走っていなかったし、足の回転が悪くなってます。
しかも16.5kmの練習で筋肉痛になったのは、自分でびっくりしました(笑)

22日・・・16.5km
24日・・・22.0km
25日・・・15.2km
27日・・・15.1km
28日・・・15.0km

土日も普通の練習を満喫したいと思います
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応援の言葉

2009年10月27日 13時01分13秒 | ハセツネ
ハセツネコースをスタートして間もない大和田橋を過ぎた上り坂。

ここに応援団がいらっしゃいましたね。

私は初参加だったので、どなたかご存知ありませんが、
毎年あの場所にいらっしゃるのでしょうか。

その応援団のおじさんの言葉がすごく面白くて、緊張がほぐれたのを覚えています。

私は最後尾チームで小走りしていましたが、上り坂だから早速歩こうかな~と思っていたところです。

応援団の方
「さぁ、このくらいの方は目標は完走だ。頑張れ!
走るな。歩け。歩いても大丈夫だ。関門はまだ開いているぞ。」

みたいな感じ?
(ちょっと言葉が違うかもです、ハッキリ覚えていません、ごめんなさい)

 そりゃ、まだスタートしたばかりだもん。
 関門は開いてて当たり前じゃ~ん♪

と心の中で笑った気がします。
面白い応援ありがとうございました!!

他にユニークな応援言葉をもらった方、良ければ教えてください♪
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もう泣き顔は見たくない

2009年10月25日 21時07分24秒 | 日記
日本山岳耐久レース フォトアルバム
「第17回ハセツネCUP グラフティ」がアップされてましたね。

私の物語も「フォトエッセイ」にありました

 24時間02分XX秒タイムアウト。
 あなたの記録は残らないが優勝者と同じくらいの拍手をあびました。

 あなたは最後まで走り通したトップアスリートだ。

 あなたの涙は悔し涙でないと思う、感激の涙だと思う。
 この感動が、ハセツネだ。

~フォトエッセイより引用~


3枚も掲載して頂きました
すごい恥ずかしいです…

ゴール300m前くらいからずっと泣いていました。
ゴール後も大泣きしました。
帰ってからも、しばらく経っても、間に合わなかった事を思い出すと
いつでもどこでも涙が出てきました。

グラフティに採用して頂き、オールスポーツでも約60枚くらいの泣き顔写真があり、
こうして自分の泣き顔を見る事って、普通ないでしょう?
とても複雑な気持ちです。

自分が泣いているのを見ると、また泣けてくるので、
本人がこの写真をあまり見れないでいます(笑)。

もう泣き顔は見たくないです。

来年こそ、笑顔でゴールしたいです。


・・・・・・

さて、「完走Tシャツ返却」の続き話です。

「完走Tシャツたしかに受け取りました」という手紙とともに
「心ばかりの気持ちとして…」
という事で大会オフィシャルトレーナーが送られてきました。

そして、何故か日本山岳耐久レースの地図&カレンダー(ポスターみたいなもの)
が同封されていました。

ハセツネコースの地図を眺めていたら、涙が出てきました。

本当に悔しい…。

あれほど頑張ってきた事が「完走」という形には出来なかった事は、
選手として本当に悔しい。

でも、挑戦して良かった。

 私は今年、ハセツネに初挑戦した事。
 何度も試走し、練習頑張った事。
 24時間粘り続けたけど制限時眼に間に合わなかった事。

 一生忘れない。
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皆様、ありがとうございます!

2009年10月21日 11時19分27秒 | ハセツネ
皆様、日頃からブログを読んで頂き、応援して頂き、どうもありがとうございます。

1つ前の日記「完走Tシャツ返却」におきましては特にたくさんの方から閲覧して頂きました。

本当はこの件をブログに書くのは差し控えた方がいいのではないかと思い、記事のアップはかなり悩ましかったです。

でも、ここは私の世界。
私の『ハセツネ物語』を全て綴っていこうと開設したブログですから、私が体験した出来事を全て残しておきたかっただけなのです。


返却依頼につきましては、
「ハセツネは厳格な大会なんだ。そんな大会に逃げ出さす挑戦した事だけでもいいじゃないか。」
と、気持ちの整理が出来た上で日記を書いたつもりでしたが…

