マラソン日記~あきらめない夢は終わらない~

☆夢を終わらせない女子ランナーのマラソン人生を綴った日記です☆

海響マラソン2011にエントリー

2011年05月20日 13時23分29秒 | 下関海響マラソン
下関海響マラソン2011にエントリーしました!!!

(2011年11月6日:山口県下関市で開催)

4年連続、4回目の参加です。
あと24回連続で出て、30回出場したら引退しましょうかね(笑)。


今年はどんな仮装して走ろうかな。


ウェディングドレスかな(笑)。


大会まであと170日です!
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海響マラソン完走記~2010

2010年11月10日 13時36分03秒 | 下関海響マラソン
2010年11月7日(日)
【下関海響マラソン2010 完走記】

今回で3年連続3回目の参加となりました。

9月末に負った後頭部の怪我により、練習に取り掛かるのが遅くなりました。
練習期間が短い中、 脚力を取り戻しながらしかも疲れを残さない適度な負荷の効率よいトレーニング&減量メニューを自分で組み、
完全復活を下関で果たしたい一心で、調整に調整を重ねました。

準備がしっかりと出来たので、ちょうどピークを持っていけそうな感触がありました!

(10月の取り組み)
・朝と夜、2部練習
・300km以上の走り込み
・3時間走、1回
・筋トレ、週2回
・ストレッチング
・減量、4kg

思い付いた出来る事は全てやって挑んで、この結果。
感無量です。本当に努力は裏切らない。

《記録》
●タイム(ネット) 3時間35分54秒
●女子総合順位 36位
●登録女子の部 14位

なんと、フルマラソンの自己ベスト更新まであとたったの20秒だった事が判明しました。
(私のベスト=佐倉マラソンの3時間35分35秒)
おしいっ!(笑)

《5km毎のラップタイム》(累計タイム)
5km 25:27
10km 23:56(49:23)
15km 25:28(1:14:51)
20km 25:27(1:40:19)
25km 25:29(2:05:49)
30km 25:43(2:31:33)
35km 26:33(2:58:06)
40km 26:29(3:24:36)
42.195km 11:48(3:36:24)
(自己計測)

○良かった事
・20km以降の激しいアップダウンで足が終わらなかった
・5km27分オーバーしてない
・フル3大会連続で3時間36分前後の記録→実力が付いた実感が得られた
・グロスタイムでも前回のフル(今年4月のかすみがうら)より速く走れた

○辛かった事
・アップダウン後の平坦な道を登り坂のように感じた

○反省
・20kmまではほぼフラットなので、5km25分以内で走れたはず
・2週間前からひいていた風邪を完治させていなかった

○感激
・母、姉、甥、親戚からの応援
・下関市民の皆様の熱い声援
・市をあげての歓迎
・ボランティアの方々の活躍
・同大会自己ベスト更新でのフィニッシュ
(1回目=3時間42分代、2回目=3時間48分代)

○給水…水のみ

○給食…何も取っていません

最初から最後まで、すごく楽しかったです!!
ゴールの達成感を思い出すと、胸がときめいてしまいます。
本当に素晴らしい体験でした。
やみつきになりそうです(笑)。
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下関海響マラソン2010

2010年11月09日 07時57分40秒 | 下関海響マラソン
2010年11月7日(日)
下関海響マラソン2010

走って来ました無事完走しました

超楽しかったです

完走の達成感は、いつまでも私を幸せにしてくれます
やっぱり、私はフルマラソンが大好きです
「下関海響マラソン」が大好きです


・・・・・・


今回はちょっとウエアに工夫をしました
とっても可愛い衣装で楽しく走りたかったのです。
(写真の衣装です)

・帽子にバラの造花を
・紫色のモールを襷にして、ピンク色のリボンで装飾
・紫色の生地にハート柄のヒラヒラスカート
・紫色のCW-X

と、色と可愛さにこだわった衣装を用意


この衣装が大反響
沿道からの声援をほしいままにしました

何度「可愛いよ」と言われたか分かりません

他には
・衣装が素敵なお姉さん
・カッコいいよ
・すごいね
・361(私のゼッケンナンバー)頑張って
・みほ頑張れ(パンフレットで個人名を調べ名指して応援してくれた様子)
・女子頑張れ
とか言われました。

私の派手な衣装はかなり目立ったと思います。
もちろん私の事ですから、すべての声援に手を振って応え、笑顔で走り続けました。
両側の沿道からの応援があった場所では、両手を振りながら応えました。
こんな私ですが、人々の記憶の片隅に残ってくれたら幸せます。

沿道の皆様の反応が素晴らしく良かったので、
「声援は独り占め」「海響は私のもの」 くらいの気持ちで走りました。

私は一番の人気者だったに違いないと自負しております(笑)
それくらいすごかった

応援が絶えないので、私のモチベーションも途切れなく上昇し続け
気が付いたら同大会の自己ベスト6分も更新する好タイムでフィニッシュ

9月末に大怪我をし、一時はどうなる事かと思いましたが、
無事にゴール出来て、嬉しくて泣きました。

辛かった事を乗り越えてのゴール
とても素晴らしい達成感を味わいました

生きていて良かった

完走出来て本当に良かったです
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海響マラソンエントリー!!

2010年05月22日 21時29分47秒 | 下関海響マラソン
下関海響マラソン2010

開催日 2010年11月7日(日)
スタート 8時30分
開催地 山口県下関市
エントリー受付 5月20日から
フルマラソン定員 8000人
定員になり次第締め切り…

今年も下関海響マラソンにエントリーしました。

(私は住まいは東京ですが下関出身です)

出身地の大会で良い記録を狙いたいです

目標は3時間半です。

ハセツネCUPの1ヶ月後ですが、自分なりに頑張りたいと思います。
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下関海響マラソン2010

2009年12月08日 12時46分36秒 | 下関海響マラソン
下関海響マラソン2010

開催日が2010年11月7日(日)に決定したそうです。

もう私の予定に入りました

大会の特徴

二つの海瀬戸内海(周防灘)と日本海(響灘)を臨む国内屈指のシーサイドコース

下関といえば「ふく」。参加賞の「ふく鍋」をお楽しみに

その他

■抜群の会場アクセス
■マラソンの制限時間は6時間
■コースには7ヶ所の救護所と15ヶ所の給水所
■5km毎のスプリットタイムとタイム推移グラフ入り記録証

そして・・・

市民の皆様の熱い応援も待ってくれてます

興味がある方、是非!迷わず!!
下関海響マラソン2010を走りに来てください

私は2年連続「感動&感激」のゴールで大泣きしました。
この感動を一緒に味わいましょう
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下関海響マラソンの完走証

2009年11月23日 15時01分03秒 | 下関海響マラソン
先日の下関海響マラソンで、フルマラソン完走は7回目でした。

(戦歴)
1、東京マラソン2007 4:03:39
2、第11回荒川・市民マラソン 3:48:19
3、第18回かすみがうらマラソン 3:54:41
4、第14回小金井公園5時間走・フルマラソン大会 3:30:52
5、第1回下関海響マラソン 3:42:35
6、第19回かすみがうらマラソン 3:58:20
7、下関海響マラソン2009 3:47:24

自己ベストは4ですが、この大会は未公認だしチップがなく自己計測なので、自分のベストは5と思ってます。

それぞれ、いろんな思い出があります。

1、初フルで4時間切りを狙っていたが撃沈。故障したまま出走したので苦しいだけで少しも楽しくなかった。
2、約1年ぶり、2回目のフルマラソンで3時間50分切りは最高の喜びだった。
3、2ヶ月連続のフルは初めて。ベストを狙える状況ではなく無謀だった。
4、練習レースだったが、タイムの良さにビックリした。
5、目標タイムは達成出来なかったものの、過酷なレース完走の達成感は素晴らしかった。
6、練習不足でタイムを気にせず走ったが、4時間以内の記録を残せて良かった。
7、今までのフルマラソンで一番楽走出来た。記録も悪くなく、嬉しかった。


ほとんどの完走証は、タイムや順位の記録と
「~~~ここにその栄誉をたたえ、これを証します」
とか書かれてあるだけですよね。

ところが「下関海響マラソン2009」は大会会長の名前の下にこんな事が書かれてあります。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 下関海響マラソン2009はいかがでしたか。海峡メッセ出発後コース前半の関門海沿いは、Sカーブが続く平坦なコース。源平最後の戦いの舞台となった壇ノ浦をはじめ、安徳天皇を祀った赤間神宮が顕在し、海の音、薫り、歴史的文化の風を全身で感じながら、徐々に走るペースを掴んでいかれたことと思います。

 その後、彦島トンネルを境に後半は、響灘海沿いコースへと展開。高低差が50mもある彦島大橋は、コース最大の難関場所であり、ランナーの皆さんにとって最も辛く苦しい時ではなかったでしょうか。真っ青で雄大な海を眼前に、様々な思いが頭の中を駆け巡ったことでしょう。しかし、見事困難を乗り越えられ、遂にフィニッシュ!