未熟な私の文面により、つい切ない気持ちが先行した書き方になってしまったと思います。

コメントを寄せて下さった皆様☆
残念な気持ちを共有して頂いた事により、慰められました。ありがとうございました。

閲覧して下さった皆様☆
お騒がせして申し訳ございませんでした。


今回の出来事はもう胸にしまい、また新しい物語に向かって精進していきたいと思っています。
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完走Tシャツ返却

2009年10月19日 20時19分04秒 | ハセツネ
ハセツネの事務局から

私がゴール後に受け取った完走Tシャツを返却して欲しい

と連絡がきました。

私は「完走者でない」という現実をこんな形で再認識する事になろうとは、予想外でした。

ハセツネの完走Tシャツは厳格なものですね。

正真正銘のフィニッシャーでないと受け取る事は出来ない!

こんな一面から、大会の厳しさを感じ、またいつか実力で…!という闘志を燃やしている未熟な私でした。

すみやかに返却し、事務局の方に安心していただきたいと思います。

そして、フィニッシャーTシャツを手にされた方、本当におめでとうございます☆
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ハセツネの写真

2009年10月16日 23時45分58秒 | ハセツネ
オールスポーツに掲載されている大会写真を見ました。

すごい…

すごいですよ

私の写真、80枚近くありました。
(あまり多過ぎてきちんと数えてないけど)

普通一人10枚とかじゃないですか?

ここまで載せるか?ってくらい、喜んでいいのか怒っていいのか分からないくらい、
コマ送りのような感じで「涙のゴール」が載ってます(笑)

ゴール後、すごいフラッシュを浴びたんですよね~。
コレだったのね。どうもありがとうございます

泣き顔ばかりでかなり恥ずかしいんですけど…
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ハセツネの反省

2009年10月15日 12時52分18秒 | ハセツネ
第17回日本山岳耐久レースの結果がHPに載っていますね。

私のところ「DNF」がついてないんだけど・・・?
もう誰よりも一番!
一番遅いタイム・・・(笑)
あはは

さて、ハセツネの反省点を整理しました。

明らかな敗因は「走らなかった事」です。

他には

・下りに時間がかかり過ぎ
 急な下りが苦手です
 一歩一歩確実におりるので、かなりタイムロス
 テクニックが足りないです

・もっと中盤から馬力をかけて速く歩けば良かった

・サポーター締め過ぎだった?
 テーピングだけでもいいような気がしました


◎二重丸だったこと◎

・ガス欠、水不足にはならなかった
 大会3日前からきっちりカーボローディングをしたし
 前日、当日スタート前までは食べられるだけ詰め込みました
 補給食も自分に合っていたようで、足りない事もなく、
 食べたいタイミングで食べていたら、日の出山で全部なくなりました
 水は、42kmまでちょっと余ったくらいです(2.5L持参)
 第二関門以降、自然水に頼ることなくゴールまで余りました

・眠くならなかった

・左膝以外は余力があった


◎持って行って良かったもの◎
1、ダブルストック
2、サバイバルブランケット
3、液状サロンパス

■余分だったもの■
1、寒さ対策の上着
2、iPod
3、地図(一度も出しませんでした)
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ハセツネを終えて…

2009年10月15日 08時33分26秒 | 日記
ハセツネから帰ってきて3日経ちました。

今でも24時間以内にゴール出来なかった事を思い出すと、とても悲しいです。

でも、私にしか出来ない頑張り方で、最後まで絶対に諦めない意思を貫いて自分のゴールに辿り着けた事は嬉しく思います。

一番欲しかったもの(完走証)は手に入らなかったけど、余裕で目標時間内にゴールしては得られなかったであろうたくさんのものを手に入れました。

挑戦して本当に良かった。
この24時間2分は一生忘れません。

たくさんの応援、コメント、どうもありがとうございました!感謝の気持ちでいっぱいです☆


*******

疲労について

*睡眠
24時間以上、実際には35時間くらい寝てなかったのに、よく眠れませんでした。
帰宅後2時間半くらいしか眠れず、夜の二度寝も何度も目が覚めてしまいました。まだ興奮していたのかな。
それからも、疲労感でよく眠れるという事はありません。

*膝の痛みや筋肉痛
1日後…腹筋以外筋肉痛、歩行もままならない
膝は重心をかけたり、曲げ伸ばしで痛みを感じる

2日後…足の筋肉痛や膝の痛みはかなり軽くなり、階段上下に時間がかかるものの、小走り出来るようになった

3日後(今日)…足は全体的にかなり治った、明日くらいからジョグ出来るかも

が、しかし…!( ̄□ ̄;)!!

左側のお尻が痛くて歩行がままならない状態に!


今朝、起きてしばらくすると突然ズキンズキンとしだして、歩くと痛いです。
大会翌日より、歩くの時間がかかります(>_<)。

今年の1月、千葉マリンハーフマラソン当日の朝、突然お尻がズキズキ痛み出し欠場したという経験がありますが、その時と同じような嫌な感じです。
予兆がないのに激痛が!という部分が共通しています。

この時、完治まで2ヵ月くらいかかったんですけどー(T_T)/~


「終わったらしたい事」

以前の日記でみなさまにお尋ねした事、思いっきりやっていきましょう!!



みほひこのしたい事♪

それは、普通のマラソン練習♪

で、出来ない…(笑)

どうする!どうなる?

来月のフルマラソン!!
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ハセツネ日記2009

2009年10月13日 17時25分16秒 | ハセツネ
私の「ハセツネ日記」~第17回日本山岳耐久レース参加記~です。

【スタートから第一関門浅間峠まで】

スタートはもちろん最後尾の20時間以上のチームに並びました。
スタートロスは3分くらいだったと思います。
号砲が鳴った時に、自分の腕時計をスタートさせました。
号砲から24時間以内に帰って来なくてはいけませんものね。

渋滞だらけで、歩く事しか出来ない状態で20kmくらいまで来ました。
小走りで追い抜かして行く選手もいましたが、ほとんどの方が流れに合わせて歩いていました。

私も無理はしませんでした。
もう20km地点くらいから出走を取り止めようかと思っていた左膝の痛みが出てきましたし。

ヘッドライトは17時10分頃に点灯しました。
多分、醍醐丸(15.29km地点)辺りを通過している時です。
周囲が点灯しだしたので、つられてライトを取り出しました。

《第一チェックにて》
・距離 22.66km
・制限時間 1日目22時(スタートから9時間)
・目標 6時間
・通過タイム 6時間12分
・通過時刻 1日目午後19時12分
・順位 182-位/2059人中


【第一関門浅間峠から第二関門月夜見山第二駐車場まで】

浅間峠でチェックを受けてから、トイレに行きました。
10人くらいしか並んでいないのに、30分も待ちました。
この待ち時間は渋滞よりイライラしました。
待ち時間も無駄にはせず、補給食を食べたり、左膝に液状サロンパスをウエアの上からかけたり…

そうそう、このチェックを過ぎたらストック使用可です。
膝への負担を軽減させる為に準備したアイテムです。
両方で580gもあるストック、早くおろしたかった。

待ち時間に長さの調整をしたり、準備万端です。
あとはトイレを済ませるだけ…、でも待っても待っても順番が来ないんですよね~。
本当に動いているのかしら???と後ろの人と話をしながら気を紛らわしました。

やっとトイレを済ませ、さぁスタート!
たまたま前後に誰もいなくて、真っ暗闇へ一人旅となりました。

この頃、早くも痛み始めた膝を最後まで持たせる為に「少しでも走るものか」と決めました。
ここまで全部歩いた事によって20km地点まで持ったのかも。
「歩きを維持する事によって、もっとひどい状態に陥るのを防ごう」という考えです。
ひどい状態になったらリタイアするしかない・・・どんなに時間がかかっても完走する為の自分なりの作戦でした。

コース最高峰の「三頭山(標高1527m)」を通過するキツい区間ですが、
ダブルストックのお陰でアップダウンのキツさはほとんど感じませんでした。

一番辛かったのは、寒かった事です。

「寒いのは上半身だろう」と想定していて上着は持っていたけど、凍えそうになったのは太ももです。
ガチガチに寒くて、硬直するかと思いました。
耐えきれず、西原峠(32.19km地点)でレインコートを出し腰に巻きました。
でも、気休めにもなりませんでした。

三頭山避難小屋(35.59km地点)で、寒さ対策の為持って来たライフラインサバイバルブランケットを取り出し、これも腰に巻きました。
すると、少し歩いたら体温が保持され、寒さは解消されました。
恐るべき保温力!すごいぞブランケット!!