 フルマラソンは、体調管理やトレーニング等の日々の努力と強い精神力なくしては、決して達成し得るものではありません。ランナーの皆さん、本当にお疲れ様でした。また、下関市に元気と感動を与えてくださり、ありがとうございました。来年もまた、本大会で皆さんにお会いできることを楽しみにしています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆


過酷なコースを完走したランナーへのあたたかい労い。
そして、また来年も是非走って欲しいという想いが伝わって来ます。

下関で開催されるフルマラソンは、私にとって夢のようでした。
2008年にいきなり大会が発足して、以後毎年開催される予定というではないですか。
私がランニングを始めた2006年(当時は下関在住でした)では考えられない事です。

参加された方が「また下関を走りたい」と思ってくださるといいなぁ。
この大会を気に入ってくれたら嬉しいなぁ。

故郷のマラソン大会がこんなに素敵で素晴らしい大会だという事は、とても誇りです。

下関海響マラソンの大好きなところ
1、沿道の応援がすごい
2、小中学生手作りの「応援のぼり」
3、ボランティアの方が心優しい
4、大会前の盛り上げ(市民全世帯にコース図配布、声援ポイント記載など)
5、大会後の盛り上げ(ランフォトで自分の写真入り完走証が作れる)
6、公認コースなので「公認記録証」が後日郵送されてくる
7、まだ始まって2年と思えない素晴らしく段取りが良い大会運営、昨年出走したランナーからの声にきちんと耳を傾けてくれ、悪かった点は今年にはもう改善されていた


絶対に毎年走りたいです!
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下関海響マラソン2009

2009年11月12日 12時26分20秒 | 下関海響マラソン
(1つ前の日記の続きです)

●8時30分 号砲

スタートロスは10秒くらいだった。
すぐに隣にいた岡山県の男性の姿が消えた。
私はキツい心拍数に持っていくのが怖く、でも意識的に遅く走る事も怖く、
しばらく流れに合わせて走ってみる事にした。

1kmくらい走ったら丸山弁護士の背中が見えた。
「丸山さん、ファイト」と声をかけたら「おう!」と拳をぶつけて挨拶を返してくれた。

2~3kmで左手に父の納骨堂がある。
「お父さん、今日はうまく走れないかもしれないけど、ここの土地を走らせてもらえる喜びの気持ちで一杯です。」

●5km地点 26分29秒
おぉ、すごく遅くはない。
そんなに突っ込んだつもりはなかったが、案外速かった。

●10km地点 51分42秒(LAP25分13秒)
去年は50分切っていたのを思い出した。
まさかたった2分遅れで通過出来ると思ってなかった。

約7.5km地点の「関門医療センター」は昨年なかった為目新しかった。
ここを折り返してしばらくすると、2kmくらい関門海峡を目の前にして走る。
海越しに左手に見えるのは北九州市門司区だ。
晴れて綺麗な風景だった。
昨年はタイムに固執し過ぎて風景を楽しんでいなかった為、
走りながら周りを良く見渡して、生まれ育った土地の風景を目に刻んだ。

晴れてくれたのはいいが、暑かった。
後から気温を聞いたら23度だったそうだ。
そりゃ暑いわ!

●15km地点 1時間17分56秒(LAP26分13秒)
信じられない。いい感じで進めているかもしれない。
「まぁ20kmまで平坦だし、地獄はこ・れ・か・ら♪」

昨年もあったので個人的に今年も期待していた「応援のぼり」

昨年は走る前に海峡メッセで発見したが、今年は目に入らなかった。
ないのかな?とちょっと寂しかったが、レース中に沿道に立てられているのぼりを発見した。
16~17km辺りか、海峡メッセの裏側を走っている時だ。

すごいのぼりの数。
これらを小中学生が一生懸命作ってくれたかと思うと、それだけでうるうるしてくる。

「目指せ心の一等賞」

これにはやられた(>_<;)。。。
涙が出そうになり、呼吸が苦しくなった。
いかん、まだ泣くのは早い。
そう言えば昨年は涙を堪えながら突っ込んだゴール後、
息が出来なくて歩けなくなり、車椅子で運ばれたではないか。
2年連続同じ事にはならないように注意しよう(苦笑)。

彦根橋を通過し彦島に入った。
彦島の方の応援は熱かった。すごい人々だった。
大声援が嬉しくて手を振って「ありがとうございます」と言いながら走った。
するとまた応援の声が大きくなり、会話をしているような感覚になれた。
最高だ。沿道の方との一体感、こんな感覚は初めてだ。

笑顔で手を振りながら走り続けると、Qちゃんになったような気分だ。
応援のおばちゃんに「えくぼが可愛いよ~」と言われ、機嫌が5%上昇した。

彦島の大応援団を背にし、いよいよアップダウン開始の彦島トンネルに入った。
トンネル内は涼しくて気持ち良く走れた。

●20km地点 1時間43分50秒(LAP25分53秒)
●中間地点 1時間49分48秒(LAP5分58秒)
もし今回、サブフォーしたいならハーフを1時間50分で通過しなければと思っていた。
信じられない。走れている。
どうしてこんな走りが出来るのか不思議だ。