余談ですが、避難小屋に入ってみました。
しっかりと寝ている方が何名かいらっしゃいました。
私がこんなところで休んでいると、あと走らなければ間に合わない…でも走れない足なので、ブランケットの準備が終わったら速やかに立ち去りました。

一人旅が多かったのですが、私の後ろへ追い付いてきた選手には全員抜き去ってもらいました。

《第二チェックにて》
・距離 19.43km(42.09km地点)
・制限時間 2日目4時(スタートから15時間)
・目標 6時間
・通過タイム 8時間1分(累計14時間13分)
・通過時刻 2日目午前3時13分
・順位 181-位/1868人中(第一関門で191人リタイヤ)


【第二関門月夜見山第二駐車場から第三関門御岳山まで】

第二関門でチェックを受けた後、すぐに唯一の給水所で1.5Lのお水をもらいました。
ハイドレに1L、ボトルに500mlというワガママを聞いてくれて、それぞれに入れてくれました。
ちなみに、スタート時に2.5Lの水を持参しましたが、少し余っていました。

《第二関門 休憩所でした事》
・ボトルへムサシの粉を入れる
・ヘッドライトの乾電池交換(切れてはいませんが、弱くなっていたので)
・補給食を食べる
・靴ずれになりそうな所へ絆創膏を
・左膝へ液状サロンパスかけ、サポーターを締め直す
・靴ひもを締め直す
・トイレ

もう私には余分な時間がない為、これらの必要最低限の事しかしませんでしたが、時計を見たら20分も第二関門に居ました。
先に進む事しか考えていなかったので、現在時刻が午前3時過ぎという認識がなかったです。
第二関門の制限時間は午前4時ですから、ギリギリだったんですね…

私の足では下るのが大変でした。
左膝は曲げ伸ばし&重心をかけると痛むので、下りでは左足をまっすぐおろしてからから右足をおろす・・・
こんな下り方では時間がかかってしょうがありません。
でも、こう下るしか出来ない。
かなりなロスと分かっていながら、痛くない方法で下りました。

その分、上りや平坦な部分は頑張りました!
走れこそしないもの「ならば、速く歩くぞ」と頑張れる部分は急ぎました。

~鞘口山で夜明け~
御前山(46.57km地点)を過ぎると徐々に明るくなり、大ダワ(49.77km地点)まで下る間にヘッドライトを消しました。

…心の声…
 あぁもう、夜景はおろか、朝日を見るどころではない
 大ダワに着いたら、あと21kmか
 1kmに15分としても5時間半は必要だ
 制限時間から逆算すると今が7時くらいならまだ間に合うか?

 いや、この足では1km進むのに15分以上かかる
 しかも、これから大岳山の酷いガレ場のアップダウンが来る
 かなり頑張って危険な大岳山を通過出来ても、第三関門の制限に間に合わなければむだな努力だ
 
 御岳山からは13.5km
 同じく1kmに15分として、3時間半は必要
 逆算すると、どんなに遅くても9時半には御岳山に着かなければならない

 もう間に合わない
 無理だ、もう完走できない
 
頭の中で、フルマラソンを走っていて予定より遅れてしまった時の手慣れたタイム計算しながら、鞘口山を下山しました。

 どう考えても、もう大ダワでリタイアした方が賢明だ
 間に合わない可能性が高いのに、これ以上身体を酷使してあの大岳山へ進む勇気がない

 ・・・いや、勇気は出そうじゃないか

大ダワでヘッドライトを収納し、すぐにスタートしました。

コース上一番危険と思われる大岳山のガレ場は、未体験でした。
面白かったです(笑)。
確かに怖いです、滑落したら即死かも。
でも、私の場合完全に明るかったし、前後に誰もいないので気合いの声を出しながら乗り越えました。

…気合いの声…
 よっしゃ
 おりゃ
 いよっし

ガレ場では、ストックは邪魔でした。
ストックを上へ放り投げたり、下りも先にストックをおろしてみたり等しました。
ガレ場ではかなりタイムロスしたと思うけど、焦るだけなので腕時計は見ませんでした。

どんな時も、その時頑張れる事をして進むだけです!

《第三チェックにて》
・距離 15.91km(58.00km地点)
・制限時間 2日目10時(スタートから21時間)
・目標 5時間
・通過タイム 6時間29分(累計20時間42分)
・通過時刻 2日目午前9時42分
・順位 173-位/1736人中(第二関門で132人リタイヤ)


【第三関門御岳山からフィニッシュまで】

御岳山通過=午前9時42分
1kmあたり15分で進む想定より12分遅れて到着です。
チェックを受けた直後にスタートしました。
だって私には1分だって余裕がないから。

日の出山通過=午前10時25分
残り時間=2時間35分
ゴールまで=11.5km

…心の声…
 これから苦手な下りばかり
 日の出山の急な下りは時間がかかる
 こうなったら走りやすい道に入ったら、どんなに痛くても走ろうじゃないか
 練習ではこの下り1時間40分代で走った事もある
 初めて無理をしてみるぞ!!

 ・・・走れない、やっぱり人間不可能ってある!(笑)
 あぁ、走りたい
 まだ太ももには力が残っているのに、痛いのは左膝だけなのに

 よし、走れないなら速く歩け!
 こんなに山を速く歩いた事ないってくらいのスピードで歩けば間に合うかもしれない

ここが正念場だと思い頑張りました。
途中で滑って、この大会で初めて尻もちをつきました。
痛かったけど「こんなところで立ち往生出来るか」と打った痛みは無視して進みました。

努力の甲斐あって65km地点まで良いペースで来たと思います。
でも、無理がたたって足の裏が急激に疲れてきました。
速く歩いてるつもりでも、ここからは段々と遅くなってきたんだと思います。

金毘羅山辺りで、オールスポーツの方でもないのに写真撮影をしているスタッフの方がいらっしゃいました。
あと何キロか尋ねました。

残り時間=30分
ゴールまで=2.5km

もっと急げば間に合うかも?
ここからは「膝はどうなってもいいから、何としても時間内にゴールしたい」と頑張りました。

あと1kmを切ってから、なんとブログ繋がり方から
「みほひこさんですか?ブログ読んでます。頑張れ!」と声援を受け、ほぼゴール手前まで励ましながら並走してくださいました。
こんな形の初対面とは、ドラマですね~(笑)。

一般道へ入り
残り時間=5分
ゴールまで=約680m

もう走れないはずの左膝を引きずって走りました。
間に合わないなんて事があるはずない!
だって、なんとしても完走するためにここまで頑張ってきたんだもん。

私の腕時計は、号砲と同時にスタートしています。
手元の時計で、タイムが23時間58分になりました。

残り時間=2分
ゴールまで=???m

もうわけ分からない。

最後の角を曲がる前には、24時間過ぎていました。
もう確実に間に合わない事が分かってからは泣きながら走りました。

応援の方が「時間は過ぎたけど、みんなゴールで待ってるから!最後まで走れ!」
と声援を送ってくれました。

角を曲がってみると、ゴール地点ではすごい人々が待っていてくれ、ビックリしました。
ゴールラインに辿り着いたら、スタッフの方が
「記録は付きませんでしたけど、特別にTシャツを差し上げます」
と、本来完走した人しかもらえないフィニッシャーTシャツをくれました。

そのTシャツ受け取った時、周囲の方から拍手を受けました。
感動&感激しました。
同時に「でも、間に合わなかったんです!」と大泣きしました。

《ゴールにて》
・距離 13.5km(71.5km地点)
・制限時間 2日目13時(スタートから24時間)
・目標 5時間
・到着タイム 3時間20分(累計24時間2分)
・到着時刻 2日目午後13時02分
・順位 ----位/1727人中(第三関門で9人リタイヤ及び時間切れ)
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