自分の悪くない走りに嬉しくなった。
もしこのままの感じで走らせてもらえるなら…
完全に諦めていた4時間切りを達成出来るかも知れない。

予想外の走りにウキウキしてきた私は、25km前後に私の応援者が待ってくれている事。
25.5km地点第9給水所に従兄弟がいる事を忘れかけ、24kmくらいで思い出した。

思い出してすぐ「みっちゃん!!」と聞こえてきた。
姉、甥、従姉妹、叔母、そして母がいた。
「ありがとう~」と言葉を返した。
元気良く走り抜ける姿を見せる事が出来た。

●25km地点 2時間10分35秒(LAP20分46秒)
ハーフでLAPを取ってしまったが、20~25kmは26分44秒だ。
22km前後に高低差が50mあるコース最大の難関場所と言われる彦島大橋がある。
最初の難所を通過してあまりキツさを感じなかったので、38kmまで続くアップダウンへの自信が少し湧いてきた。

従兄弟は第9給水所の一番手前のテーブルに居た為、かなり手前で走りながら気付いた。
良かった会えて!ありがとう、ボランティアをしてくれて!
ここでも応援の力をもらった。

●30km地点 2時間37分44秒(LAP27分08秒)
今日は暑い!
給水所で水を飲んでも1km走ればすぐに喉が乾いてくる。
従兄弟がいたエイド以降、すべての給水所でスポーツドリンク1杯&水2杯くらい取った。

しかし、どうしたものか。
30km地点で160分以内は悪くない。
どうして今の自分にこんな事が出来るんだろう。
残り12kmを80分以内で走れば、4時間切れる…。

ところで、28.5km地点と、30.5km地点の「平家太鼓」
かなり懐かしかった。子供の頃お祭りでよく聞いた。
「よっさよっさ~」「よっとえのえ~」♪♪♪♪♪
iPodで音楽を聞いていたら、太鼓の応援は聞こえなかっただろう。
今回は置いて来て本当に良かった。

約32km地点で再び家族の応援を受けた。
64歳の母が声を張り上げ、身を乗り出して「みっちゃ~~~ん!!」と。
これは嬉しかった!
母は昨年居なかったので、私が走る姿を見るのは初めてなのだ。
「良かった、ここまで元気に通過出来て。後はどうなってもいいぞ!」と思った。

順調にいけばサブフォー出来るかも知れないが、出来なかった時にショックを受けない心の準備を始めていた。
昨年35kmくらいで足が終わった事がかなりトラウマみたいだ。

約33km地点で、スタート後すぐに視界から消えていった岡山県の男性の姿をとらえた。
「ファイト!」と声をかけて抜いた。ちょっと悔しそうに見えた。
抜いたは良いけど、抜き返されないようにしよう。

●35km地点 3時間06分47秒(LAP29分02秒)
確か35km手前くらいだったと思う。
昨日、前日受付会場で会った課長とすれ違った。
見落とすことなく挨拶を交わせて本当に良かった。
課長に向けて「絶対完走!」と叫んだ。
課長は、昨年25kmくらいの関門で引っかかって完走出来なかったのだ。
今回ゴール出来たら、初完走である。

36.4km地点第13給水所でサビエルカンパーナ徹夜作業のパンを食べるのを楽しみにしていた。
ここまで補給は水分しか取っていない為、あんパン1つくらい食べた方がいいだろうと思った。
いざ取ろうとしたら、他にもドーナツやいろんなパンがあったようだ。
でも迷わずお目当てのあんパンだけ取った。

で、デカい・・・。
後から知ったが、店頭に置かれている正規品(140円)と同じ大きさ。
マラソン用は少し小ぶりに作ってくれても良かったんじゃ?
食べ終わったら飲もうと思っていた水を左手、あんパン右手。
と、走りながら食べるのに苦労した。
座ってゆっくりと味わって食べたかったのに、休憩する訳にもいかない。

35kmで3時間6分。
残りの7kmをキロ6分で走り切ったら、3時間50分切れるではないか。
そう言えば初めてサブフォー達成した時のタイムは3時間49分だった。

あの時は嬉しかった。
もう一度、あの喜びを感じたい。

やってみよう。頑張ってみよう。
ゴールが近付くにつれて、心が燃えてきた。

●40km地点 3時間35分54秒(LAP29分07秒)
昨年はアップダウンにやられて足が完全に終わってしまったが、今年はガクンと落ちるような事はなかった。
自分のイメージでは2回目の彦島大橋通過後、38kmくらいで足がボロボロになり、あとは落ちる一方かと予想していた。

春から夏にかけて登山に通っていたのが良かったのか。
構えていたほど高低差のキツさを感じず、ゴールまでの平坦な道へ入った。

40km通過時、号砲と共にスタートしている自分の腕時計の時間が正確であると確認した。
後14分以内に残りの2.195kmを走れば、50分切れる。

後は自信を持って腕時計を見ずにゴールまで突き進んだ。
この2kmで女性を1名、男性を30名くらい抜いた。

●42.195km地点 3時間47分37秒(LAP11分42秒)

ゴール!

よし!
周囲を気にせず思い切りガッツポーズをした。

まさか、こんな好タイムでフィニッシュ出来るなんて。
まさか、足が終わらずにラストスパートまでかけられるなんて。
信じられない・・・!

嬉しかった。
私には出来ないと思っていた事が出来た、しかも下関で!
去年より5分遅いだけではないか。
よくやった。頑張った。

涙があふれてきた。
体中全体で3時間47分の喜びを噛み締めた。

昨年は歩けなかった為、ボランティアの方に取ってきてもらった「完走証」
今回はすぐに自分の足で歩いて取りに行けた。

「完走証」を受け取った。

「完走」した証。
嬉しい。嬉しいぞ!
完走証を受け取ってこんなに感激したのは初めてだ(苦笑)。
完走しなければもらえない。
私は完走したんだ!

【記録】3時間47分37秒
(ネットタイム 3時間47分24秒)

【順位】
女子総合 43位/1120人エントリー中
登録女子の部 15位/35人エントリー中
(完走者の人数がまだ分かりません)

・・・・・・

ゴール後、荷物置き場に行った。
私は12時17分にゴールした事になるが、12時30分には姉に「迎えに来て」と電話した。
「あら?あんたもうゴールしたの?早くて13時頃とか言ってなかった?」
・・・、確かにそんな事言ったかも。

姉を待つ間に、参加賞の河豚汁をもらいに行った。
河豚汁がまだ残っている事に喜びを感じ、有難く頂いた。

ハセツネでは無料のトン汁があったそうだが、
私のゴールが遅過ぎてもう片付けられていてトン汁の影すらなかった。
トン汁より河豚汁の方がうまいはずだ!(笑)

そのトン汁は来年また食べに行くとして、故郷の味「河豚汁」を堪能した。
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下関へ帰った

2009年11月11日 08時41分57秒 | 下関海響マラソン
11月7日、実家に帰省した時の日記です。


「下関海響マラソン2009」参加の為実家に帰った。
2年連続の参加である。

昨年は目標レースに設定し、かなりの走り込みをした。
結果は後半のアップダウンにノックアウトされ、足が終わってしまい目標タイムに対しては撃沈。
しかしながら、公認コースでの自己ベスト更新。
さらに第1回大会のスペシャルサービス的な部門別3位入賞し賞状と盾をもらった。

今年はというと、怪我が多く練習不足から自信を失い目標は「完走」とした。

最近は体調万全と言えなかった。
疲れが取れず何をするにもキツい。
海響マラソンに向けて全然練習しないのも不安なので、直前にドタバタと走り込んだだけ。
キロ6分以内のスピードで走るのは、6月の横田駅伝以来ではないだろうか。

走り始めてすぐに風邪をひいて喉が痛いような痛みを感じた。
少し心拍数上昇しただけで、体がびっくりしているようだ。

しょうがない。
当たり前だ、速く走る練習を何ヵ月していないのだ。
今回のフルマラソンはどんなスピードで走れるのだろう。
今の練習でキロ5分45秒だ。
このスピードで42km走れる自信がない。
春に故障明け練習不足でお気楽参加したかすみがうらマラソンですら、サブフォー出来たのに。

今回は順調に走れて4時間15分か。
昨年足が終わったアップダウンで失速は間違いない、すると4時間半か。

11月7日12時発山口宇部空港行き飛行機に乗った。
昨年のように姉が迎えに来てくれた。
中2と小6の甥も来てくれた。
姉は早速前日受付会場である「下関市民会館」へ車を走らせてくれた。

シーモールの駐車場に入れた。
少しシーぶらした。
シーモール内は「海響マラソン」一色でプチ嬉しかった。
ゼッケン引換券を見せると栄養ドリンクをくれるコーナーがあり、もらった。
すぐに飲んだ。長旅で疲れたし。

無料の健康チェックコーナーもあった。
血圧を計ってもらった。
標準値であり、かなり安心した。

下関市民会館で受付を済ませ、参加賞のTシャツを受け取った。
Tシャツ…、完走しなくてももらえるのか。異様に嬉しいぞ(笑)。

携帯電話が鳴った。
4~5年前一緒に働いていた北九州市の会社の課長だ。
打ち合わせもしていないのに偶然同じ時間に来ていたのか、すぐに会えた。

実家に着いた。
母とは昨年の海響マラソンで帰省して以来1年ぶりである。
一番に父の仏壇に手を合わせた。

母の携帯電話を何気に開いたら、私の写真が壁紙でびっくりした。
昨年の海響マラソンの賞状と盾を持っている自分の写真。
これを人に見せて「娘が東京から走りに帰ってくるんよ」と自慢して回ったと言うではないか。

くそぉ
もっと体調万全でまともに走って見せたかった…!
ごめん…私、今回はうまく走れない。

親戚の家にお土産を持って行った。
叔母から「サビエルカンパーナ」というパン屋がパンを5000個を無料提供すべく徹夜でパンを焼くと聞いた。
そんな事してくれるのか、感激(>_<)。

そして、何と!!
従兄弟がボランティアで25km地点のエイドにいるというではないか!
これは嬉しいサプライズ!
あまりにも不調でリタイアしてもあまり落ち込まないようにとまで思っていたが、
25km地点までは何があっても走ろうと決意した。

従姉妹と叔母が応援に来てくれるので「一応1km当たり6分くらいで進みたい」と伝えた。
叔母が瞬時に「25kmで2時間半ね!」と計算してくれた。

25kmを2時間半・・・遅いのか、速いのか・・・

・・・・・・


11月8日4時半に起床した。
フルマラソンのスタートは8時半だ、4時間前には食べておきたい。

(朝食)
・うどん 1玉
・ご飯 1膳
・あんパン 1個
・プリッツメープル味 1袋
当然ながら朝一食欲なく頑張って食べた。
ちなみにいつもはもっと食べる(笑)。
今回は補給したくなったらエイドで食べるつもりだ。

朝食後、念入りなメイクにストレッチをした。
夏から調子がおかしい左膝にテーピングをした。

姉が早起きしてくれスタート会場である海峡メッセに送ってくれた。

7時前に会場入りした。
昨年とは違う更衣室の割り当てだ。
前回男性から「更衣室狭い」という声があがった為、早速改善したのだろう。
女子の参加者1120名に対して与えられた更衣室はかなり広い。体育館くらいか。
そう言えばここで社交ダンス大会で踊った事があるではないか、懐かしい。

8時にはスタートラインに整列した。
前回も今回も申告タイム3時間半にしたと思う。
昨年は最前列のAブロックだったが、今年はBブロックだった。
参加者が増えたからだろう。
前回より2348名多い。
女子全体では757名から1120名。
登録女子の部では30名から35名へ増えている。
つまりライバル多いという事だ、最も闘争心はないが。

ふと、隣にいた男性に声をかけられた。
「トライアスロンされてるんですか?」
何故?と思ったが、私が装備していた白いリストバンドの矢印みたいな刺繍でそう思ったらしい。

岡山県から参加された男性。
3週間前に四万十川ウルトラマラソン(100km)を完走したばかりという。
メインは自転車で240kmのレースに出たりするそうだ。
すごい。私が出会ったアスリートで一、二を争う強者だ。

「今日はどれくらいで走るんですか、3:30ですか?」と聞かれた。
「・・・、いやぁ今日は体調良くなくて、4時間がやっとですよ」と見栄を張ってみた。

8時15分 スタートセレモニー開始
姿は見えないが、ゲストの皆さんの声が聞こえた。

有森裕子さん「初マラソンの皆さん、どんなタイムでも自己ベストです。頑張ってください。」

市川良子さん「今日は皆さんと苦しむのではなく、楽しみたいと思います。」

丸山和也さん「皆さん頑張りましょう!私を追い抜かしてください!」

宮本和智さん「巨人優勝ありがとうございます!」

昨年スタートのピストルを打った後に自分もスタートし完走した当時の江島市長は、今はもう下関市長ではない。
かなり寂しかった。今回はランナーとして走っていないのか?

そうだ!
フルの時いつもはするが、今回はしないという事が2つあった。

[1]ガーミン持たない
ガーミンを買ってレース本番で持たなかったのは初めてだ。
第1回大会の教訓を活かして普通のランウォッチにした。
このコースはトンネルが2つあり、折り返しで4回もガーミンの電波が入らないからだ。

[2]iPod持たない
音楽なしの42.195kmは初めて。
理由は応援の声をたくさん聞きたいからだ。

スタート直前、サングラスを取って頭にかけた。
コンタクトをしているので、乾燥防止の為基本的にはサングラスをかけているが、
応援の方々や風景をよく見たいのでしばらくかけないで走ってみる事にした。
さっきの岡山県の男性に「では、頑張りましょう」と締めの挨拶をした。
「お?サングラス取ったらかなり可愛い方じゃないですか。サングラスしない方がいいですよ。」
と言われ、機嫌が5%上昇した。
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海響マラソンまで後6日!

2009年11月02日 21時44分06秒 | 下関海響マラソン
下関海響マラソン2009

2009年11月8日 午前8時30分スタート です。

いよいよ6日後です。

全然マラソン練習出来てないので、目標は完走です!

「完走」←強調!(笑)

制限時間は6時間なので、多分大丈夫でしょう。
今回でフルマラソンを走るのは7回目です。

今回はワースト記録更新になるでしょう。
昨年の同大会で自己ベスト記録を出した私でしたが、今年はそうはいきませんね~。
本当にマラソン練習してないですから。

ここ10日間くらいで追い込み練習しましたが、もうどうしようもない事を実感しましたぁ(滝汗)。

何にもしないよりいいかと思ってバタバタと練習しましたが、
かえって疲れが残りそうなので、また本番前1週間は何もしません(笑)。
月始めは残業で夜走れないですしね(言い訳)。

山口県下関市は、私の出身地です。

ファンランで楽しんできます♪
参加賞の河豚汁美味しいので、来年はみなさまもどうですか?(笑)
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第1回下関海響マラソン

2008年11月16日 22時28分54秒 | 下関海響マラソン
ガンバレガンバレガンバレ!!
あと2キロ~!
ラスト、ファイト~!

●40km地点
・・・沿道から激しい応援の声が聞こえてくる

ゴール地点が近付く程、沿道からの応援はすごかった。
激しい声援に、胸が熱くなった。
涙が込み上げてきそうだった、少しでも油断をしたら溢れてくる。

34km地点から大幅に遅れ始めた。
完全に足が終わってしまった。
激しい高低差による足への負担は想像を絶した。
もう走れない、今すぐ歩きたい、、、

しかし!
この声援に応える為に後2kmゴールに向かって走らなければいけない。
必死で我慢した。その分呼吸は苦しくなる一方。
足の辛さと胸の苦しみ、どちらがキツイか訳が分からなくなった。

●ゴール

一言。「感動した」

フィニッシュラインを超えた直後、倒れ込んでしまった。

息が出来ない・・・!

喋ることも立ち上がることも出来ない。
すぐにボランティアの方が駆け付けてくれ、車椅子に乗せてくれた。

私は過呼吸状態になっていた。

車椅子で運ばれながら涙があふれ続けた。
「感動」「感激」「達成」「悔しさ」色んな思いでグチャグチャだった。

救護テントに姉が迎えに来てくれた。
救護の方にベットに横になるように勧められたが、
ボランティアの方が持ってきてくれた「完走証」に3位という文字が見えた。

「登録女子の部」で3位であった。
部門別では3位まで入賞である。

「表彰式に行きたい!」

引き止める救護班の方に、なんとか「大丈夫です」という言葉を発して、
大会メイン会場に向かった。

・・・・・・・・・・・・・・・


2008年11月16日(日)山口県下関市で「第1回下関海響マラソン」が開催された。

5月に大会の存在を知った時からエントリーを決意、
意気込んで申し込み開始日0時にはエントリーを済ませた。

先に、失敗談を1つ書いておこう。
コースにはトンネルがあった。そのトンネルは800m~900mくらいであろう。
トンネル内は衛星をキャッチ出来ず、当然私のGPS腕時計は止まる。
コースは分かっていたのに、普通のランウォッチにすれば良かった。
トンネル走行中タイムは計測されず、経過時間を把握するには
コース上5km毎に設置してある時計を見るしかなかった。

ガーミンで計測したラップタイムを載せるが、
上記の理由で正確なものではない。

本日の天候だが、7時半くらいまで雨が降っていたが、8時頃には止んだ。
曇り空で、暑くも寒くもない。走りやすい気候となった。

9時スタート

1km 4:41
2km 4:47
3km 4:47
4km 4:52
5km 4:48

6km 4:50
7km 4:37
8km 4:56
9km 5:00
10km 4:55

10km通過は49分以内と、タイムだけまぁ普通だった。
しかし、本日は大不調。
先週の横浜マラソン同様、スタート500m後に腹痛が発生。
同時に、今まで体験したことないくらい体が熱くなった。
晴れて暑い訳でもない、なんだこの熱さは!
10km49分は、今日の体調では辛いスピードだった。

6km~7km地点で、姉、友達の応援を受けた。
おかげさまで、その時のラップライムは速くなった。
応援の力だ。

11km 5:02
12km 5:00
13km 4:48
14km 5:05
15km 5:10

横浜の時はすぐに治まった腹痛だが、今日は長く続いた。
18kmくらいまでコースはフラットなので、ハーフマラソンペースくらいで走りたかったが、叶わなかった。
堪らずお腹を手で押さえながら走った。
あまりの気持ち悪さに、もっとゆっくり走りたくなった。
タイムなどどうでもいいじゃないか、こんなに苦しむ事はない。

風景など楽しむどころではない。
いかに今の自分が少しでも楽になるか考えていた。

答えはコレ↓

もう少しだけ、このまま頑張ってみよう。
いつか腹痛が治まってくれるかも知れない。
苦しいレースを続けた。
救いは妙な体の熱さは消えていた事だ。

16km 5:17
17km 4:56
18km 1:04(トンネル通過)
19km 5:21
20km 5:26

18km、彦島トンネルに入った。
もちろん暗い。
普段車が走行する時の頭上にオレンジのライトがあるだけ。
トンネル内を走るのは初めてだ。
異様な感覚だった。
彦島トンネルがこの大会の激しいアップダウンの序章であった。

21km 5:08
22km 4:29
23km 4:55
24km 5:19
25km 4:52

26km 5:02
27km 5:25
28km 4:41
29km 5:00
30km 5:30

18km~32kmまで激しいアップダウンは続いた。
高低差図を見ると、山が6つある。
20kmを過ぎたくらいから腹痛は少しずつ弱まっていった。

31km 5:39
32km 5:03
33km 5:11

31km~32.5km、1.5kmかけて50m下る長い坂。
これを通過したら約3kmは平坦になる。
これが終わったら、あとは普通に走れるぞ。

しかし、コースが平坦になった途端、足が…!
足が重い!
動かないのだ、足が。
なんて事だ。

「足が終わってしまった」

大会でこれを実感したのは、初めてだ。
ショックだった。
あんなに練習してきたのに、終わる時にはあっさり終わるものだ。

以後ガクンとペースが落ちた。

34km 5:40
35km 5:30
36km 5:53
37km 6:38

36km~37kmの間に20mほど上る坂があった。
よほど歩こうかと思った。

出来れは3時間30分代でのゴールを狙っていたが、この時点で無理だという事は分かりきっていた。
目標タイムを達成出来なければ、あと1分遅くなろうが5分遅くなろうが、もはや一緒である。
もうゴールタイムなどどうでもよい。

心底歩きたかった。
でも歩かなかった。
友人に「ベストを尽くす」と宣言している。
今、私に力を貸して欲しい。

今回のコースで一番辛かった坂、上る間はずっと下を向いたまま、
友人や家族の名前を心で唱えながら、上り坂が終わってくれるまで耐えた。

38km 1:42(トンネル通過)
39km 5:55
40km 5:50

39km以降はまた平坦になった。
しかし、40kmを通過してもなお全ての苦痛に耐え切れず、
「歩けばいいじゃないか」
「もっとペースを落とせばいいじゃないか」
という囁きが消えなかった。

でも、途中であきらめる事は許されなかった。
何故なら、沿道の方が熱烈に応援してくれているからだ。

こんなたった一人のランナーをそこまで声を張り上げて声援を送ってくれるなんて!
私の視野、前方には2~3人のランナーしかいなかった。
明らかに私に向けられている声!

ありがとう!
私はあきらめてはいけない。

フルマラソン5回目にして、ラストの2kmがこんなに長かった事はない。
熱い応援に感動して、涙が込み上げてきそうだった。
必死で涙をこらえ、必死でゴールに向かって走った。
私のゴールへ・・・!

41km 5:31
42km 5:29

・記録 3時間42分
・女子総合順位 31位
・登録女子の部順位 3位

私の公認コースでのベストタイムは3時間49分なので約7分更新した。

タイム的には撃沈だった。目標から大幅に遅れた。

しかしながら、タイムに納得しないのにこれだけ達成感を得た大会は他になかった。

フィニッシュした時は嬉しかった。感動した。
最初の1kmから最後まで苦しかったレースを完走した事。
沿道の温かい応援に感激した事。
なんとも表現できない喜びの気持ち一杯でゴール出来た。

私の人生で、こんなに感激した事は他にない。

・・・・・・・・・・・・・・


ゴール後、過呼吸により倒れ込んだが、3位と書かれた記録証を目にし、
何としても表彰式に出たいと、ふらふらをした足取りでメイン会場に向かった。

結果、部門入賞の表彰式はなく、本部に賞状と盾を取りに行くようにアナウンスがあった(笑)。


・・・最後に。
今まで私が出場してきた四十数本のマラソン大会の中で、
一番過酷で、そして一番感動した大会だった。

走りながら、もう2度と出場するものか!!!
と心に誓ったが、
沿道の応援、ボランティアの方の温かいサポートに、
また来年出てみようかな?と少しだけ思っている(笑)。
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